第80話 腕の治療
「またSとかありえない感じなんですけど!?」
天を仰いで髪をクシャクシャと掻きむしるアリリアナさん。
「何なの? S被害なんて十年に一度あるかないかって感じじゃなかったっけ? いつからそんな多発するようになったし。しまいにゃ私も鞭と蝋燭もってくるわよ!」
「落ち着け。Sの意味が違ってるぞ」
「? 何で鞭と蝋燭なの?」
S被害は文字通り危険度Sに指定されている魔物の被害を指す言葉だけど、なんでそこで鞭と蝋燭が出てくるんだろ?
「えっ!? そ、それはだな、その……」
どうしてだかレオ君の視線が宙を泳ぐ。アリリアナさんが私の両肩にポンっと手を置いた。
「ドロシーさん」
「な、なに?」
「そのままの君でいてね」
「うん……うん?」
よく分からないけど教えてくれないみたい。たまに今みたいに皆の言ってることについて行けないことがあってちょっと悲しい。でもあまりしつこく聞いて嫌われたくないし……。こういう時、やっぱり学校の勉強だけじゃ駄目なんだなって実感する。よし。後でちゃんと言葉の意味を調べよう。鞭と蝋燭。鞭と蝋燭。あれ? でも何の本を調べれば良いんだろ。魔物関係……なのかな?
「貴方達、こんな時に軽口だなんて受験生とは思えない胆力ですね。それにまたと言うのはどういうことですか?」
「あ~、それはですね。私達あの事件の時にルネラード病院にいたんですよね」
「ルネラードの惨劇に……そうか。そうでしたね。貴方達は……」
そこでアマギさんがレオ君と私を見る。
「しかしそれならよく冒険者になろうと思いましたね。ルネラードの惨劇に関わった冒険者の多くが引退したというのに、その中にはBクラスのベテランもいましたよ」
「そう言われても、なりたいと感じちゃったものは仕方ない、みたいな? でも確かにあれは夢に出てきそうな感じの光景だったかな」
アリリアナさん、あの光景夢に出てきてないんだ。私はあれから一週間くらい悪夢でうまく寝られなかったのに。
「お前本当に昔から図太いよな。俺は今でもたまに夢にみるぞ」
あっ、レオ君は私と一緒なんだ。……いけない。レオ君が悪夢を見て嬉しいはずがないのにちょっと安心しちゃった。
「図太いって言うかさ、人間死ぬ時は死ぬんだし、必要以上に怖がっても仕方なくない? それに死に方が派手だからって苦しい最後とは限らないじゃん」
「いや、痛みの問題じゃないだろ。これはーー」
「すみません。私が振っておいてなんですが、この話はまた後日にしましょう。今は……ドロテアさん? 私の腕がどうかしましたか?」
アマギさんの腕、さっきからずっと気になっていたんだけど……うん。これなら治せそう。
「あの、少しだけ時間をもらえれば腕を治せます」
「完全に切断された腕ですよ? ありがたい申し出ですが、変にくっつけられるとかえって……いえ、そういえば貴方は医療第一種の資格を……」
「はい。持ってます」
あまりよく知らない人に対して自分の技量がどの程度なのかを説明できる。資格制度を導入した人は天才だ。
「分かりました。それではお願いします」
「はい。それじゃあ、あの、まずは骨を接合しますから、くっついた時点で糸は抜いてください」
「了解しました。止血と痛覚遮断はこちらで行いますので、可能な限り速度を優先してください」
「……頑張ります」
止血の為の圧力波と痛覚遮断のカット波を展開しなくていいなら、施術の目安を一分以内に設定できるかな? あっ、でも神経の再生は慎重にやりたいから五分……だと魔物が怖いから、三分。よし、目標時間は三分だ。
目を瞑って息を整える。余計な感情は一旦忘れて魔法に集中。これは試験。予習はバッチリ。失敗の要素はない……よね? ううん。ない! ないったらない! 絶対ない!! 百点確実。やったね! さぁ、目を開けて解答欄に記入を始めよう。
「それでは治療を開始します。癒しの風。安らぎの光。不浄を祓いて再び肉体に活力を『ヒール』」
詠唱を唱え終わると魔力を通じて脳内に患部の状態が鮮明に浮かび上がってくる。
千切れた部位の接合で特に難しいのは二点、骨と神経。特に骨をくっつけるのには神経や筋肉に比べて必要なエネルギーが多くて、発生させたエネルギーをいかに他の部位に影響させないようにするかが非常に重要となる。
資格制度が普及する前は未熟な術者が腕をくっ付けるつもりで腕を焼いてしまったという、俗に言う『殺傷医療魔法』が多発したという話だけど、そんな落第点は絶対に取らないように気を付ける。
「それでアマギさん。俺達はこれからどうしたらいい?」
「申し訳ありませんが試験は中止です。今すぐ森をでるべき……なのですが」
「何? 何かある感じ?」
「実は森でシャドーデビルに襲われているエルフを見つけまして」
よし。骨の接合を完了。慎重に熱を外気へと逃す。……うん。上手くいった。
「今です。糸を抜いてください」
アマギさんの腕を縫い止めていた糸が一瞬で外れる。血は吹き出さない。魔法の気配はないのにどうやって止血してるんだろう。……あっ、二の腕を糸で縛ってるんだ。
「エルフって、何でエルフがこんなところにいるんだよ?」
「シャドーデビルから逃げてきたようですね。あの魔物は一度獲物と定めた相手を何処までも追いかける習性がありますから」
「えっ!? それって私達も何気にヤバくない?」
「王都に戻れば大丈夫です。シャドーデビルは殺傷能力と追跡能力は高いですが、破壊力はそれ程ではないので王都の結界を破ることはできないはずです」
「でもさ、前のリトルデビルは普通に入ってきてたじゃん」
「リトルデビルは隠密能力が高く、何よりも兵士の一人に寄生した状態でしたから」
神経の接続……完了。よし。もう一息だ。
「ちょっと待てよ! あの魔物は死んでないんだろ? なのに俺達を襲ってこないのはまさか……」
「私達を厄介な獲物と判断して、狩りやすい相手から襲うことにしたのかもしれませんね」
「それを先に言えよ! どこだ? そのエルフはどこにいるんだ?」
「ちょっとレオ君? そんなこと聞いてどうする感じなわけ?」
「助けに行くに決まってるだろ。死にかけてる人が近くにいるんだぞ? 放って置けるかよ」
筋肉も綺麗に修復できた。減点されるような要因もないし、これは満点が期待できそう。
「いやいや、気持ちは分かるけど、ここは無理しちゃダメな感じでしょ」
「分かってる。だから俺が一人で助けに行くから、アマギさん、アンタにドロシーさんとアリリアナをお願いしてもいいか? 必ず二人を無事に森から出してくれ。……お願いします」
「だぁ~!? そういうことじゃないでしょうが、このちびっ子が」
「チビ言うな。後、髪をいじるな。お前だってさっき逃げろと言いつつ、アマギさんを助けにいったろ。それと一緒だ」
「全然違うし。……あのね、レオ君。大した理由もなく知らない人の為に命賭けてたらキリがないし、長生き出来ないぞ? いや、マジでね」
「だから俺一人で行くって言ってるだろ!」
「だから駄目だって言ってんじゃん!」
全ての処置を完了。魔力を流して施術の出来をチェック。うん。問題ない。傷跡すら残ってないし、アリアだってこんなに早く綺麗に治癒できないんじゃないかな? ……それはないか。
「終わりました」
「驚いた。その年で見事な回復魔法ですね」
「いえ、それよりも動かしてみてください。違和感はありますか?」
「待ってください。これは……素晴らしい。肉体的な違和感はなく、腕を流れる魔力の流れは切断前と何一つ変わっていない。治癒使いとして売り出せば大成出来ますよ」
「大成だなんてそんな……あれ? 二人ともどうかしたの?」
どうしてだか、レオ君とアリリアナさんが険しい顔で睨み合ってる。
二人が一斉に私を見た。
「「ドロシーさんはどう思う!?」」
「えっと……な、何が?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます