第78話 狩り
「ビクトリィイイイ!!」
「おい、あまり大きな声を出すなよ。他の魔物が寄ってくるかもしれないだろ」
「アハハ。ごめん、ごめん。柄にもなく緊張しちゃってたみたい」
息絶えた巨大な蛇の前でアリリアナさんがホッと息を吐く。
「ストーンマンバ。こいつの神経毒にやられたら全身が硬直して、石像のように固まって死ぬ。……ここまで育ったのは初めて見たな」
「うん。私も」
緑の鱗は怖いほど自然と同化しており、腰まで覆う茂みと相まって死んだ後も私達の目を欺こうとしている。
「魔法学校の授業に出てきたマンバは大きくても五、六メートくらいだったもんね。にしてもドロシーさんがいきなり悲鳴を上げた時は何事かと思ったし」
「あ、あれはその、探索魔法を展開したらいきなり近くに大きな反応があって、それでつい……」
ううっ、恥ずかしい。魔物にビックリして悲鳴を上げるなんて、アリリアナさんやレオ君に格好悪いところ見られちゃった。
「近くの茂みにこんなデカいのが潜んでいたんだ、声ぐらい上げるだろう。最初にドロシーさんが驚いてくれたからこそ、逆に俺は冷静でいられた」
「誰かが慌てると逆に落ち着く。冒険あるあるね。……にしてもこの大きさ、美味し物食べてます感がメッチャつよ。はぁ、私も魔力だけで生きていけたらなぁ、食費が浮くのに」
「何だ? 魔族になりたいのかよ」
「レオ君、魔族だって普通の食事をするみたいだよ」
食べなくても生きていけるけど、成長の為、あるいは楽しむ為に食事をする。その辺は魔物も魔族も変わらない。
「いや、それ以前に魔族ってまだいる感じなの? もう絶滅したって話じゃなかったっけ?」
「勝手に滅ぼすなよ。エルフとかがいるだろう」
「エルフは分類上人族でしょ。医療関係以外も勉強しないとダメだぞ」
アリリアナさんはレオ君の赤い髪をクシャクシャと撫で回す。
……私も撫でていいかな? レオ君の赤い髪って炎みたいで綺麗なんだよね。触ったらどんな感じなんだろう?
右手をそ~とレオ君の頭にーー
「だからいちいち髪を弄るなよな」
あっ、やっぱり止めておこう。
「それよりもお前こそ間違えてるぞ。エルフの分類は魔族だ」
「はぁ。やれやれだわ。ドロシーさん、このちびっ子に事実をバシッと教えてあげちゃって」
「そうだドロシーさん、アリリアナに正しい知識を教えてやってくれ」
「えっ!? え~と。……魔族と人類の衝突が多かった昔は、人類側に立つことが多かったエルフを魔族と区分する為、エルフは人族とされてたんだよ」
「ほらね」
「バカな!?」
「あっ、で、でも魔族の数が減って人類と衝突することが減った今は、本来の意味、つまり魔力だけで生命活動を維持できる個体を魔族に区分するから、テストだとレオ君が正解」
「ほらな」
「そ、そんな!?」
勝ち誇るレオ君に頭を抱えるアリリアナさん。本当に仲がいいなと思う。と言うか実はこの二人、姉弟だったりしないよね?
「意義あり。私が持ってる参考書には間違いなく人族って書いてあります。ドロシー裁判官、再審をお願いいたします」
「事実に再審もクソもあるかよ。往生際が悪いぞ」
「えっと、ギルドが今言った見解を公式に発表したのは最近で、現在はアリリアナさんの言う通り教科書によってエルフが人族だったり、魔族だったりするの。だから私達が学生の時は学校側も面倒臭がってこの問題をテストに出すことはなかったでしょ」
「あ~、そう言われると確かに。でもそれなら尚のこと私が間違いとは言えなくない? せめて引き分けな感じじゃない?」
「どんだけ必死なんだよ」
何だかアリリアナさんが可哀想になってきたから引き分けって言ってあげたいけど、それでレオ君がテストで減点を受けたら申し訳がない。
「今は資格制度もそうだけど、ギルドの見解をどの国でも通じる正式な決まり事とする風潮が強くなってるから、テストに出てきたら先生が特別ギルドを批判する人でもない限り、やっぱり魔族って回答した方がいいと思うよ」
「だとよ」
「二人とも、いつまで休んでるつもり? 冒険は時間が命。さぁ、早く倒した魔物を解体しましょう」
「おまっ……いや、まぁ、いいけどよ」
どんなに口喧嘩してもすぐに元通り。二人の関係がちょっぴり羨ましい。
「ドロシーさん? どうかしたのか?」
「ううん。何でもないよ。それじゃあ作業しよっか」
そうして私達はストーンマンバを持ち帰る為の作業に取り掛かった。幸い途中で魔物に襲われることはなかったけど、マンバの大きさが大きさだし、作業が終わる頃には高かった日が傾き始めていた。
「あ~。思ったより疲れた~。早くテントで寛ぎたいよ~」
「魔物の解剖は授業でやったことあったけど、やっぱあれだけ大きいと全然勝手が違うな」
「うん。今回は魔法を中心に作業したけど、専用の道具とか買った方がいいのかも」
毎回魔物の解体に魔力をこれだけ使うのはちょっと危ない気がする。
「道具の必要性は分かるけど、それは今回の試験でアリリアナがやっぱ冒険者なるの辞めるって言い出さないのを確認してからの方が良いと思うぞ」
「あっ、確かにそうだね」
「ちょっとお二人さん? 私をどれだけ飽きっぽい人間だと思っちゃってるわけ? 今のところ投げ出す要素はゼロな感じなんですけど」
「魔物の解体、結構大変だったろ。お前好みの作業でもないだろうし、それでも冒険者になりたいのかよ?」
「まっ、確かに採取はともかくハントって私好みの仕事じゃない感じだけど、やりたい事をやるために少しくらいの我慢は必要でしょ」
「アリリアナさんのやりたいことって?」
「そりゃ勿論探索クエストよ。知らない場所に行ってそこを撮影するだけ。しかも旅費はギルド持ち。未知の光景と旅行を同時に楽しめる素晴らしいお仕事。どう? ワクワクしてこない?」
アリリアナさんって積極的に魔物退治するような性格じゃないから、正直冒険者は諦める確率の方が高いだろうなと思ってたんだけど、今の説明でどうなるか分からなくなっちゃった。
「探索クエストか。確かにお前には合いそうだけど、あれって誰でも受けれるものじゃないんだろ?」
「だからギルドに探索の仕事を回してもらえるようになるまでは、他のクエストも頑張る所存であります。レオ君もどう? 私のクランで治癒使いとして活躍してくれるなら、お姉さんがとっても素敵なサービスをしてあげるわよ」
「ア、アリリアナさん?」
色っぽい視線をレオ君へと向けるアリリアナさん。私は咄嗟に二人の間に割り込んだ。
「そ、そういうのは良くないと思うので、その、良くないです!」
「ドロシーさん……分かったわ。それならレオ君を誘惑する役はドロシーさんに任せるわ」
「へ? ゆ、誘惑?」
レオ君を? 私が?
「そ、そんなの無理だよ」
「ドロシーさんなら大丈夫。ほら、後ろでレオ君が期待に満ちた眼差しをドロシーさんに送ってるわよ」
「え?」
振り返ると真っ赤な顔のレオ君と目があった。
「ち、ちげーし! そんな眼差ししてねーし!」
「夜な夜な隣で眠るドロシーさんの匂いを堪能するだけでは飽き足らず……怖いわ~。男子怖いわ~」
「ええっ!?」
レオ君が私の匂いを? だ、大丈夫だよね? 体は毎日ちゃんと拭いてるし、消臭ジェルだって付けてるし。く、臭くないよね?
「おまっ、マジふざけんなよ! 違うからなドロシーさん。俺は絶対変な事はしてないからな!」
「う、うん。分かってるよ」
そうだ。レオ君がそんなことするはずないよね。もう、アリリアナさんったら。
「アハハ。男子のパッションを甘くみちゃダメだよドロシーさん。レオ君だって昔……ありゃ? あれってアマギさん?」
木々の間を縫うように現れた人物……うん。間違いなくアマギさんだ。森に入って以降は近くにいるとだけ言って姿を見せてくれなかったけど、こうして顔を見せてくれるとやっぱりホッとする。
「何か急いでないか?」
「まさか受験生が巨大なマンバに挑んだから怒ってる感じ?」
「それはさすがに……」
ない。と思うけど、このタイミングでアマギさんが姿を見せた理由が他になさそうなのも事実だ。
「どうすんだよ」
「私に任せなさい。自慢じゃないけど怒られるのには割と慣れてる感じなの」
アリリアナさんが本当に自慢にならない事を言って、アマギさんへと手を振った。
「アマギさーん! そんなに息切らしてどうしたんですか? 私達はーー」
「貴方達! 逃げーー」
スパッ!
そんな音を本当に聞いたのかな? 分からない。でも聞こえてきそうなくらい速く鋭く、ソレはアマギさんの体を通過した。
「ほえ?」
「あっ?」
「……え?」
クルクル。クルクル。
唖然とする私達三人の前でアマギさんの一部が回転してる。宙に高く舞いあがったそれを私達はただただ見上げている。気のせいか時間の流れが酷くゆっくりだ。
プシャアアア~!!
血が噴き出す。片腕を失ったアマギさんの体から。まるで噴水かシャワーのように。彼女は……私達よりもずっと強いはずのギルドの試験官は鬼気迫る表情を浮かべた。
そして、
「逃げなさい!!」
叫んだ。
それは怒声というよりは悲鳴に近い、そんな声だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます