第69話 距離
「わ~。大っきい」
ギルドのイメージって木でできた酒場のような建物だったけど、縦に伸びた建造物は塔か、あるいはお城のように立派だった。
「あれ? ドロシーさんひょっとしてギルド見るの初めてな感じ?」
「うん。……変かな?」
「全然。だって大抵のものは中心街や貴族街で買える感じなんだから、王都に住んでてもギルド区画に馴染みがない人は沢山いるでしょ」
ギルドだけじゃなくて実はギルド区画に来ること自体初めてだったけど別におかしなことじゃないと言われてちょっとホッとした。
「皆はよく来るの?」
「よくって程じゃないけど、私は職場がそこそこ近い感じだから、時間ある時にブラブラしてたかな」
「俺はたまに薬を届けに来てたりしてたな」
レオ君も来たことあるんだ。家の手伝いで配達までやってるなんて凄いと思う。イリーナさん達はどうなのかな? 気になって三人の方を見てみたらドルドさんと目があった。
「その皆の中に果たして自分は含まれているのだろうか? 単純でいて実に興味深い命題だ。そもそも何故多くの種は当たり前のように自他を分つことに成功しているのだろうか? 人に蟻の個体差が分かるか? その逆は? 自分と違うものであると確信できること。それこそが種を分つのか? いやしかしーー」
「私は武器や防具を買いに来てましたわね」
「お嬢様に付き添って足を運んでおりました」
「そ、そうなんだ」
ドルドさんを押しのけるイリーナさんと、しれっとそれに続くロロルドさん。ドルドさん、まだ何か言ってるけど聞いてあげなくて良いのかな?
「グラドール家の御用達が貴族街じゃなくてギルド区画にあるなんてちょっと意外な感じかも」
「いえ、そうではなくて武器の選別訓練の一環ですわ。戦場で自分の武器が摩耗し使えなくなることなど珍しくありませんから、現地調達できるよう、中古品の中から少しでも良いものを買ったり、摩耗した武器の扱いを学んだりするのですわ」
「うわっ、すごい実戦的な感じじゃん」
「騎士ですもの。戦場で役に立つ技術を学ぶのは当然のことですわ。魔法使いはそうではありませんの?」
「ドロシー先生、解説をどうぞ」
「せ、先生じゃないからね? えーと……私達はどちらかというと最適な環境下で最高の魔法を使えることを優先するから、あまりそういった技術は学ばないかな」
騎士はどうしてもその力が向かう先が戦闘になりやすいけど、魔法使いが本領を発揮するのは冒険者などの一部を除けば日常生活の中。だから魔法学校でも魔法を使う環境を整える勉強はしても、イリーナさんがやっているように戦場みたいな特殊な環境下での訓練はあまりしない。
「畑の違いですわね。ですが特化した技術が柔軟性に欠けるのも事実。やはり……」
「イリーナさん?」
「いえ、何でもありませんわ。それよりも中に入りましょう」
「う、うん」
どうしたんだろ? 何か考え込んでいるようだったけど。隣を見ればアリリアナさんまでイリーナさんと同じ顔をしてた。
「どうしたの?」
「え? アハハ。ちょっと考え事。それより私達も行こっか」
「……うん」
ちょっと気になるけど無理に尋ねるようなことでもないし、私はアリリアナさんとレオ君と一緒にギルドの中へと入った。
「わぁ。ピカピカ」
「旅館の掃除も結構大変だったけど、こっちも負けてない感じね。このテカリ具合、どんな方法で磨いているのか、聞いたら教えてくれるかな?」
「お前は何しに来たんだよ」
アリリアナさんの冗談にレオ君が呆れたような半目を向ける。綺麗に磨かれた床は鏡みたいで確かにすごいけど、綺麗すぎて足元が少し気になっちゃうかも。
「てか、ちょっと綺麗すぎでしょ。これだとミニスカ穿いてきた人やばい感じじゃない? レオ君、床に私のパンツが映ってないかちょっと確認して」
「よしきた。って、誰がそんなことするかよ!」
「アハハ。ごめんご、ごめんご」
レオ君の髪をクシャクシャと撫でるアリリアナさん。アリリアナさんといる時のレオ君、私といる時と違ってすごく生き生きしてる。私にもあんな風に接してくれないかな。
「あら、その年でもうそんなことに興味がありますの? いくら子供とはいえ覗きは感心しませんわよ」
「誰が子供だ。俺は十六だ」
「えっ!? そ、それは失礼しましたわ」
会ってからずっと貴族として隙のなかったイリーナさんがただの女性みたいに目をまん丸にする。その気持ちちょっと分かるかも。なんて思ってたらレオ君と目があっちゃった。
どうしよう、考えてることが顔に出ちゃったかな?
そう思ってドキリとしたんだけどレオ君はすぐに私から目を逸らした。
……何だろ? 胸の辺りがモヤモヤする。さっき気遣ってくれたし、別に嫌われたわけじゃないと思うんだけど、今日はレオ君と全然話せない。二人でいる時はもう少し上手く喋れるのに。
「ドロシーさん? どったの?」
「えっ!? う、ううん。何でもないよ」
「そう? それじゃあ受付行こうよ」
「そうだね。ほ、ほらレオ君も一緒に」
「……ああ」
レオ君と並んで歩くけどやっぱり会話が続かない。どうしてだろ? 二人の時は何を話してたっけ? えっと、えっと、そうだ! 勉強だ。勉強のことを話せば良いんだ。
「あのさ、レオ君。この間貸した参考書、もう読んだ?」
「いや、まだだ。……悪い。せっかく貸してくれたのに」
「う、ううん。そんな、気にしないで。レオ君のペースで勉強してね」
「あれくらいすぐに終わらせるつもりだったんだけど、ここ暫くは姉貴やお袋の説得に時間取られてたからな」
「あっ、それでウチに来る機会が減ったんだ」
良かった。冒険者の話をした日からレオ君が部屋にあまり来なくなったから私の教え方が下手で見限られたのかと思った。
「それもあるけど、ちょっと通いすぎだったかもと思って自重してたんだ。ほら、ドロシーさんだって自分の時間が必要だろ」
「そ、そんなの気にしなくていいよ。レオ君に勉強教えるの、私も楽しいし」
「本当に?」
「う、うん」
「そうか。それは、よ、良かった」
「……うん」
「「……」」
また会話が途切れちゃったけど、何でか今度は悪い気がしない。それどころか受付までの距離がもっとあれば良いのになんて、そんなことを考えちゃった。
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