不可能犯罪殺人事件
14、長い夜の序章
残り二日で殺人事件が起こる。
異世界探偵はかんなとともに再び未来特区へと来ていた。今日は手紙は来ておらず、手がかりがないまま未来特区を徘徊していた。
「なあかんな、未来特区については詳しいんだよな。ならここら辺であまり人がいかない場所やそもそも人が入れない場所、一部の人しか入れない場所はあるか?」
「あるけど……一部の人しか入れない場所はこの特区にはたくさんあるよ」
「なるほど……。さすがに手がかりがなさすぎる。なら予想を立てて絞り込もう。残り二日、いや、二日後のいつに事件が起こるか分からない以上、今日中に探さなければ……」
焦燥感に追われていた異世界探偵は、少ない時間の中で必死に思考を巡らせていた。
未来特区の地図を見るも、その広大さに深いため息を吐いた。
「絞り込もう。かんな、この未来特区で誰一人として入れない場所はあるか?」
「うん。それなら一つしかないよ」
異世界探偵はそこに賭けるしかなかった。
かんなに連れられてやってきた場所は、無数の商店ビルが建ち並ぶ街の裏路地、そこを通って抜けた先にある廃れた工場。周りは塀で覆われ、工場へ入る入り口には柵が置かれていた。
「ここが未来特区で唯一入れない場所」
「工場……何でこんな建物が未来特区にあるんだ?未来特区には工場は一つもないはずなのに」
「
かんなは意味深にそう呟いた。
「未来特区には他にも工場があるのか?」
「あくまでも噂だけどね。私が育った場所ではかなり有名な噂だったよ。未来特区には隠したい情報が山ほどあるって。だからそれを隠すために派手な施設や建物をたくさん建てて人々の目をくらませているって。それにこんな場所に怪しい場所があるなんて誰も思わないでしょ」
かんなが育った場所について、そのことを異世界探偵は深掘りすることはなかった。
それよりも気になったのは、未来特区には隠したい情報が山ほどあるということ。一体何を隠すために?何のために?
実際、この工場だって壊せば良かったのに。
(やはり師匠が言っていた通り、この世界には何か裏があるのか?一見ただの平和な世界だ。ならこの世界は何を隠そうとしている?何を……何を……)
考えている異世界探偵は、自ずと手と足が動いていた。その体は工場の窓を開けて中へと入っていた。
「夏、何を……」
「事件を起こすならここが一番手っ取り早い。だから調べるんだ」
工場の中へと入る異世界探偵に動揺しつつも、かんなも工場の中へと入っていく。
「見つかったら捕まっちゃうかもだよ」
「その時はその時だ。今は少しでも手がかりが欲しい。だからどれだけ危険な賭けであっても……」
工場内の鉄パイプ製の棚を漁っていた異世界探偵は、ある物を見つけた。それは商品について書かれた資料であった。
しかもどれもが、この未来特区で見たことのある商品ばかり。その多くが一般の多くの家庭に普及している物であった。
「何て読むの?」
異世界探偵が持っていた資料の右下に書かれていた文字を、かんなは細目に見つめていた。
「ああ。これは
「へえ。いかるがって読むんだ。何か難しいね」
「ああ」
かんなが気になっていたこの文字には続きがあり、斑鳩社、つまりここはこの資料に書かれている商品を最初に作った会社であるはず。だから調べればこの会社について出てくるはずだ。
異世界探偵はその資料を持って工場から立ち去ろうとしたその時、扉が開いた。
「まずい……」
扉が開き、そこから二人の男が入ってきた。二人は白スーツに身を纏い、派手な格好に机の下に身を潜めていた異世界探偵とかんなの視線は釘付けだ。
「
「仕方ないだろ。あいつがそうしろって言ったんだから。逆らえるはずないだろ。あいつ、怒ったらすごく怖いし」
「霊代さんはすごいですよね。あの人に唯一口出しできるじゃないですか」
「結局はあいつの言うことは曲げられないけどね。だから最近はよっぽどのことがない限りは黙っているようにしているけどな」
霊代という男は半ば呆れ気味にそう言っていた。
二人は軽い会話を終えるや、工場内を漁っていた。棚や引き出しの中、そして机の下などを探していた。
見つかるのは時間の問題、冷や汗をこぼす異世界探偵とかんなは、すぐそこに開きっぱなしの扉があることを確認した。それにあの男たちがやったのか、柵も倒れている。
「かんな、速く外に出るぞ。見つかる前に、速く」
男二人が扉とは逆の方向を向いた矢先、異世界探偵はかんなを背負って扉の方へと走った。
柵を踏み越えて走り去る異世界探偵であったが、その音を聞いて男二人は振り返った。
「おい
「はい。確かに物音は聞こえましたね……」
「「…………」」
「「逃がすかぁぁぁあああああ」」
男二人は死に物狂いで逃げた異世界探偵たちを追う。だが入り組んだ地形の裏路地のせいか、異世界探偵たちを逃がしてしまった。
逃がした相手が誰なのか分からない以上、霊代たちは安堵することも絶望することもできない。どちらでもない微妙な感情を抱きつつも、二人はあの工場へと戻る。
二人から逃げきった異世界探偵は、かんなを下ろして荒い息を立ててビルに寄りかかっていた。
かんなは疲れはてる異世界探偵を心配そうに見守っていた。
「大丈夫か?」
(あいつらが一体何者なのか、あとは斑鳩社について調べたいが……そこは普通に気になるが、今は明日起こる事件について調べないと。もしかしたら男二人が探している物と関係があるのか?)
「とりあえずここら辺のビルの安い休憩室を借りて休もう。明日、あの工場付近で事件が起こる」
「うん。でもお金は大丈夫?」
「まあ一日くらいはなんとかなると思う……」
異世界探偵の主な収入源は依頼者からの依頼料や報酬などだが、実際探偵という職業自体安定した職種ではない。実績や知名度がなければそれに見合った金額は貰えない。
そして異世界探偵にはあまり依頼は来ない。つまりはそこまでの収入はない。
かんなの予期した通り、一部屋を一日借りる金額は異世界探偵が持っている金額では不可能だった。
それに予想外だったのは、どこのビルも最安値の部屋は全て借りられているということ。
「はあ。近くの安い民宿でも探して泊まろうかな……」
たった数千円の有り金を手に、異世界探偵は疲労困憊していた。
借りるのに失敗したビルのロビーのソファーに座ってくつろいでいると、一人の女性が彼のもとへと歩み寄る。
「おいおい。こんなところで会うとは奇遇だな。異世界探偵」
「異能探偵、お前もここら辺で事件が起こると予想したのか?」
「ああ。このビルには今この世界で最も勢いづいている会社が置かれている。それに丁度良く、明日その会社は十社以上の会社の取引を予定している。こんな絶好なタイミングはないだろ。明日、このビルで事件は起こる」
勘ではなく根拠を提示している異能探偵に、異世界探偵は少し恥ずかしくなっていた。
「それよりもだ、これ」
そう言って異能探偵は謎の袋を異世界探偵へ投げた。それを受け取った感触で、中に何が入っているのかを察した。
「金貨が……なぜこんな大金を!?」
「共に謎を解くのだろう。異世界探偵」
「ありがとう。異能探偵」
「お互い様だ」
異世界探偵は異能探偵から貰った金貨を使い、そのビルの貸部屋に泊まった。そこで一夜を過ごし、午後三時くらいだろうか、異世界探偵とかんなはビルの中を徘徊していた。
だが一向に事件は起きず、異世界探偵たちは怪しい人物すらも見かけられない。
焦りが見え始める中、悲鳴が聞こえてきた。そこは一つ上の階からだ。
「まさか……」
異世界探偵は素早く六階から七階へ駆け上がった。人だかりができている中をかき分け彼らが見たのは、花瓶が近くに転がっており、その横で頭から血を流している男の姿。
「防げなかった……」
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