sub3、動き出した車輪

 かんなと異世界探偵は机を挟んで椅子にソファーに座っていた。そして何やら真剣な顔でお互いの顔を見合い、長い時間が経過していた。

 春を告げる生暖かさが室内を潤す中、異世界探偵はその手をかんなへと進めた。右、左と右往左往する手に表情を変えず、かんなは息をのむ。

 異世界探偵は何かを見きったか、右を選んで手を振り上げた。そしてその手に握られていたのは、ハートの4、つまりは、異世界探偵が今手に持っているカードと同じ。その瞬間にかんなは膝から崩れ落ちた。


「夏、強すぎだって……。もう一回」


 悔しがるかんなは机に置かれたトランプをかき集め、混ぜるや二等分になるように配り始めた。


「そんなに面白いか。ババ抜きは」


「面白いよ。こんなに面白い遊びを思い付くなんてやっぱ夏はすごいよ」


 子供のような純粋な眼差しを向けられ、異世界探偵はつい頬が緩んで笑みがこぼれた。

 異世界探偵は気合いを入れ、もう一戦といこうとしたその時、電話が鳴った。


「ちょっと待っててくれ」


 これからという時に邪魔が入ったせいか、異世界探偵は内心不機嫌になるも表情には表さない。渋々電話をとり、


「はい、何でしょうか?」


 やややけくそに言った。

 すると電話の向こうからは涙で霞んだ声が響いてきた。


「どうかされましたか?」


「家に帰ったら……母が……母が死んでいました」


 異世界探偵の顔からは笑みが消えた。その一部始終を見ていたかんなは、その表情を見てどんな内容の電話なのかは察しがついた。

 どの世界も同じで、犯罪が起きる。だから世界とは理不尽と言う二文字が似合う。


「かんな、依頼だ。すぐに支度をしろ」


 異世界探偵とかんなは徒歩で電話相手のいる住宅へと向かった。出迎えてくれた男によって、異世界探偵は横たわる女性の遺体を発見した。

 頭から血を流し、その原因であろう花瓶が割れて散乱していた。


「死因は頭部を強く打ったことによる出血」


 異世界探偵はふと疑問に思う。

 これならばただの事故である可能性が高いと。だが今ここには自分たち探偵しかおらず、医療関係者は一人もいない。

 だがその疑問は周りを見渡してすぐに分かった。


「なるほど。不法侵入ですか」


 荒らされた家の中、タンスや引き出しが荒らされていた。高そうなバッグや時計が床に転がり、何者かの侵入を暗示しているようだった。


「事件について詳しく教えていただけますか?」


 異世界探偵へ、一人の男は語り始めた。


 事件が起きた時、兄弟たちは皆出掛けていたらしい。

 時刻は昼の十二時五十分、家へと帰ってきた兄弟は異変に気づいた。なぜか鍵が開いていた。真っ先に長男が家の中へと駆け込んだ。そこで長男が見たのは、母の遺体。


 長男

『黒江賢二、男、能力:物体の時間停止』

 次男

『黒江大悟、男、無能力者』

 三男

『黒江悠哉、男、能力:念力』


 事件が起きた時刻、長男はランニング、次男は買い物、三男は釣りへ行っていた。一番最後に家を出たのは三男であり、三男が言うには家では母は眠っていたそうだ。

 考えられるのは金銭を目当てに侵入した犯人の物音に目を覚ました母を侵入者が殺した。


 だがその推測には矛盾が生じた。

 床には高そうな腕時計やバッグが転がっている。というのに犯人はそれを盗みはしなかった。


「なるほど。かなり難しい事件ですが、手がかりがないか探してみます」


 異世界探偵は家の中を彷徨いた。

 逃げるとすれば一階の窓だが、全てに柵が取りつけられており、逃げられない。


「夏、やっぱり鍵は壊されていたよ。あれじゃ簡単に出入りできちゃうよ」


「そうか。ありがとな。かんな」


 異世界探偵は母の遺体を眺め、花瓶が置かれていたであろう棚を見た。するとそこにはラジコンでも走ったような擦れた跡のようなものがうっすらと残されていた。

 大きさ的には拳一つほどの大きさの何かだ。

 荒らされた部屋を探し回り、そして散らかされた服の下に埋まっていたラジコンカーを見つけた。


「なるほど。やっぱそういうことか」



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「何で俺たちは呼び出されたんだ?」


「事件の犯人が分かったのですか?」


 呼び出された三人の兄弟は、異世界探偵へと言い寄った。


「この事件の謎が解けました。それは極めて簡単なことです。まず犯人はあらかじめこの家に細工を仕掛けていたんです」


「細工?」


「この棚の下で死んだ黒江菜々さんは眠っていました。その際に棚の上にあったのは花瓶、そしてラジコンカー。その証拠に、棚にはほんのわずかですが擦れたような跡があります」


「じゃあ遠隔操作で殺されたのか。なら身内の中にいるって言いたいのか」


「その通りです」


 長男の発言に数秒の迷いもなく答えた。

 異世界探偵は笑みをこぼし、長男を指差して言った。


「犯人はあなたですよね。黒江賢二さん」


 長男の体は硬直した。

 自分が犯人と疑われないよう、必死に言葉を紡ごうとするが、頭が働かず何も言葉が出なかった。

 追い討ちでもかけるように、異世界探偵は事件について語り始めた。


「まずあなたはラジコンカーを走らせた。その最中にラジコンカーの時間を止め、そして花瓶の横へ置いた。何食わぬ顔で家を出ると、あなたはランニングに行き、誰かが帰ってくるのを家の外で待っていました。そこで帰ってきた次男と三男の背後から今帰ってきたように見せかけ、そこでラジコンカーの時間を動かした。当然物音がし、その物音を言い訳に家へ入るや駆け込んで部屋を荒らした。あなたがこの部屋へ来てから二十秒後に弟たちは来たようですから、十分に可能です」


 長男は腕を組みしばし考えるや、深いため息を吐いて口を開いた。


「ああ。母を殺したのは俺だ」


「何でだよ。兄さん」


「すまんが、理由は言えない。探偵さん、収容所まで連れていってくれるか?」


「ああ」


 異世界探偵とかんなは大人しくなった長男を連れ、家を出た。そこで異世界探偵は長男へと言った。


「黒江賢二さん、あなたはお金を取られていたんじゃないですか」


「え!?どうしてそれを」


「簡単なことですよ。床に転がっていたバッグや時計、あれを見れば分かります。あなたは日常的に金を奪われ、そしてその金はあのような物に変換されていた。だからあなたは犯行を決意した」


「はい……」


 罪深い表情を浮かべ、深く反省をしていた。


「すぐに戻ってこれますよ。だってあなたはきっと優しい人です。だから罪を償い、兄弟たちのもとへ帰ってあげてください。あなたにはそれが許される」


 事件は解決した。

 異世界探偵は収容所へと向かう黒江賢二の背中を見送り、そして夕焼けの中へと消えていった。

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