sub2、霞む秒針

 まるで365連休でも味わっているかのように、異世界探偵の心は憂鬱であった。

 そう、暇だった。

 異世界探偵は椅子に座って背を預け、新聞を広げて記事を見ていた。書かれていたのは犯罪についての記事。


「どこの世界も同じだな。」


 異世界探偵はすぐに新聞を閉じると、立ち上がって外へ繋がる扉を開けた。


「夏、どこへ行くの?」


「買い物だよ。今日は豚カツにしよう」


 異世界探偵はかんなへ背を向けると、近所にある『激安堂』という名の業務用スーパーとも言うべき店へと入っていった。

 そこは彼の行きつけであり、多くの人に親しまれていた。


「いらっしゃいませ」


 今日は晴天に見舞われ、温かい気温が異世界探偵の体を包んでいた。彼は豚カツを取ると、精算所へと足を進める前にお菓子が売られているコーナーへと向かった。

 これまで自分についてきてくれたかんなの喜ぶ姿を思い浮かべた。思わず頬が緩み幸福感に身を宿す。


「おっと……。早く帰らないと、かんなの奴がお腹を空かせてしまうな」


 異世界探偵は精算所へと向かい、精算を終えた後店を出ようとした……その時、先に店を出ようとした客が店員らしき人物に手を掴まれていた。

 その光景は彼のいた世界でもよく見られる光景であったーー万引きだ。


「どうかしましたか?」


 探偵である彼は、事件へと首を突っ込んだ。


「協力してください。この男を……一緒に事務室まで……」


 店員に左腕を掴まれている男は逃げようとするが、次第に無理だと錯覚し始めたのか、静かに事務室へと足を運んでいった。

 異世界探偵もついていき、事務室では男を取り押さえた店員と異世界探偵が男を椅子に座らせた。


「名前は?」


「取山透」


「なるほど。で、盗んだ物を出してくれる?」


 店員は強い口調で言うも、取山は断固として盗っていないと言い張っていた。

 そんな虚言が通用するはずもなく、店員はバッグの中を漁る。

 異世界探偵は男の様子に違和感を抱いていた。何か違うような、モヤモヤするような感覚が胸の中でざわめいていた。


「あれ?」


 店員は困惑していた。

 異世界探偵は店員の男とともに取山に聞かれぬように話していた。


「どうかしたのか?」


「なかった……バッグの中には、盗まれたはずのものはなかった」


 異世界探偵は目を見開いて取山を見た。

 明らかに動揺はしており、そして緊張しているのか脇をしめて足を閉じ、冷や汗を掻いている。時おり手首に手を当てるや、こちらを横目で睨んでいる。何かを盗っているのは明白だ……明白なのに、どういうわけかバッグには何も入っていない。


「身体検査をさせてもらえるかな?」


「……分かりました」


 取山が立ち上がった時、何かが落ちる物音がした。だが実際には何も落ちてはいない。

 異世界探偵は店員とともに取山のポケットなどを確認するが、何もでてきはしなかった。


「店員さん。あの男は何を盗ったんですか?」


「確か……一万円ほどはする腕時計を盗んだような……」


(能力を使っている可能性が高い。だが他に考えられるとするならば、犯行を二人で行った。この男が物を盗み、そして共犯者とバッグを交換した……。だとすれば動揺する必要はない。つまり今、この男は盗んだ物を持っている。だとしたらどんな能力を使っている?)


 異世界探偵は取山の挙動や先ほどまでの行動を思い出し、そしてひらめいた。


「なるほど。そういうことか」


「何か分かったんですか?」


「ああ。この謎はいたって簡単で、すぐに解けてしまう脆い壁さ」



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 異世界探偵は男の前に座るや、流暢に語り始めた。


「取山透、君は盗んだ物を今は持っていない。そうだろ」


「そもそも盗んじゃいない」


 獲物を見つけた猛獣のように、そこに勝機を見出だした取山は必死な説得で異世界探偵へと言う。


「持っていない。だが盗んではいる。じゃあ盗まれた時計は今どこにあるか?それは簡単さ。先ほど君が立ち上がった際に音がした。それこそが盗まれた物ーーつまりは腕時計の正体さ」


 だが何も落ちていない。というのに、異世界探偵は地面をペタペタとさわり、そして何かに触れた。


「ようやく見つけた。腕時計を」


 異世界探偵は手に何も持っていない。だがそこに腕時計はあると言っている。


「取山、お前の能力は触れた物を透明化させるとかそこら辺だろ。だから今俺が持っているはずの時計は見ることができない。だが確かに持っている。これでもまだ言い逃れるか?」


「……解除」


 取山の言葉が異世界探偵の手へと届くと、透明化していた腕時計は可視できるように色づき始めた。


「はい。確かに盗んでしまいました。すみませんでした」


 取山はその後、王国兵によって連れていかれ、数日ほど収容所で囚われることとなるのだろう。

 異世界探偵は帰ろうとすると、その足を店員は止めた。


「あの、異世界探偵さん」


「何だ?」


「どうして能力を見破れたんですか?」


「ああ。そんなことか。それはいたって簡単なことさ。取山はずっと手首を気にしていた。だが手首には何もしていなかった。その行動が怪しいと思い、何となくかまをかけただけだよ。そしたら案の定、犯人だっただけだ」


 店員は感心し、異世界探偵を見上げた。


「今日は……本当にありがとうございました。このご恩は絶対に忘れません」


「ああ。いつか俺が危機に陥ったら、助けに来てくれ」


「はい。僕の名前は私ヶ原わたくしがはら士弟していと申します。以後、お見知りおきを」


 その後、家へと帰った異世界探偵は玄関にて頬を膨らませたかんなを前に足が止まる。


「た、ただいま」


「もう、お腹空いたんだし。早く帰ってきてよ。こんな時間まで何してたの」


「いや、その……」


「もう、どうせまた事件でしょ」


「あ、そういえばお菓子、買ってきたぞ」


「わーい。ってガキじゃねーし。反省しなさい」

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