ここで告白が成功したカップルは永遠に幸せになれる伝説を持つ樹の下で殺し合う男と男

@ZKarma

第1話

「やはりここに居たか、アルバ」


竜態研究機関にて飼育されていた年若い竜種の一頭。

個体名アルバが、飼育員であった俺の恋人、エイルを攫って脱走した。


そういう報せを受けてから、俺は即座にこの大樹の元へとジェットパックで飛翔した。


イルミンスールの名を持つ九界竜樹ユグドラシル科の千年樹。

原種たるユグドラシルの若枝より生まれたこの巨木は、800年前の竜禍の原因となった二頭の邪竜種ファーブニルの番が巣を成した場所だという、この国の学生ならば誰でも習う話だ。


「もっとも、お前が邪竜種ファーブニルの裔であることに感付いていたのは俺だけだったみたいだがな。古代、お前の祖を単身で撃破した英雄の直系の子孫である俺だけは、お前の正体も、この顛末も、行き着く先も予想できた」


俺は、イルミンスールの根に横たえられた女性と、その上に覆いかぶさるように皮翼を伸ばす紅鱗の若竜に語りかける。


「祖先の伝説に倣おうって訳だ。分かるぜ。道が険しいなら、出来る限りゲンは担いでおきたいもんな」


800年前、番はこの樹に巣を成し、100以上の卵を育てたという。そうして数多の竜がこの国の全土に跋扈し、多くの繁栄と滅亡を齎した。

いわばファーブニルにとっての縁結びの樹だ。


一歩前に踏み出すと、紅竜は地響きの如き唸り声を上げて俺を威嚇した。

――それ以上踏み出せば、命は無い。

その純然たる殺意に俺も笑うように牙を剥いて応えた。


その女エイルは返してもらうぜ」


そう云い放ち、さらにもう一歩前へと踏み出した瞬間、白い閃光が視界を埋め尽くした。


竜種はその多くが吐息ブレスによる攻撃手段を有する。

ファーブニルの裔ともなれば、そのブレスは光線級の熱量と速度を有することになる。

駆逐艦の装甲程度であれば容易く溶解せしめるそれは、況や只人が受ければ塵も残さず消し飛ぶだろう。


しかし――


「温いぞ、小僧」


光線は、俺の持つ八十六式竜断刃GramMP-86によって両断された。


「プロのドラゴンスレイヤーを舐めるなよ、温室育ちが!」


紅竜の眼前に跳び、振り下ろした斬撃は、頭部の角で弾かれた。


――場所を移すぞ。彼女が傷つかぬように。


俺への追撃をせずに空へと飛翔したアルバを追い、俺もジェットパックに火を入れて空を駆ける。


「わかるぜ、エイルは良い女だ。細やかに他人に心を配れる優しさがあるし、人の長所を見つける観察眼にも優れる。料理も上手いし、自分のことになると途端に気が抜けるのも愛らしい。なにより笑顔が美しい。卵の頃から世話されてたお前が恋をするのも当然ってもんだ」


俺はそう語りかけながら、空戦形態に切り替えた竜断刃を振るい、幾度となくアルバと交錯した。

俺は近づいて刃を叩き込む為に。

奴は、吐息で俺を消し飛ばす為に。


「時代が時代なら、あいつの存在一つで国が傾いてもおかしくねぇ。そんな女だ。お前の気持ちは良くわかるさ。本当にな」


互いの工夫を尽くした殺し合いが、天に聳える大樹イルミンスールの真下で白熱する


「だが、そいつは俺の女だッ!」


そう叫びながら放った一撃は、奴の口腔から連射される光弾状の吐息を薙ぎ払いながら頭部に炸裂した。


だが、致命傷には至らない。斬裂傷に怯みながらも、アルバは炎を纏った尾の一撃で反撃する。


「ぐっ、がァ!!」


躱せる距離ではない。

即座に展開した障壁ごと薙ぎ払われ、俺は大きく吹っ飛んだ。

なんとか空中で態勢を立て直した矢先に飛んでくる光線を切払いながら、状況を分析する。


竜態研究機関の飛行施設はさほど大きくないし、なによりこいつは未だ若い竜だ。

ジェットパックを用い、小刻みに緩急をつけた軌道で自身の周囲を旋回しながら攻撃する俺に対して、こいつは攻めあぐねている。


本来ならば如何に一級のドラゴンスレイヤーとはいえ、邪竜ファーブニル種に対して個人で相対するなど在り得ないが、その拙さが俺の生命線だ。


戦闘が始まった以上、この場所は竜禍対策本部に認知された筈。

応援のドラゴンスレイヤー部隊が到着する前に、こいつと決着を付ける


それが恋敵として一人の女を奪い合う男と男のケジメというものだ。


「お前はここで殺す。ドラゴンスレイヤーとしての職務じゃない。俺個人の譲れないものの為にな!」


そう宣言すれば、それはこちらの台詞だといわんばかりに奴も大きく咆哮する。


そうして、伝説の大樹の下で殺し合う男と男の殺意は、さらに激しくぶつかり合った。

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