第三章 反撃に向けて(7)

 意志を持って狙ってくる雷。命中する直前、覚醒状態の凛陽が横に飛び出し回避する。


「悪魔ノ翼」


 すぐさま反撃に草薙剣を振るい、空気を切り裂く。

 男の唸り声と共に電流が発生し、真空の刃を阻んだ。


 ここはbabironの巨大な倉庫。仕入れた商品を一時的に保管する広大なフロアは戦場になった。スプリンクラーでは消しきれない火炎、崩れて残骸になった巨大ラック、壊れて黒焦げになった商品、警備員やヴァルハラの隊員達が倒れている。


 凛陽はギルガメッシュの武器庫を壊す為に、小細工なしで正面から堂々と襲撃。

 短期間ながら激戦に激戦を重ね、姉時雨を取り戻したい凛陽にとって、外を守るヴァルハラの隊員達はおろか、充実した装備に魔法使いを揃えた警備員達を打ち破るのは容易い。


 だが、過去に襲撃してきたギャングの施設ならいざ知らず、今は世界規模で通販事業サービスを展開する、babironの施設で大立ち回りをしているのだから、とても目立つ。その上、ロキの様に工作をしている訳ではないから応援要請ができる状態だ。


 強大な炎と雷が激突する。

 猛々しい雷を纏うのは、警察機構ヴァルハラのトールだ。


「貴様、大人しく投降しろ」


 草薙剣がミョルニルを受け止めているが、押されていってしまう。その力は痩身の見た目からは想像できない程あまりに甚大で、のしかかってくる戦車の上に、どんどん戦車が追加されていくようだ。


「するか」


 凛陽は炎を纏った回し蹴りで側頭部を狙う。

 予期する様につかんだトールは、灼熱をかえりみずに凛陽の体勢を崩すと、瞬時に脇と両手首で足首をがっちり固め、抵抗できないよう脚と脚を絡ませ。後は一気に体重をかけて床へ。


「キャァァァァァァッ」


 足首を切断したと錯覚するアキレス腱固めと、トールの体から溢れ出す電流が凛陽を痛めつける。


「オーガのランギのアジトを潰してたのは貴様だろ。何故、babironを襲う」


 凛陽は二重の苦痛に意識を持ってかれそうになったが、どうにか耐え抜く。そして、草薙剣を辛うじて握っている事に気づき、離してしまう前に消した。


「知るか!!」


 現した草薙剣を逆手で握り、絡み付いているトールの腿(もも)に、渾身の力で灼熱の刃先を突き刺す。


 不意打ちで呻いた隙に凛陽の纏う炎の火力が上昇。拘束を力づくで脱すると、持ち主と入れ替わってミョルニルが殴りつけてくる。それを転がって回避。

しつこく襲ってくるミョルニルの追撃を、凛陽が飛び起きながら蹴とばした。


「アタシがどこを襲おうが、アンタは捕まえるだけでしょ」


 得物をつかんだトール。白いスラックスは、腿の部分が赤く染まっているけど傷は浅い。


「どうして、君みたいな若い娘が、大量殺人を犯さなければならない?」


 責めようとはせず諭すように話しかける。


「同情? そもそも年齢とか関係あんの? 捕まったら、どうせ死刑なんでしょ」


 自棄に言いながら、凛陽が悪魔ノ翼を放つ。


「愚か者」


 トールはミョルニルを投げつけ、翼を一気にへし折る。


 飛んでくる攻撃を回避した凛陽は、追ってきている鎚を背に、相手の真横に回り込もうとする。

 バーとなって阻んでくる電撃は前転で回避。反撃に悪魔ノ翼を放つ。


 空を切り裂くと共に起こる炎を、白い手袋に受け止められた。構わず凛陽は突っ込んだ。

 迎えうとうと、トールは腰を少し落とす。


 つかまれない、放ってくる電撃をギリギリ回避できる距離まで間合いを詰める。


「悪魔ノ――」


 構えると同時に立ち止まる。向こうも防御の為、腕が僅かに動く。

 床を強く蹴った凛陽がトールの懐へと一気に飛び込み、すれ違いざま切り裂いた。


「小賢しい」


 トールの着てる白いジャケットの金ボタンが消し炭に。凛陽は確かに草薙剣で腹部を切った。だが、岩盤を爪で引っかいた程度の手応えしかない。


「サイテー」


 悪態をつきながら、もう一撃浴びせようと走り出す。


「なぜ、ギャングのアジトを潰していた」


 トールが勢いよく両腕を広げると、彼を中心に電撃が円形の衝撃波となって放たれる。


「アンタ等がサボってるからでしょ」


 瞬間的に纏う炎の火力を上昇させて凛陽は防御。


「だが、貴様に警察権は無い!!」


 動きが鈍くなったのを狙いトールは猛突進。凛陽も迎え撃とうと剣を構える。


「悪魔ノ翼」


 構わず突っ込んでくるトールを斬り裂く火炎が鈍らせる。


「この、駄犬が」


 迫った凛陽が業火の一刀を打ち下ろす。

 寸前、ミョルニルを持ってないトールが、機敏な動作で草薙剣を握った諸手を掴み、一本背負いの要領で遠くへ投げ飛ばすと。宙に待機させたミョルニルが、雷光を放ちながら、吹っ飛んでいく凛陽の背中へと激突。


 炎が消えた凛陽は巨大ラックの残骸へと突っ込んだ。

 トールが歩き出すと、残骸を壊しながらミョルニルが手許に戻ってくる。それに余裕ができたのか、眼鏡をかけ直す。


「私達は鼻が良い。例え、この場を逃げ果せても、いずれ捕まるぞ」


 答えるように残骸の山を吹き飛ばす凛陽。戦いで疲弊し、圧倒的な実力差を前にしても、その身に纏う紅蓮は闘志がみなぎっている証拠だ。


「ハッ、血統証付きのワンちゃんエリート様の言う事は優秀すぎて、マジ意味分かんない」


 凛陽の皮肉にトールの眉根がピクリと動く。


「無駄な挑発だ」

「無視すれ、ばッ」


 足に力を振り絞った凛陽が溜めに溜めた力を一気に解放。矢の様に飛び出して、真正面からトールを襲撃。


「悪魔ノ尻尾」


 纏った紅蓮を全て草薙剣に込めた捨て身の薙ぎ払い。それを、電光を纏ったミョルニルが阻んだ。

 拮抗する炎と雷。


「貴様、いい加減投降しろ」

「ざけんな」


 力はトールの方が圧倒的で、凛陽は負けないよう精一杯踏ん張るが、じょじょに押されていってしまう。


 警察機構ヴァルハラのトール。その戦闘力の高さは戦う前から、凛陽はニュース等で知っているつもりだ。けれど実際に戦う事で、その強さは底知れず。もし本気を出されたら、あっと言う間に再生不能まで追い詰められただろう。そんな相手にロキは「透(とおる)ちゃん」と呼べるのだから信じられない。そして、今この状況を切り抜けるには心で負けてはならない。無謀とも言える度胸が必要だ。


「透ちゃんなんてザコなんだよッ!!」

「ァアアアッ」


 燃え上がろうとする炎をトールの咆哮が凌駕。何者をも薙ぎ払う嵐の如き剛腕で、爆発的に強大な雷を纏うミョルニルを凛陽に叩き込んだ。


 我に返ったトールは、壁に派手な大穴が空き、その先が真っ暗闇である事に、深い深いため息。不意に凛陽から「透ちゃん」と言われて激昂してしまい、やり過ぎてしまった。


 壁を四枚ぶち抜き、できてしまった真っ暗なトンネルを進み、被疑者を追う。

 派手にブッ飛ばされた凛陽は、全身の激痛をおして立ち上がる。こちらに、僅かな光が迫ってくる。トールだ。


 迎え撃とうと凛陽は腰を落とし、草薙剣を引き絞り、切っ先をトールに狙い定め。気付かれぬよう、悪魔ノ尻尾のやり方を意識して、炎を起こさずに力を溜め込んでいく。


 瓦礫を構わず踏んでいく音。

 微かに揺らめく白いコート。

 眼鏡が光った。

 好機。目も眩む灼熱を纏い瞬速の突きを放つ。


悪魔ノ槍デヴィルスランス


 空気を抉る衝撃が、視界を封じられて身動きできないトールの胴体を強打。一気に全身が業火に包み込まれる。


「まだまだぁッ」


 凛陽が勢いよく飛び出し、攻撃をたたみかけようとする。


「フンッ」


 電撃が炎を打ち消す。トールの繰り出すミョルニルによる反撃。凛陽の体はまた壁に叩きつけられた。


「クソッ、サイテーすぎ」


 血反吐を吐く。腹部に鈍痛は残っているが、体は再生しているから、もう一度構え直す。


「まだ歯向かうか愚か者。それだけの力、ヴァルハラの為に活かせば、どれだけの人間が助かるか。貴様は考えた事はないのか?」


 舌打ち。

 上から目線のお説教で何を言うかと思えば、ヴァルハラの為、人間の為。なら、あの日そこから漏れてしまったのは何故。

 怒りで歪む口元、凛陽は烈火と共に飛び出す。


「なにが、ヴァルハラよ」


 目にもとまらぬ俊敏性と鬼気迫る斬撃でトールに仕掛ける凛陽。


「簡単なザコばっかり捕まえて、ドヤ顔なんて、正義の味方も大したもんね」


 回避に徹していたトールが斬撃の隙を突いて、凛陽をミョルニルで殴り飛ばす。


「小さな悪を叩けば、大きな悪に育つことはない。だが、貴様は小さな悪と呼ぶには、大きすぎる」


 倒れた凛陽はすぐに立ち上がり、肩を回し、首を回し、すぐ戦闘態勢に。


「何が鼻はいいよ。結局、無能って事じゃん」


 踏み込んで空を斬り悪魔ノ翼。正面からの攻撃をトールは片手で防ぐ。


「それに」


 言うと同時に天井ギリギリまで跳躍。今度は両断する様な悪魔ノ翼。また防がれた。炎が残っている内に着地。


「悪魔ノ槍」


 がら空きになった肩口に向かって突く。トールの全身を火だるまにして、凛陽は今度こそめった斬りを狙う。


「神そのものが巨悪なのよ」

「ほざけ!!」


 稲光とも言える怒号と共に、トールが広範囲にわたる雷撃を振り下ろし、凛陽をまたブッ飛ばした。


「悪神ロキと手を組んでいる奴に、言われる覚えは無い」


 凛陽はボロボロになった体に鞭を打ち、草薙剣を杖にして立ち上がってみせる。


「………………ハッ、誰それ? 初めて聞くんだけど」


 トールのこめかみに青筋が浮く。


「とぼけるな。協力者がいる筈だ。一連の犯行、貴様一人の力で情報を集めたとは思えん」


 飛び出そうとはせず、傷の回復を待ちながら、凛陽が睨みつける。


「へぇ~。アタシが脳筋のお馬鹿さんだって、言いたいわけ?」


「貴様の知能指数に興味は無い。我々ヴァルハラの調査が正しければ、貴様の手口は火炎と斬撃。だが、一か月前に起きたオーガのランギのアジト襲撃では、火炎と斬撃に加え、銃創と撲殺があった。つまり共犯者の存在だ」


 凛陽はダルそうに答える。


「やってないし」


「貴様以外にも、ランギのギャングを襲撃している者がいた。犯行の数こそ少ないが、凶器と手口は数え切れず。その後、同じような手口で、babironの施設を六ヶ所も襲撃している。なのに、七か所目には貴様が現れた。ランギのアジトを襲撃している筈の貴様が、だ。どういう事か説明してみせろ」


 的外れではない捜査内容。この能力をどうして発揮しようとはせず、書類上から人間二人を抹消したのか。説明してもらいたいくらいだ。

 実質的な取り調べに、凛陽の苛立ちはどんどん募り、纏う炎の火力が上昇していく。


「ハァッ、アタシ達を死んだも同然に扱った癖に!!」


 凛陽は憤怒した。仇を前にした時と同様に苛烈だ。


「どう言うことだ?」


 トールは言葉の真意に疑問を抱き、動揺してしまう。


「アンタ等みたいな、脳ミソが腐った犬っコロに話す気なんてねぇし」


 その隙を突いた凛陽が一気に距離を詰めると、反撃されないよう、すれ違いざまの斬撃を浴びせる。標的の周囲を動き回っては執拗に、どこでもいいから削ぎ落していく。

 突進からの悪魔ノ槍を放とうとすると、トールの纏っていた電光が消え失せた。


「すまない。それが本当だとしたら許されない事だ。詳しく話を聞かせて欲しい」


 戦闘中にも関わらず、トールが丁寧に頭を深々と下げ、謝罪したのだ。

 あまりの不意打ちに驚いた凛陽は、一気に跳び退き距離を離す。

 警察機構ヴァルハラは汚職に塗れている筈なのに、このトールは正義感に溢れて暑苦しい。


「どうせ話したって、捻じ曲げるか、闇の中にポイでしょ」

「ヴァルハラは市民を守る為の組織だ。例え犯罪者でも話くらいは聞いてやろう。何が起こったのか話すんだ」


 舌打ち。草薙剣を振って悪魔ノ翼を放つ。防がれようが、すぐに返してもう一発。凛陽は真空の刃の掃射と、そこから生じる炎でトールを攻め立てる。


「話してどうにかしてくれんの。インチキばっかするヴァルハラが、babironに捕まった、アタシのお姉ちゃんを助けてくれんの!!」

「その件も、詳しく説明してもらおうか」


 凛陽の叫びを、悪魔ノ翼を。轟く雷鳴と、おびただしい量の電流が力づくでかき消した。全身に身を包んだ白はあちこち炎で焼け焦げ、破れているが、トールは腕組みしたまま余裕の面持ち。


「ぁぁああ、チクショウ」


 話すつもりは無かった。つい口から出てしまった。ヴァルハラを信じられないのに、時雨を助けたいばっかりに、目の前のトールに頼ろうとしてしまっていた。


「警察だから、マジムカツク」


 行き場の無い怒り。凛陽が灼熱に変えて走り出す。


「だったら、話せ」


 トールが腕を払うと、前方広範囲に雷が降り注いでいく。


「鼻がいいんでしょ」


 着弾位置が不規則な雷の雨を凛陽はジグザグに全て避けながら、トールの懐に飛び込む。


「だったら、アタシのお姉ちゃんを助けてみせなさいよ」


 業火を纏った草薙剣でがむしゃらに斬りつけていく。


「助ける。事実なら当然だ。だが、情報が少なすぎる」


 荒々しい炎の刃を、トールは次々とかわし、ミョルニルで弾いていく。


「本当は知ってんでしょ。アンタ達ヴァルハラは神の好き勝手に目つぶってるどころか、手まで貸してんじゃん」


 信じられるならいくらでも話していた。信じられないから話したくない。大切な姉時雨を、ヴァルハラなんかには任せたくない。


「取り消せ。ヴァルハラは正義を司る組織だ。悪事に手を貸すわけがない」


 聞き捨てられない言葉にトールは体中から電撃を発する。


「ハッ、オーガのランギや他のギャングの存在すら許している癖に、何が正義よ。アタシの方が仕事してんじゃん」

「貴様のやっている事は私刑にすぎない」


 トールは毅然と否定した。


「そうね。私刑よ。アタシの身勝手よ。人も殺した。アタシ、サイテーだよ。でもさぁ、なんで神は好き勝手していいの? ズルいよ。サイテーにも程があんじゃん」


 凛陽は正当化するつもりはない。babironの関連施設襲撃も、オーガのランギのアジト襲撃も、結局は殺人だ。


「私達神々は人間を正しく導く存在だ。中には法律の枠組みを超えた神もいるだろう。その為に盟約がある」


 神には人間の法律が適用されず、盟約が適用される。それは、神が持つ超常的な力を社会に役立てる為、人間の価値観を超えた思考を尊重する為である。


「死ね。マニュアル回答」


 空々しい概要に凛陽が憤る。誠意はあったかもしれないが、所詮は組織の犬に変わりない。


「アンタ達とロキの違いって何? 好き勝手してんのは一緒じゃん!!」


 渾身の力で悪魔ノ尻尾を叩き込む。

 手応え無し。

 急雷せきらい。電光と共にトールが凛陽の真横に現れる。携えたミョルニルは、おびただしい量の電流の塊となっていた。


「見下げるな」


 トールは痩身に凝縮した力と言う力を解放すると、瞬間的に純粋な憤りと化して、凛陽の脇腹をぶん殴る。


 爆発とも言える雷吼らいこうが炸裂。


 凛陽をブッ飛ばした直後、ため息。体から一気に電流が抜ける。

 派手に壊れた壁でできたトンネル。はるか遠くに、照明の点いたオフィスが見える。瓦礫を踏み越え進んでいくと、今度は計六枚もの壁をぶち抜いていた。


 オフィスは整然としていて明るい。もっとも、ブッ飛んできた凛陽に巻き込まれた部分は壊滅的だが。


「貴様、そこで聞いているのだろう」


 トールは七か所目にできた大穴、その先にいるだろう凛陽に向かって呼びかける。


「警察機構ヴァルハラの正義は盟約で神々を律し、法で人間を見る。その指針に基づいて、私達は虐げる者からの盾となり、弱きを守る」


 警察機構ヴァルハラが持つイデオロギー社会的思考を代弁した。


「例え神でも、目の前で市民に暴力を振るうのであれば守ってみせる。盟約を守らないと言うのなら、私達が捕まえて裁きを受けさせる。罰則が罰則の体を為しえなかったとしてもだ」


 全身を白で統一した衣装、それに伴う絶大な力、毅然とした声。正義を体現した存在が正義を語る。


「アッハッハッハッハッハッハッハッハ」


 大穴の向こう側から、正義を愚弄した甲高い凛陽の笑い声が響いてくる。


「貴様ァッ、何が可笑しい」


 一喝。浮かぶ青筋、流れる電流。

 嘲る凛陽の声。


「キレイ事言う奴って、いっつも嘘つきなんだよね。だから、超ウケる」

「嘘、だと?」

「証拠ならあるんだから、コッチ来なさいよ」


 トールが訝る。


「騙し討ちをするなら、やめておけ」

「ハッ、アンタに勝てない事なら分かってるし、普通の一撃じゃアンタはどうもしないし。言っとくけど、アタシ正直者だからさ。アンタみたいな嘘つきとは違うんだよね」


 あからさまな挑発に唸ってから、トールは大穴の方へと向かう。


 大穴の向こうにある部屋。凛陽の纏う炎が赤々と照らしている。


「なん……だ、これは………………」


 トールは愕然としていた。

 床に散乱した銃器や武器となる魔法道具。それが壁にもかかっている。たくさん積まれたダンボールは無造作に置かれて、狭い部屋を更に手狭にする。凛陽の後ろには激突の衝撃で壊れてしまったテーブル、パソコンとプリンタが。


「ねぇ、babironって武器を持っていいわけ? 売っていいわけ?」


 皮肉気に凛陽は言った。


「私設警備部隊になら、所持の許可を与えている。だが、武器の売買は認可していない」

「へぇ~、じゃあ下、見てみてよ」


 散乱した武器の中にビリビリに破れたダンボール。よく見ると宛名ラベルが張られ、手書きで「警察機構ヴァルハラ」と記されている。


「………………………………ありえない……そんな筈が………………」


 青天の霹靂にトールは動揺を隠しきれない。


「ねぇ、なにがアリエナイのぉ~。な・に・が、アリエナイのぉ~。ヴァルハラって武器が必要なんでしょ? でも、許可してない企業から武器を買うのって、おかしくない?」


 これ見よがしに凛陽は、はやし立てる調子で青ざめたトールを責め立てる。


「さっき、言ったよね。盟約や法律が云々って。でも、アンタ達だって守れてないじゃん」


 炎を消した草薙剣で周囲にあるダンボールを軽く切る。すると、できた切り口から、溢れ出す勢いで魔法道具、解体した銃器の部品が床へと散乱。


「クソッ」


 トールは電流を纏って、直視したくない現実を踏み潰してしまう。


「サイッテェー」


 見苦しい行動を、凛陽はゴミを見る様な目で蔑んだ。


「天下のヴァルハラのトール様が、なに、現実から目を逸らしてんのよ。ダッサ」


 言い返す事のできないトールは、苦虫を噛み潰したよう。

 全身に纏った炎を消し、草薙剣をライト代わりに。凛陽は壊れたテーブルの方を向いてしゃがみこんだら、背中越しに、紙の挟まったバインダーを投げつける。

 叩きつけられた納品書。その納入先には、警察機構ヴァルハラと、はっきりプリントアウトされている。


「ねぇ、ここにあるのはファイル、ガムテープ、電球で間違いないんだよね?」

「いや、違う」


 ヴァルハラが、販売を認可していない筈のbabironから、武器を購入していると言う事実を、堂々と正義を語っていたトールは認めざるを得なかった。


「だが、貴様の罪が消えたわけでは無い」


 苦し紛れな怒号。

 計ったように大きな爆発音。まるで、トールを嘲笑っているかのようだ。


「なんだ?」

「じゃあね。透ちゃん」


 草薙剣からふっと火が消え真っ暗に。直後、白い煙が立ち込める。

 トールは「ゴホッ、ゴホッ」と咳きこみながら、辺りに電流を放ち煙をかき消す。


 凛陽は既にその場を立ち去っていた。

 残されたトールは、見つけてしまった武器の山を前に、ただ呆然と立ち尽くす。

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