第一章 探しもの(5)
スラム街の一角に大きなビルが建っている。工事の途中だから、上部の辺りは工事用クレーンが備え付けられ、作業用の足場が組まれている。
人や荷物が余裕で出入りできる位の大きなドアが開く。入ってきたのは、ボロボロになった黒いスーツに青いネクタイをきちんと締めた銀髪の男。二本の刀を大事そうに抱えている。
「エリックです」
部屋はとても広いのに薄暗い。装飾どころか、机や椅子等の実用的な物さえ無い空間。同じようなスーツを着たギャング達でできた、神殿の柱みたいな列の間を通らなければならない。
壁や床はコンクリート打ちっぱなしだが、最奥部の窓は壁一面ガラス張り。辺りに遮る建物が無いから夜空を一望できる。
そこに陣取りそびえ立つ、黒い毛に覆われた巨魁(きょかい)。
月光に怪しく照らされる、真っ青な顔と真っ赤な鼻。オーガのランギが予定通り刀を回収した男を見下ろす。
「奴ら強敵でした。なんとか倒せて、モノを持って帰れたのが奇跡です」
「刀を置け」
命令された通り刀を二本、男は丁寧に置く。下がるのを確認すると、ランギが歩き出し大きな腕を伸ばす。
ランギが刀を一本持つ。大きすぎる手の前では木の枝くらいにしか見えない、二本持ったらお箸だろうか。まじまじと見つめる姿は、野獣の様な外見からは想像できない慎重さも垣間見える。唸った後、慎重に刀を鞘から抜く。
プシュッと気が抜ける音。いっきに辺りが煙に包まれる。ランギの唸り声、吸ってしまったギャング達が激しく咳き込んだ。
銃声が三回。煙の中、床を蹴っていく音。また銃声が何回も響くと思ったら悲鳴が。
血の付いたナイフがガスを切る。現れたのはギャングに化けたロキ。
ランギのマシンガンと拳銃による挟み撃ち。いち早く殺気を感じたロキが跳んで回避。代わって的になったギャングに「サンキュー」と、銃弾二発と踏みつけをくれてやる。
走り出したロキがギャングと正面から撃ち合い。弾切れになったら拳銃を頭に投げつけ、怯んだところをナイフで首筋を切る。
ランギの抜いた刀は、ゴミ集積場から持ち帰った模造刀に、ガスを噴射する仕掛けを施した力作。もう一本は、ダンボールで精巧に工作した刀に分解した銃を詰め込んだ手抜き。
だまされた事を改めて思い知らされたランギは、マシンガンを二つ出してロキを撃つ。
「そんな豆鉄砲より、直に殴った方が早くね。オーガのランギさん」
あちこち撃たれながらもロキは軽口で余裕を示し、銃を撃ちながら走る。そして、ギャングの一人を飛び蹴りで壁に叩きつけてやる。
上からランギが襲いかかってくる。間一髪、バク転で回避してみせたロキ。
「ようやく本気か?」
迫ってくる巨大な拳。ロキが走り出し、スライディングしながら煙幕を使用。
煙と唸り声に慌てたギャング達は撃つものの手応えは無く、一方的に煙の中から撃ち出される銃弾の的に。
剛腕から繰り出される裏拳が煙を晴らす。どんな物でも薙ぎ倒し吹き飛ばさん勢いで、ランギが迫ってくる。
突進をロキが跳躍で避け、ランギの頭をちょんと蹴った。
巨体はつんのめってしまい、仲間のギャング達を壁一面に相当する窓まで吹っ飛ばす。人間二人ぶつかってもガラスにはヒビ一つ入らない。
「オイオイ、部下は大事にしろよ。お前のウサ晴らしの為に雇ったのか。なぁ」
「お前の実力を測るのには使えた」
ロキがおどけて挑発すると、ランギはいつでも襲いかかれるよう構えるのみ。睨み合いは僅か。
砲弾と見紛う黒くて巨大な拳。風も凄まじい。ロキは軽く流して、がら空きになった懐に飛び込みカウンターの一発を。
「ゴフォッ」
口から血を流すロキ。衝撃で体が動かない。あちこちから血が吹き出す。ランギがどこからともなく散弾銃を出して、それを至近距離で放った。
間髪入れずにランギが拳を振り下ろし、ロキをハエみたいに叩き潰す。追い打ちにそれを掴んで壁に向かって投げつける。
壁にもたれて座る形になったロキ。ボロボロになっても、神としての原形を留めようと傷は塞がり、弾はどこかに消え痛みが引いていく。だから、立ち上がれる。
「今のは、まぁハンデだ。当たったら、どんな感じになるのか、ちょっと試しただけさ」
ロキのジョークにランギは何も言わない。
大きな扉が乱暴に開く。炎を纏った刃を携え、長い髪を炎の如く荒ぶらせた凛陽が登場。
「アンタがオーガのランギ。お姉ちゃんの為にも今すぐブッ殺すから!!」
凛陽がランギに力強く斬り込む。炎の刃は黒い剛腕によって受け止められてしまう。
「アンタ、どうしてアタシ達の刀が欲しいの?」
ぶつかる力。凛陽の問い。それに対してランギは黙する。
「ランギ。そいつは、俺の手にも余るじゃじゃ馬だ。楽しんでくれ」
ロキが凛陽と入れ替わるように外へ出ようとする。
「ロキ、アンタまたサボる気? ちょっとは仕事しなさい」
「掃除ならしたぜ。暑苦しい者同士、そこがお似合いだ。今度は時雨の手伝いをしてやるよ」
「許す」
凛陽から許可を貰ったロキは、鼻歌混じりに手を振り部屋から出ていく。
刃から伝わる力の変化。次の攻撃を察知した凛陽は脚に力を入れ、刀とランギの剛腕を利用して回転しながら跳躍。
防ごうとするランギの腕を斬り落とさんと、凛陽が気合いを入れて炎の刀を振り下ろす。
「ちょっ」
剛腕は斬撃を余裕で耐えた。隙を的確に捉えたランギの返しが凛陽を襲う。
吹っ飛ばされた凛陽はダメージをまともに受けたものの、まだまだ立っていられる。
「あ゛ー痛かった。でも、分かった。当たらなければ、アンタなんかイケるわ」
走り出す凛陽をランギが拳で迎え撃つ。それを屈んでかわし、炎の刃で太い胴体を斬りつけて行った。
煙幕を払った時よりも速い裏拳。凛陽は乗りやすい腕を踏み台にして跳んで、ランギの頭部を斬りつけた後、すぐ距離を置く。
ランギの突進。上にばかり跳ばず横っ飛び。通り過ぎていく腕を斬った。
「アンタ、二日くらい前に、誰かん家を襲うように命令した?」
凛陽は振り返りながら投げかける。
唸り声。繰り出してくる拳も、飛び出し迫る蹴りも、凛陽は当たらぬよう縦横無尽に避け回り。お返しに剛腕を、逞しい脚を、壁の様な胴体を、肩や背中にも炎の斬撃を浴びせてやる。
凛陽を忌まわしいとランギが捕まえようとする。迫ってくる手から逃れようと体を回転させながら宙を舞い。青い顔面にある、あの真っ赤な鼻を炎で染めてやる。
堪えたランギは床を叩く事で衝撃を起こし、着地した凛陽を吹っ飛ばす。
凛陽の着地と同時にマシンガンの雨が襲ってくる。何発かは貰ったが走る事はできる。当たらないよう弧を描きながら、近づく機会を伺う。
「アンタって愚図で愚鈍って奴? マシンガンなんて当たるわけないじゃん」
二週目。凛陽はランギの背中を、いや心臓がありそうな場所に狙いを定め。一突きにしてやろうと突進。
刃が届く。届こうとした時。計ったようにランギが振り向き、凛陽の華奢な腕を圧倒的な力で握り、飛んでくる体ごと一気に床へとねじ伏せる。
起き上がれない凛陽の体をランギが引きずる。溢れ出す炎を物ともせずに進み、壁へと勢いよく叩きつける。
飛び散る血反吐。
引きずられても、刀だけは離さなかった凛陽。ランギは腕を掴んだまま黙々と殴っていく。
一発、一発、叩き込まれる度に、巨人が歩いているのかと思う程の激震が辺りに響く。人間だったら一発で内臓が潰れて死ぬ。凛陽は絶対に刀を離さないよう痛みを耐え抜き。反撃の機会を今か今かと待つ。
「アンタ、しゃべる知能も無いのに、よくギャングのボスになれたね」
一発貰う。拳を引いたランギが口を開く。
「俺は刀が欲しいだけだ。時間の無駄だ」
ランギは凛陽を始末しようと殴り続ける。
「殺人マシーン。アンタ、神じゃくて、モンスターっしょ……ッは……誰が雇ってんの」
「俺が欲しいと思った物を集めてるだけだ」
殴るのをやめ、ランギは凛陽の華奢な首を握り潰す。
抵抗する凛陽は全身に力を入れると黒い手が炎に包まれる。だけど、怪物の力は弱まるどころかどんどん増すばかり。
「くっ……ぅ…………」
火が消えてしまった。力が入らない。凛陽は苦悶と悔しさで顔を歪めてしまう。
黒い毛の塊に銃弾が何発も当たる。効果はとても薄いけど締めつける力が弱まる。
息を切らす時雨の姿。たすきがけにしたアサルトライフルでランギを撃ったのだ。
「ありがとう、お姉ちゃん」
姉を見て士気が上がった凛陽。できた隙を突いて、ランギの手を力づくで振りほどき顔面を蹴りつける。着地してすぐ力強い炎を纏った薙ぎ払いを放つ。
「見ててよ。倒すから」
凛陽が気合いの入った太刀筋で押せ押せと炎を巻き起こす。さっきまで追い詰めていたランギは退くのみで手を出そうとしない。
「さっきの勢いはどうしたの」
凛陽の力任せな振り下ろしを、ランギは身軽に横へと避け圧倒的な気迫で時雨に突進する。
「お前、お姉ちゃんに近づくな」
狙いは腰に差している刀。時雨はランギに向かって引き金を引くが、当てたところで勢いは落ちない。
弾切れ。おぼつかない手つきで空になった弾倉を捨て、慌てて新しい弾倉に交換しようとしたら、ランギの大きな手が伸びてくる。
「このヤロッ、お姉ちゃんに触んな。臭いんだよ」
追いかけてきた凛陽が巨体の背中を何度も斬る。炎にも斬撃にもランギはいっさい怯もうとしない。
時雨の小さな悲鳴。絶対に許さない、あんな化け物に大好きな姉を汚されてたまるか。凛陽が鬼気迫る一閃を振るう。
刃が当たるか当たらないかの刹那。凛陽が歯を食いしばって、振るった一閃を無理矢理押しとどめる。卑劣にもランギは片手で持ち上げた時雨を盾にしてきたからだ。危うく大好きな姉を斬ってしまうところだった。
隙を突いたランギが凛陽の肩を握り潰しながら持ち上げる。炎と斬撃の激しい抵抗に、片手では手に負えないと判断し、姉妹を宙へとブン投げる。
宙を落下する中、凛陽が体勢を立て直そうとする。
撃ち落とそうとランギが、リボルバー拳銃を大型化させた様な連発式グレネードランチャーを二丁出し、榴弾を次々と発射。
無数の爆発後、黒煙から降ってきた時雨が床に力無く叩きつけられた。
「お姉ちゃん」
上を取っていたランギが凛陽を、両手を組んで作った黒い大槌で叩き落とす。
「キャァァアアッ」
頭をかち割られた。衝撃は凄まじく、暴れてもヒビ一つ入らなかった床にとうとうヒビを入れてしまった。刀を包んでいた炎はともし火まで弱まってしまう。
立ち上がれない時雨と凛陽をランギが部屋の真ん中まで運んだ。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「私が逃げなかったから、こうなってしまった」
時雨はランギの方を見ながら淡々と口にする。
「そんなことないよ、お姉ちゃん。助けてくれたの嬉しかったんだから」
凛陽が時雨に笑顔を見せようとする。
無情にもランギの振り下ろす拳が時雨を襲う。小さな悲鳴、吐き出す体液、それでも凛陽と同様まだ死なない。
「お姉、アンタッ」
睨み、立ち上がろうとする凛陽だがランギに殴られてしまう。
「この金髪も赤髪と同じか。体が再生している」
ランギが時雨と凛陽を一発ずつ交互に殴っていった。
「もう一人の男はどこだ?」
「知らない。どっかで、遊んでんじゃないの」
時雨の代わりに凛陽が答える。お前は黙っていろとまた殴られる。
「お前達は見ない顔だ。どこから来た?」
「ギンヌンガガプ」
時雨のお腹に大穴が空いた。内臓は潰れ、背骨は粉々に。一瞬の事だったから悲鳴を上げる暇も無い。
空虚なる世界と言う答えをランギは気に入らず、痛めつけるジャブとは比べ物にならない程の力で殴った。
「赤髪の刀はどこで手に入れた?」
吠え声の混じった恫喝。
お腹は既に塞がっていた。時雨の目はランギの青い形相を映すだけで、生気は全く感じられない。
「不快」
時雨が囁いた。殺されて奪われるだけだから相手に利する情報を与える必要はない。
「俺もだ」
ランギが殴った。なぶり殺すわけではなく、純粋に殺すつもりで黙々と殴り続ける。繊細な時雨の体は数え切れないほど壊され、生きようと再生をくり返す。
凛陽が助けようとする度、罵倒を浴びせる度、ついでみたいに殴られる。大好きな姉がひしゃげ、千切れるのを見せられる度、自身が殴られる時よりも痛いし、辛いし、悲しい。
「ぁあっ」
姉時雨の上げる悲痛。凛陽はなにより自分の無力さが許せない。一番許せないのは全部を壊した仇の神。ランギ、ロキ、その四番目に入るくらい許せない。少し前だって倒し損ねたギャングに姉を刺された。今なんかサイテーのサイテー。もう、そんな事にならない力がとにかく欲しい。
「私が汝に力を貸そう。存分に揮えよ」
内側から話しかけてくる声。凛陽が柄を力いっぱい握り締める。切っ先に点くともし火、急速に燃え上がり刃を包む炎となる。体が見えない力に引っ張られ、直立しながら宙に浮き、全身いや周囲を焼き尽くさん猛火を発す。
灼熱の衝撃波がランギの巨体をブッ飛ばした。
猛火から姿を現す凛陽。まが玉状の小さな角が二本、額からちょこんと生えている。制服から変わった真っ白い上着は胸をピンク色のリボンで飾り、広い袖口をしている。腰には銀色のベルトを巻き、鞘を下げ緒代わりのチェーンで提げ。左右非対称のスカートは赤地に黒い悪魔の羽を無数に配し、大きな悪魔の横顔が印象的。
辺りを燃やす炎は纏う力となって凝縮し輝いている。刀から発する火はなによりも強く正に灼熱の業火。
「|草薙剣(くさなぎのつるぎ)になった」
吹き飛ばされず倒れたままの時雨。炎の中にいても火傷を負う事は無く、痛めつけられた体は元通り再生した。
凛陽が草薙剣の切っ先をランギに向ける。
「ランギ、アタシ達をタコ殴りにした分、利息を付けてキッチリ払ってもらうからね」
姿を変えた凛陽にランギは唸る。
「お姉ちゃん。悪いけど、巻き込んじゃうから逃げて」
立ち上がった時雨が頷き、出入り口へと駆け出す。
逃がすまいとランギがさっきよりも俊敏に追いかける。
凛陽が瞬時に立ちはだかり草薙剣を振り下ろす。手応えあり、少しだけ刃が斬り込み黒い腕を焼く。
「アンタの相手はアタシ。どうして空気読めないのかなぁ」
唸り声と共に草薙剣が上に弾かれる。直後に空いた拳が襲ってくる。それを退き回避してみせる凛陽。空を切っただけでかなりの衝撃が肌を伝う。
「危なっ。アタシ、パワーアップしたんじゃないの」
凛陽は肩越しで時雨が逃げたかを確認すると、既にいなくなっていた。
「まぁ、お姉ちゃんも避難してくれた事だし、これで思う存分暴れてやるんだから」
凛陽が大きな炎を上げてランギに打ち込んでいく。すぐ体を捻って斬り払い、舞うように斬り上げる。斬撃を浴びせる度、火炎が真っ黒な巨魁を焼いていく。
両断を狙った飛び込み斬り。灼熱に燃える刃をランギが叩き潰すように白刃取り。凛陽を捻り倒す。
咆哮。剛腕が機関銃の如く襲ってくる。凛陽は立ち上がれず、床を転がりながら回避。ある程度離れてから、足の力だけで無理矢理立ち上がるものの、強烈なのを一発貰いブッ飛ばされてしまう。
なんとか着地。そこに襲ってくる二発の榴弾。急いで避ける凛陽だが先読みしたロケット弾を二発喰らってしまう。
ランギは単発式グレネードランチャ―を二丁、ロケットランチャーを二丁、どこからともなく瞬時に現していた。
「でぇぇりゃゃゃあああああああああああっ」
爆発から飛び出した凛陽が一気に距離を詰めていく。ランギは逃げるように跳び抱えたガトリング砲で迎え撃つ。
「こんなので、今さらアタシが倒せると思う」
間合いに入って斬ろうとしたら、壁みたいに迫ってきた前蹴りに吹っ飛ばされてしまう。
着地の隙を狙ったランギが襲ってくる。それをどうにか防ぎ、反撃しようとしたら巨体は遠くに離れていた。
攻撃して来いと言わんばかりの銃撃や砲撃。凛陽が挑発に乗ってやり斬りかかっても、巨体に似合わぬ機敏な身のこなしのせいで、思うように当てられず反撃の餌食に。また距離を取られ、また銃撃や砲撃を浴びせてくる。
凛陽が攻撃をしかけなければ、ランギによる一撃離脱の急襲に遭ってしまう。
纏う炎の勢いは衰えず。だが、凛陽は息を切らし苛立ちを募らせていた。確かにパワーアップした筈だ。着ていた制服は別の衣装に変わり、通らなかった斬撃も今は手応えがある。黒い巨体が燃え上がるのを何度も見た。なのに、あの忌まわしい攻撃パターンを打破できない。
もう何度も殴られ、蹴られただろか。無尽蔵に撃ってくる銃撃や砲撃。こっちの攻撃を外した数は数えたくない。いつまで耐えられるのか。凛陽はうなだれてしまい、纏う炎も弱まってしまった。
また一発。このまま撲殺されたら後は。草薙剣を化け物に奪われ、姉時雨の命を奪いに追いかけるだろう。絶対に守ると決めたのにうなだれている場合なのか。
背後から迫ってくるランギを察知した。普通に迎え撃てば、避けられ殴られる。大好きな姉をどうすれば守れる。
直感。頭に流れ込むイメージ。物凄い速さで空を切ると、真空が生じ、刃となって飛ぶ。真空の刃が離れた一本の木を切り裂き燃やした。
「|悪魔ノ翼(デヴィルスウィング)」
刀の間合いに入るよりも早く、凛陽が叫びながら草薙剣で一気に空を斬り裂く。迫り来るランギを真空の刃が襲う。直後、黒い巨魁に描いた剣閃を紅蓮の炎が喰らう。
勝機と見た凛陽が止まった懐に飛び込み、灼熱に燃え上がる草薙剣を振り下ろす。
外した。また逃げられてしまったのだ。ランギは悪魔ノ翼をまともに受けても、機敏に動いて凛陽を翻弄する。
舌打ち。これからフルボッコにして倍返しする筈だったのにと、悔しそうにする凛陽。
(まぁアタシには、さっきのアレがあるしね。気付いたら、勝手に小学生みたいなダサい技名を言っちゃったけど、お姉ちゃんの仇は神だからまぁいいか)
攻撃を避ける。ランギの攻撃方法は変化していない。反撃の手ならある。凛陽は動きを見極め隙が生じた瞬間を狙う。
「悪魔ノ翼」
草薙剣を振り下ろして真空の刃を放とうとした。だけど、空気は上手く斬れず。凛陽はランギに殴られてしまう。
一撃離脱する黒い巨魁。
凛陽は追撃の為に真空の刃を狙うがまた斬れない。気付いたら完全に距離を取られ、狙いを定める事ができなくなってしまう。
遠距離からの砲撃。凛陽は跳躍でかわし思いっきり草薙剣を振り上げた。
「|悪魔ノ翼(デヴィルスウィング)!!」
高い天井にも届く火炎が生じ、ランギを焼き払う。
「大当たりィ、ザマァ」
喜ぶ凛陽をロケットランチャーが襲う。床に叩きつけられる直前、ランギにブッ飛ばされてしまう。
「痛ったぁ~、なんでぇ」
その後も凛陽は悪魔ノ翼を放つ事にこだわっていた。こちらが攻撃しても逃げられる。反撃しても大した手応えは無いから、真空の刃でランギを止めて集中的攻撃。それが作戦だ。
「悪魔ノ翼」
「悪魔ノ翼」
「悪魔ノ翼」
空ぶるばかりの攻撃。貰ってばかりの攻撃。凛陽は消耗し、自身の周囲を包む炎もだんだん弱くなる。
俊敏に跳び回るランギが死角を突く。
「ラァァアアアアアアッ」
渾身の力で|悪魔ノ翼(デヴィルスウィング)を放つ。空気が切れて生じる真空の刃。襲ってくるランギを斬り裂き炎を浴びせる。
「やった」
真空の刃も、生じる炎も、どこ吹く風。止まるどころかランギの突進は勢いが増すばかり。
「なんでぇ」
情けない声を出した凛陽を剛腕が捕まえる。ランギが炎を搾り、中身をぶちまけ、グシャグシャに潰そうとする。
青いのに鼻筋だけが赤い顔を近づけ、ドスの利いた声を出す。
「お前と俺とでは戦いの年季が違う」
全身がどんどん絞めつけられて軋む音。激痛で腕が上がらない。抵抗しようと何度もランギを蹴ってやろうとしたが届かない。その間に関節が切れ、骨が砕け、肺に胸骨が刺さる。周囲を包む炎が消えかけても草薙剣だけは離さない。
全身を潰そうとした大きな黒い手。今度は首を一気に絞める。
傾く首。完全に消えた炎。震えて力の入らない足。虚ろになる目。遠のく意識。勝手に出てくる涙。
(お姉ちゃんごめん。せっかく蘇らせてくれたのに)
草薙剣が手から離れようとしている。
爆発。絞めつけていた手から急に解放され凛陽は咳きこんだ。
(お姉ちゃん?)
黒煙で辺りが分からない。
「ハッハッハッハッハァア」
下品な男の笑い声がうるさい。
「お取込み中のとこ悪いなぁ。俺も仲間に入れてくれよ」
出入り口の近くに立つロキ。周囲には盗んだ銃火器が多数運び込んである。
「ロキ。あ、あ、アンタ、今までどこでサボってたのよ」
「サボってた? 凛陽が見せ物小屋の珍獣と遊びたいって言うから、せっかく譲ってやったのに。どうして文句を言われなきゃいけないんだ」
ロキは少し上を向き、大げさに両腕を広げ悲しそうにおどける。
ランギが凛陽に殴りかかろうとした時。腕が何か見えない力に引っ張られ、振りかぶったまま動かせない。
「言ったよなぁ。俺も混ぜてくれって言ったじゃん」
細いワイヤーが黒い剛腕に絡み付いていた。それを、ランギの後ろを取ったロキが引っ張っているのだ。
「ラァッ」
凛陽がガラ空きになった黒い巨魁に、炎を纏った草薙剣による連撃を喰らわす。その後、一呼吸置いて体の再生を待つ。
「まだまだぁ」
さっきよりも深く踏み込み、さっきより強い一撃を放つ。だけど、ランギに腕を掴まれた事で阻止されてしまう。
「しょうがねぇなぁ。せーのっ」
掛け声と一緒にワイヤーを引っ張る。逆にランギがロキを引っ張り勢いよく投げ飛ばす。
掴まった凛陽もランギに投げ飛ばされ、空中で身動きできないロキと衝突。床へと落ちた。
「痛ったー。アンタ、貧弱な癖にマッチョと力比べなんて、バッカじゃないの」
「時雨から聞いたぞ。草薙剣を覚醒させたってな。なのに、変わったのは服だけじゃねぇか」
ランギが自分に巻き付いたワイヤーを力づくで引きちぎり、言い争っている二人に突進。自然と二手に分かれた。凛陽は立ち向かい、ロキは逃げるだ。
「ロキ、アンタ手伝いなさいよ」
「いやーだね。俺貧弱だから肉体労働はお前に任せた」
振るおうとした草薙剣をランギに掴まれてしまう。あまりの力強さに凛陽は動かしたくても動かせない。殴られようとした瞬間、反対方向から迫るロケット弾。
爆風が晴れると怒った凛陽だけ。ランギの姿はどこにも見当たらない。
「ヘタクソ」
発射済みのロケットランチャーと一緒にロキは床に転がっていた。ジョークを返すよりも早くランギに殴られ、壁まで叩きつけられたからだ。
止まったランギの背中を凛陽が斬る。残像だった。
「下手くそ」
見上げながら舌を出しておちょくるロキ。
凛陽の舌打ち。背中を遠くからマシンガンで撃たれる。その上、バカにされるのと頼らなきゃならない屈辱。
「分かった。アンタの言う通り肉体労働はしてやる」
凛陽の纏う炎。草薙剣が覚醒した時と比べ、だいぶ勢いは落ちている。
「ちゃんと援護射撃してよ」
「ああ、勝たしてやるよ。俺の射撃でな」
草薙剣が黒い剛腕によって次々といなされていく。
ロキが運び込んだマシンガンで攻防の隙を撃つ。大きい的には掠りもせず、ガラスに食い込むばかり。
「役立たず。ちゃんと撃ちなさい」
「次は当てるさ」
凛陽がランギに鋭く斬りかかる。ロキが二丁の新しいマシンガンで銃弾をバラ撒き、回避させない。
目の前に現れる巨魁。咄嗟にロキはバク宙し、ランギから距離を取る。
追いつき、もう一度ランギに斬りかかる。避けたと見せかけ背後を取り、剛腕で殴りかかってきたところを、凛陽が察知し振り向き様に火炎の一閃。
黒くて硬い巨魁、その表面に草薙剣が食い込んだ。
「かじれないなら、ママがちゃ~んとすり潰してやるぜ」
マシンガンからロケットランチャーに持ち替え、ロキが至近距離で発射。目の前で大爆発かと思いきやロケット弾が奥の硬いガラスに命中、その一部分を破壊する。
「ヘタクソ過ぎ。あんな近い的にも当てられないの」
「いやぁ、的になら当てましたぜ。ガラスに映ってるから派手に散りましたよ」
役立たずと舌打ち。飛び出した凛陽がランギを仕留めようと斬る。逃げたら追いかけ、反撃してきたら死んでもとにかく斬る。後先考えぬヤケクソだ。
「いいね、いいねぇ、飛び散る汗、これぞ青春。もっとパッションだ。ハハハハハハハハ」
ロキが楽しそうに笑いながらロケットランチャーを撃っては装填し、撃っては装填し、をくり返し、荒々しい戦いを爆発で派手に飾っていく。締めはマシンガンで銃弾をバラ撒き残ったガラスを全て割った。
「なに、遊んでんのよ。バカぁッ」
苦しそうに凛陽は爆煙と一緒に消えたロキを非難する。背後からランギが剛腕を華奢な首に回し、とんでもない力で締め上げているのだ。
抜け出そうと抵抗しても火が点かない。それどころか、首を折られないようにするのがやっと。
重い銃声。ランギの後頭部がグラつく。それが五発も飛んでくる。
ランギが振り返ると、マグナム拳銃の反動に腕を痛めたロキの姿が。爆煙が晴れるのと一緒に気配を消し、死角に隠れていたのだ。
「よぉ、お前を振り向かせるのに腕一本は高ぇぜ」
「ロ………キ」
凛陽とランギが睨みつける。それを笑いながら、ポイと、マグナム拳銃を捨てるロキ。
「さて、俺でも撃てる拳銃は………………」
ロキは懐を探り「ジャッジャジャ~ン」と水鉄砲を取り出し、ランギの目に向けて毒々しい色の水を発射。
ランギの苦悶。その隙に凛陽が腹部に肘鉄を、顎に頭突きを喰らわして脱出。蹴りを後ろに放ち距離を取る。
「面白い話しがあんだけど」
ロキが凛陽に耳打ちする。そこにランギが襲いかかる。打ち合わせ通り二手に分かれ、後ろに回り込んで体重が乗った飛び蹴りを放つ。
悔しそうな低い唸り声。
ロキと凛陽が助走をつけてもう一度飛び蹴りをする。
と見せかけて、ロキだけがランギに突っ込み、ぶ厚い胸板にしがみついた。
「惚れちゃった❤」
頬を染めて上目遣いするロキ。
「離れろ」
「キモいんだよッ」
凛陽のドロップキックがロキの背中に炸裂。
爆発が発生し、ロキとランギが一緒に割れた窓の向こうへとブッ飛んだ。
「グォォォォォォォォォォォッ。テメェ、ナニ食ったら、こんな重くなんだよォッ」
ロキのうるさい叫びが聞こえるから凛陽は外の方を見てみる。
ドロップキックと隠した手榴弾でブッ飛んだロキは、窓の外に吊り下がったクレーンのフックにつかまりぶら下がっている。腹には幾重にも巻いたワイヤーを垂らしている。その先には腕にワイヤーが絡まってしまい、ぶら下がる状態になったランギが。
額に青筋を立てて腕をプルプル震わせるロキ。凛陽からすればオモシロいのか腹を抱えて大笑いする。
「アンタ、惚れたランギと一緒に落ちなさいよ」
「こ、恋に落ちるなら、もっと軽い奴がイイ。お、重い奴と一緒に心中なんてイヤだ」
クレーンのフックが上昇し、凛陽がちょうど狙いやすい位置にアームが動いた。
「死ぬのはお前だけだ。俺はこの程度の高さでは死なないぞ」
「言ったろぉ。心中なんて嫌だっって、悪縁を断ちき切るんだよ」
ロキの言う事を察したランギが道連れにしようと重い巨体をジタバタさせて、ついには飛び上がる。
「痛ッてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。超重いィィィィィィィィィィィィッ」
腹に巻いたワイヤーが喰い込み血が流れる。暴れる巨体を支えるのに肩と腕が大きな悲鳴を上げる。
「凛陽ッ。ランギを支えるワイヤーを切れ。ちょうツライ」
「ハイハイ、しょうがないわねー」
凛陽は草薙剣を振るい|悪魔ノ翼(デヴィルスウィング)を放とうとしたが、上手くいかない。その間にもランギは暴れ、ロキは落ちないようにするのに必死だ。
「俺ごと斬ってもいい」
ロキから余裕が無くなり、これ以上軽口を言わなくなった。
凛陽の頬に汗が伝う。本腰を入れて草薙剣を構える。姉時雨の為なら気合いはいくらでも入るけど、ロキの為と言うのが癪に触る。それでも、その不満が炎となって再燃。やりたい放題やってくれたオーガのランギにやり返す機会は今。この状況にますます燃え上がる。仇じゃなくても倒せば姉時雨を守る事ができる。
凛陽の集中力が高まり纏う力が業火へ。
けたたましい銃声と雄叫びの様な悲鳴。ランギにマシンガンを撃たれているからだ。
体に当たっても痛いだけだが命綱に当たったらアウト。ロキは脚を振り、限界になった腕や肩に鞭を打ち、全身を振り子みたいに動かし、飛んでくる銃弾を逸らす。
揺れるランギの巨体が最も斬りやすい位置になろうとする。
「|悪魔ノ翼(デヴィルスウィング)!!」
凛陽が草薙剣で斬る。鋼よりも強靭な肉体を真空の刃がブッた斬る。真黒い巨魁を抉った傷口を紅蓮の炎が一気に染める。重い体重をなんとか支えていたワイヤーは焼き切れ、ランギは遥か下の地面へと真っ逆さま。
「アチチチチチチチチチチ。凛陽ッ」
悪魔ノ翼に巻き込まれロキも火だるま。見ている凛陽はまた笑いが止まらなかった。
「誰かさんから、俺ごと斬っても良いって聞いたんだけど、誰だったかな」
「さぁな。少なくてもその誰かさんは、太陽になって夜を照らすとは思っちゃいねぇだろ」
まだ火が消えない中、ロキが笑ってみせると、時雨に操作を頼んだクレーンのフックが上昇する。
先ほど戦った広い空間の隣にランギの執務室がある。そこは、窓が無く電気が付いてないから薄暗い。しっかりした机にはPCのモニタが置かれ、座り心地の良い椅子、資料を収める棚があるだけで余計な装飾品は一切無い。
仇についての情報を得られるかとPCを起動するも、二回もログインに失敗したから後が無い。パスワードの手がかりを探そうと部屋中を散らかした。
「ダメ。パスワードっぽそうなの全然見つからない」
凛陽は戦いの疲れで、机に足を乗せて偉そうに座るロキに文句を言う気になれない。
「仕入れた武器、販売した武器、ニブルヘイムでのみかじめ料の記録だけ」
「売った所はどこだ?」
「販売した先は書いてない」
「んじゃあ、手がかりはこの封筒だけだな」
封筒の中には、黄金色の気品漂う触り心地の良い皮製の招待状が出てくる。
「なになにエンキドゥ様、って誰だそりゃ。ウルの外れにあるホテルなんちゃらにて、一九時に神々の宴を催す。強い魔法がかかってるな、こりゃ」
時雨はロキが机に置いた招待状を見てメモ帳に写していく。
「魔法? なんかキラキラしてるけどさ。そんな事より、アイツってモンスターじゃなくて神だったの? 知ってるお姉ちゃん」
「……怪物………粘土から作られた戦士・獣と言う事以外分からない」
そう言って時雨は天叢雲剣を見つめる。もっと情報は無いのかと。そこに指パッチンの音。
「よし、俺達でパーティに参加しよう。そこで仇を探そうじゃないか」
「あの顔だけは覚えている」
やる気満々のロキと時雨を見て凛陽は、首を傾げたあと口を出す。
「ちょっと、招待状は一枚なんだよ。誰がオーガだかエンキドゥをやんの。アタシとお姉ちゃんにやらせるのは絶対無しだからね。後、招待状は二枚必要なんだから」
ロキは体を伸ばして大あくび。
「んなもん。それっぽい素材を調達して、テキト~に作ってやらぁ。お前らはパーティに参加するんだからドレスとかが必要だな」
「ドレス!! ドレス、キレイで華麗で繊細なお姉ちゃんが着たら………………はぁ」
「ドレス…………」
うっとりする凛陽と嫌そうな時雨の温度差を無視し、ロキは「ハイハイ」と立ち上がる。
「とりあえず使えるもんは全部頂いて、こんなところからズラかろうぜ」
その後はロキの言う通り。アジトにある金や銃器等、使えそうなものを奪えるだけ奪って逃げた。
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