ローナとセシル



 セシル・フント。



 この国で最も一般的な深い茶色のスポーツマンらしいさっぱりとした髪型に、煮詰めた赤ワインをアーモンド型に固めたような瞳を持つ、眉目秀麗なフント侯爵子息である。


 王国陸軍の近衛部隊を統括する王室師団団長を務める侯爵位の父親と、ローナの母と同郷の貴族の生まれである母親との間に生まれた第一子であり、一人息子。



 そして、『シンデレラの恋 ~真実の愛を求めて~』に登場する攻略対象の一人である。



 細マッチョなクールイケメンで、攻略がとても難しいキャラクターの一人。



「ローナ、その……」



 ーー今は、違うけれど。



 さらにセシルはかのゲームで、彼以外のキャラクターのルートにおいても、二周目からプレイできるハッピーエンドにてかなり重要な役割を果たすキャラクターでもある。

 なぜか。



「俺、本当に取り返しのつかない事をーー俺は、その、ローナに……俺の剣術を見てもらいたかったから、だから……まさか、こんな……」

「そうね、誰もが予想外のことだったわ」



 ローナは何も、生まれた時から性悪だったわけじゃない。ゲームにて王太子曰く、幼い頃は見た目の通り、天使のような少女だったとか。



 そんなローナがゲーム登場時に性格がねじ曲がってしまっていたのは、元々の素質もあるかもしれないが、数々の出来事が起因している。


 そして今、ローナの性格が歪む一因となったその一つが、まさに目の前まで迫っている。




「ーー俺、何でもする!ローナの為なら、どんな事だってする!一生かけて、この罪を償うから……」




 ーーはい、きました。コレです!!



 幼いローナ少女はーー私の中に薄らと残る事実記憶を交えた考察でしかないがーー恐らく、セシルの事を異性として見ていて、それなりに好意を寄せていた。



 そんな相手からの、絶望の淵に立たされた時に向けられたこのセリフ。


 ゲームのローナはこの言葉に対して、こう返す。



 『なら、私の下僕になって』ーーと。



 ゲームにてメインではないローナとの過去がこんなにも語られたのは、未来ゲームのストーリーに大きな影響を与えたからだ。



 この約束が原因で言いなりになったセシルを使って、ローナはヒロインを徹底的に貶める。


 セシルは騎士道精神を重んじる家に生まれた根っからの騎士。そんな彼にとって、同い年の少女を貶めるような行為は苦痛でしかなかった。



 ヒロインはそんな彼に気が付き、心に寄り添おうと働きかける。


 セシルはそんな優しいヒロインに惹かれるのだが、彼と結ばれるには邪魔な存在がいる。



 その邪魔な存在は、物語の最後に訪れる卒業パーティーのイベントにて裁かれる。



 邪魔者は当然ーー私、ローナ・リーヴェである。



「……ローナ?」




 絶っっっっっっっっ対、嫌!!!




 ローナの断罪劇には成功パターンと失敗パターンがあるけど、成功してしまったら、ローナは僻地の病院に飛ばされる。



 若い身空で僻地の病院に閉じ込められるのだって嫌だけど、それよりも、何よりも!




 ーー私の最推しが、ぽっと出のヒロインにとられるのが嫌!




「ろ、ローナ?」



 反応が無い私を不思議に思ったのか、セシルが私の右手をつんと指でつついた。

 私はすかさずその指を追って、セシルの手を両手で包み込む。



「え、えっと……」

「何でもするなんて、どんな事だってするなんて、そんな悲しいこと言わないで。セシル、それはなんだか、あなた自身を大切にしていないもの」



 ジワジワとセシルの手が熱を持ちはじめた。

 私の手だって温かい筈だけど、それを上回るほどに、セシルの手が熱い。



「それでも罪を償いたいと言うのなら……どうか、私のそばにいて。見えない私の、"目"になって」

「! ローナの、そばに……」



 ぎゅっと力強く手を握り返される。

 少し痛いくらいだけど、嫌じゃない。むしろ、心の底から喜びが湧き上がってくる。



 セシル・フントという登場人物は私にとって『シンデレラの恋 ~真実の愛を求めて~』の中でーーいや、人生の中で最も好きになったキャラクターだったのだ。



 今の私は、精神年齢がセシルよりも歳上だからと恋をするのに躊躇があり、まだ画面越しに向ける"ファン的好意"の域を出ていないのにーーこんな中途半端な、恋心と呼ぶには烏滸がましいものを貴方に向けて、私に縛り付けようとしている。



 貴方をこの上なく好きだと恋をするから。


 あなたに好きになってもらえるように、努力するから。



「わかった。俺は、ずっとローナのそばにいる。君の目になる……なってみせる」




 ーーああ。あなたはなんて、素敵な人なんだろう。


 ずるい私を、どうか許して。


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