ツンデレ幼馴染は世話上手?

時雨煮雨

幼馴染は世話上手


 俺、川崎 大輝は朝が嫌いだ。


 よく、ラジオ体操が始まる前に聞くラジオで「希望の朝」という単語が出てくるが、どこが希望の朝だと俺は思う。

 そもそも、俺たち学生にとって朝とは逃れようのない怠惰なる一日の始まりであるに過ぎないのだ。

 そして、その一日の最初が冬などといった寒い日や雨の日のジメジメとした日なら尚更。

 外に出るのはもちろん、それ以前の問題で布団からも出たくない。

 そんなことを布団に潜りながら考えていると、不意に部屋の扉が勢いよく開かれた。


「ちょっと、早く起きなさい!」


 そんな声と同時に、自分の体の上にあった温かさと重さが一瞬にして無くなり、ひんやりとした風が野ざらしになった体を撫でる。


「うぅ、さみぃ」


 今の時期は冬……が明けて春が近づこうとしている真っ只中だ。

 夜に付けておいた部屋の暖房はとうの昔に消えており、部屋はとても寒くなっている。


「早く起きなさいって!」


 布団を剥ぎ取られてもベッドの上でくるまっていると、背中にものすごい衝撃が炸裂した。


「いってぇ!」


 痛さでようやく目が覚めるが、それでも寒さが身体を縮める。


「全く、今何時だと思ってるのよ」


 身体をしっかり起こし、背中を伸ばして声の主の方を見る。


「ったく。もっと優しい起こし方は無いのかよ」


 寝癖を軽く手櫛で整えると、起こした本人。俺の幼馴染こと相模さがみ 優姫ゆうきを見る。


「ないわよ。あんたは優しく起こそうとしても起きないじゃない。なんなら、さっきみたいに蹴りで起こしてもいいっておば様から言われてるのよ」


 時計を見ると今の時間は午前七時。

 学校が八時半、余裕を持って二十分までに登校すれば大丈夫だから別にまだ慌てるような時間じゃない。

 なので──


「まだ時間あるし、七時半になったらもう一回起こして」


 ベッドから落ちた布団を再び自分に掛けて二度寝を決める。

 こっから学校まで近いし二十分あれば登校できる。

 準備も合わせると七時半まで寝てても大丈夫だと言うのに、何故こうも起こすのが早いのか。


「なんでよ! せっかく起こしてあげたのに! もう遅刻しそうになっても起こさないから!」


 そう言って優姫は部屋を出ていく。

 少し、起こしてもらった罪悪感を感じるが、眠気の前ではそれも一瞬。俺は直ぐに意識を落としていく。


 


「七時半になったわよ! さっさと起きる!」


 布団が剥ぎ取られた衝撃、寒さ、大声の三コンボを喰らい、それも七時半という自分が指定した時間に起こされたこともあって今度は潔く起き上がる。

「おはよう」


「えぇおはよう! さっさと支度なさい! おば様はもう出勤したし、朝ごはんはもう出来てるから早く降りて来なさい!」


 優姫は忙しなく俺にそう言って部屋から出る。

 全く、俺は子供じゃないってのに……。てか、あいつもなんだかんだ起こさないとか言って起こしたじゃねぇか。

 そう思いながら床に落ちた布団を拾って畳み、ベッドに置き、壁にかけてある制服へと着替える。


「あ、やっと降りてきた!」


 階段をノロノロと降りていくと、ちょうど階段を上がろうとしている優姫に出くわした。

 また俺を起こしに行こうとしてたのか。


「ほら、朝食出来てるわよ」


「あんがと」


 朝食を食べる前に洗面所へ一回行き、うがいをする。じゃないと口内に雑菌が繁殖してるからな。


「おー今日のメニューは俺好みだ」


 リビングに行って朝食の置かれているテーブルの前に座る。

 今日のメニューはご飯に味噌汁、サバの味噌煮、サラダといった、健康を意識した和食定食のような俺が好みの朝食だ。


「どうよ、私の自信作」


「はいはい、ありがと」


 無い胸を張る優姫を横目に用意してある箸を持ち、小声で「いただきます」と言ってから食べる。

 俺が最初に手をつけるのは味噌汁だ。こいつの味噌汁は何故かめっちゃ美味しい。


「今日も美味いな……」


 ボソッと優姫に聞こえるかどうかの声で呟いたのにも関わらず、優姫はニコニコしながら正面の椅子に座る。


「ふふ、喜んでもらえると作りがいがあるわ」


 頬ずえをつきながら食べる姿をずっと見ていられると、少し居心地が悪い。


「毎朝、起こしに来てくれたり朝食作ってくれたりありがとな」


 少しそっぽ向きながら感謝の意を込めた言葉を言う。こうゆうのってなんか恥ずいな。


「べ、別にいいわよ……私が好きでやってる事だし」


 その後はお互い気まずくなったのか、無言が続いた。

 俺はその間に朝食を食べ終えると、洗面所へと向かう。


「じゃあお皿洗ってるわね」


「頼む」


 洗面所で顔を洗い、歯を磨く。時間を見てみると七時五十分だ。

 口の中をすすいで洗面所を出ると、俺のバックを持った優姫が立っていた。


「はい、あんたのバック」


「なかみ「入れといたわよ」……ありがと」


 バックを受け取り、靴を履いて玄関を出る。

 優姫が家の鍵を閉めると、その鍵を自分のバックの中に入れた。


「毎回思うけどなんでお前がうちの合鍵持ってんだよ……」


「何回も言うけど、おば様公認だからよ」


「さいですか……」


 うちの母親は勝手に家の合鍵とか持たせちゃって。

 これでこいつが俺を襲いに来たらどうするんだ。

 そんな可能性なんてないけど。


「それより、早く行くわよ」


「へいへい」





 俺たちは結局のんびり学校へ行ったが(ほとんど俺が急がないせい)学校には余裕で間に合った。

 クラスが同じこともあってか、毎朝登校する度一緒にいるから色々クラスメイトに言われるが、俺たちは断じてそんな関係ではない。

 ただの……幼馴染だ。


「大体、あいつには俺よりもいい男がいるだろうし……」


 一時限目、数学の授業中に窓際の席で黄昏ながらそんなことを呟く。

 優姫の席は一番前の真ん中なので聞こえることはない。


「どうしちゃったの? そんなに黄昏て?」


 だが、隣の席の奴には聞こえていたらしい。


「あぁ、委員長か」


「全くいつになったら委員長呼びをやめてくれるのかなぁ? 私にはちゃんと吉祥寺 美雪って名前があるの!」


「吉祥寺とか呼びにくいだろ」


 俺がバッサリ切り捨てると、委員長は怒ったのかそっぽを向いてしまう。


「じゃあなんて呼べばいいんだよ」


「……ゆき」


 委員長が何かをボソッと呟く。


「え? なんて呼べって?」


「み、美雪って呼んでくれないかなぁ?」


 顔を少し手で隠しながら首を傾げる。

 なんだそれ。なんでそんな照れてんだよ。


「はいはい、わかったよ美雪」


「おい、そこうるさいぞ!」


 そんな雑談をしていたせいか、数学の教師から喝を入れられ、クラスで笑いが起きる。

 そんな中、優姫が俺のことを笑わないでジッと見てきたのが気になった。





 午前の授業が終わり、昼休みになった。

 俺はバックを開くと、優姫のお手製弁当が顔を覗かせる。


「おー? 今日も相模のお手製弁当かー? いいな〜このこのぉ〜」


 前の席に座る中学時代からの友人にそう茶化されるも、いつもの事なので全く気にしない。

 それからいつも通り弁当を食べ終わり、優姫の席へと向かう。


「ほい、今日もまぁ美味かった。ありがと」


 優姫の周りには女子が集まっている。そんな中に男子が突撃するのって相当勇気のいることだ。

 俺は早足でそこに向かって優姫の肩を軽く叩く。

 そんな中で周りの女子が捲し立てるので、余計居心地が悪くなる。


「そ、そう? どういたしまして」


 優姫は弁当を受け取ると、それをバックに仕舞う。

 それを確認すると、俺はその場を離れてトイレに向かった。





 トイレから戻ると、何やら優姫の席が賑やかになっている。

 近くを通りかかると、どんどん話し声が耳に入ってきた。


「それで? 最近はどうなのよー?」


「いつ恋人になるわけ? 川崎くんと」


 ん? 今俺の名前が出なかったか?

 そう思って優姫の方を見る。


「あ、あいつの事はその……好き、だけど、今の関係も悪くないって言うか……って」


 優姫がそこまで言いかけた時、俺と優姫の目が合ってしまった。


「だ、大輝!? い、今のは別に違うんだからね! い、いや、違うくはないけど……あぁ! もう! 今の忘れて!」


 優姫はそう言うと、走って教室から出て行ってしまった。

 って……い、今のってあいつが俺の事す、好きってことか?

 い、いや、聞き間違いって事は……ほぼ無いか。


「逃げたね」


「逃げたわね」


 どうやらこれは聞き間違いじゃなかったらしい……。

 まぁ俺もあいつの事はどちらかと言えば好きといえば好きだけど……。





 そんなことを考えながら午後の授業を受けていると、直ぐに放課後になってしまった。

 あの後、優姫は授業開始ギリギリに教室に戻ってきて、それからは優姫と目が合っても互いに逸らしたりしていた。


「はぁ、どうにかなんないかねぇ」


 一人、教室で机に突っ伏しながら呟いていると、後頭部に軽い衝撃が走った。


「んぁ?」


 何事かと頭を上げると、そこにはバックを持ち腕を組んでそっぽ向いている優姫が居た。


「な、何してんのよ? 帰ってなかったの?」


 別に何もしてないし……そう言おうとして、俺は口を噤む。

 それだと何も発展しない。俺は……優姫と付き合いたい。


「……別に、お前を待ってただけだし」


「なぁ!?」


 俺が教室に一人でいた理由を呟くと、優姫の顔が窓から差し込む夕陽の光と同じ色になる。


「な、何言ってんのよ! さっさと帰ればよかったじゃない!」


 優姫が窓の方を向き、早口でそんなことを言う。


「なぁ、昼のこと──」


 俺がそう言うと、優姫の方がビクリと弾む。


「──俺の事、好きってホントか?」


 もし、これで違ったら俺は自意識過剰ってことになるな。

 そんなことを考え、優姫の返事を待つ。


「……なによ、悪い?」


 優姫の顔がこちらを向く。

 その瞳には涙が溜まっていた。


「俺も、お前のことが好きだ。俺と、付き合ってくれないか?」


 席を立ち、優姫に向かって手を差し出し、頭を下げる。


「なによ……言うの遅いわよ!」


 少し頭を上げ様子を伺ってみると、優姫はこちらに向かってきて思いっきり俺に抱きついてきた。


「いいに決まってるじゃない!」


 そう言って、優姫は泣きながら俺に笑顔を見せた。

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ツンデレ幼馴染は世話上手? 時雨煮雨 @Shigureniame

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