第25話
「完璧です!」
やり切った感を全面に出したドヤ顔で、鏡越しからアウロアを見るのは侍女のクリス。
クリスはフロイデンにいた頃からのアウロア専属侍女で、盲信的に彼女を崇めていた。正に女神であるかのように。
そして、クリスが手掛けたアウロアの装いは、まごう事無き、女神だった・・・・
「あぁ・・・アウロア様!やはり貴女は女神だったのですね!・・・尊い!!」
そう言いながら膝から崩れ落ちるクリスに、また始まったわ・・・と、アウロアはどこか諦めたかのように溜息を吐きながら鏡の中の自分を見た。
相変わらず凄い腕だ・・・と、立ち上がりくるりと回れば、ふんわりとドレスの裾が舞い上がる。
自分の容姿は、周りが言うほど神々しいとは思わない。まぁ、頭一つくらいは綺麗かな?位の感覚しか持っていないアウロア。
だが、クリスの手にかかれば二割、いや三割増しに綺麗に見えるのだから、その腕前にはいつも感心していた。
本日もクリスによるオールコーディネート。・・・多少のやり過ぎ感はあるのだが・・・
「クリス、相変わらず見事だわ」
「ありがとうございます」
先ほどまで蹲っていた筈なのに、キリリと最上級の礼をするクリス。
「でも、ちょっとやり過ぎじゃない?あの二人の相手をするのよ?地味な方がいいんじゃない?」
色ボケの二人を相手に、何故煽るかのような装いをしなくてはいけないのか。これ以上は絡まれたくないというのに。
そんなアウロアの訴えにクリスは、驚愕に目を見開き「何をおっしゃるのですか!!」と声を上げた。
「アドルフ殿下は何やらご自分の容姿に自信満々なようで、誰しもがご自分に心を奪われるのだという、爆笑ものの自信をお持ちのようです。正直、あの程度の容姿でアウロア様の御心を掴もうなどと、笑止千万!ですので、身の程を弁えさせるために、まずはどういうものが美しいのか、何を美しいというのか、誰がこの世で一番美しいのかを分からせなくてはいけません!あの勘違い野郎の目を覚まさせ、己の容姿が凡庸なのだと!そのスッカスカの頭に叩き込まなくてはいけないのです!!そして女神の如き美しいアウロア様に跪かせるのです!!」
目をギラギラさせていつもの様に熱弁を振るうクリスをスルーし、改めて鏡の中の自分を見た。
星の川に例えられる銀髪は複雑に結い上げられ、そこにはブライトの瞳の色に似ているオレンジ色のガーネットで作られた小振りの花が散りばめられている。
ピアスもネックレスも、全てブライトの瞳の色。
ドレスはマーメイドラインで、ブライトの髪色の小麦色を意識した色合いの生地を使っていた。
着る人によっては地味になりそうな色だが、アウロアが纏えばただただ神々しい。
肩から袖にかけては繊細なレースでその肌を覆い、極力露出面積を減らす様にしていた。
本当に、これで出なきゃいけないの?陛下一色で、こっちがこっぱずかしわ・・・
いまだクリスが何やら喚いているが、まるっと聞き流していると、ブライトがアウロアをエスコートする為にやって来た。
「アウロア、準備はでき・・・・た・・・」
部屋に一歩踏み入れ、妻を見た瞬間、ブライトは目を見開き固まった。
また、アウロアもブライトのその姿に思わず見惚れてしまっていた。
アウロアの瞳の色でもある藍色の上着を纏ったブライト。
その上着にはアウロアの髪の色である銀糸で繊細な刺繍が襟や袖、裾や釦に施され、飾り紐もまた髪色に合わせ銀色。
その執着を表すかのように、互いを互いの色で染め上げていた。
いつもは下ろしている、金色に近い小麦色の髪は綺麗に整えられ、贔屓目なく凛々しさ倍増である。
暫し言葉もなく見つめ合う二人に、クリスがわざとらしく咳ばらいをした。
ハッとしたようにブライトがほんのりと目元を朱に染めながら、アウロアに手を伸ばした。
「アウロア・・・・美しいよ。いつものアウロアも美しいけれど、俺の色を纏ったその姿は神々しいまでに美しい。この腕の中にずっと閉じ込めて、誰にも見せたくないほどだ・・・」
そう言いながら、遠慮がちに抱きしめた。
「あ、ありがとうございます。陛下も、いつもに増して凛々しくて・・・素敵ですわ」
柄にもなくドキドキして、思わずどもってしまうアウロアは、懐かしい胸の痛みに戸惑っていた。
なになになになに!?ドキドキしちゃってる?ときめいちゃってる?
うっそー!陛下相手に?
確かに今日の陛下は頼りがいがあって、いつもより格好良かったわ。今も凄く格好良いけど・・・って!ちょっ、ちょっと、マジなの!?何考えてんの!?自分!!
と、アウロアの頭の中は大変な事になっていた。
ついさっき、自分の非を認め話し合おうかと思っていた矢先に、ブライトを見て不覚にもときめいてしまったのだから。
何だか先制パンチを食らった気分だった。
だが、何年振りかのときめきは驚くほど心地いい。
それはきっと、ブライトの気持を詮索しなくてもいいからなのだろう。
真っ直ぐ、自分だけに向けられていると分かっているから。
いまだ心臓はバクバクいっているものの、少し落ち着いてきた脳内に、ふと肩の力が抜けその胸に寄りかかった。
・・・・・あら?陛下の心音・・・・
ブライトの心臓が、もの凄い早さで脈打っているのが耳に届いた。
正直、大丈夫だろうかと心配してしまうレベル。だが、アウロアの心臓も同じ位早く脈打っているのだから、何だか笑えてくる。
結婚五年目。しかも子供までいる。すれ違いから拗れていたとはいえ、まるで初々しい恋人の様に、互いに胸をときめかせているのだ。
これまでの自分は、何だったのかしらね・・・・
意固地だった自分を反省し、素直になろうという気持ちに偽りはない。
だが、これまでの気持も簡単には消えることはないのだという事も自覚していた。
五年もの間、抱いてきた感情や思いは、手のひらを反す様に簡単に消す事が出来ないほど、自分の中で大きく揺るぎないものになっているのだから。
なのに、彼の腕の中にいればそれらが溶けて無くなっていくのではと、そう思ってしまうほどこの場所は心地よいものだった。
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