第15話

アウロアは混乱していた。

たかだか頬への口付け一つに胸をときめかせるなど・・・ありえない!と、大声で叫びたい。

今日一日、どんなに愛を囁かれても、謝罪を繰り返されても心は動かなかった。


なのに・・・なのに・・・なんで・・・?

切なそうな声で、愛しくて堪らないという声色で囁かれただけで、こんなにも心を乱されるの?!

嘘でしょぉぉぉ!!


こんなにも自分はチョロイのか・・・と、自分自身に絶望を感じる。

今日一日、余りにも色々ありすぎた。

側室の打診に始まり、何故かブライトからの愛の告白。

自分では冷静に対応していたつもりだったが、途中からは頭の中が結構大変な事になっていたのだ。

いつもは表情をコントロールできるはずなのに、かなり感情を顔に出してしまうくらい動揺した時もあった。

だが、今彼にときめいたとはいっても、信用しきれないのだから離婚一択な事には変わりない。―――はずなのに、胸の奥がざわつく。


今日一日で、何度も愛してるだのなんだのと言われたから、知らないうちに刷り込みされていたのかもしれないわね・・・

結婚して今まで、そんな事言われた事ないし・・・・

そうね、きっと!今まで言われた事の無い言葉を言われ続けたから、気持ちが傾いた気になっただけなのよ。勘違いなのよ!

なぁーんだ。原因が分かったらすっきりした。

これでゆっくり眠れるわ。


結局は、ブライトの頑張りもアウロアの斜め上の解釈により無かった事になってしまった。

これまでの彼女に対する態度を考えれば、同情の余地もないのだが。

そしてブライトから少し遅れ、アウロアも長かった一日をようやく終え、安らかな眠りについたのだった。


翌朝、ブライトの顔を見ても何も感じなかったアウロアは「やっぱり勘違いだったのね」と、上機嫌で朝食をとっていると、それを見たブライトもまた何を勘違いしたのか上機嫌になり、そしてそんな両親の姿に双子達も上機嫌となった。

何だかよくわからない連鎖により、朝食時はこれまでにないほどのほんわかとした時間となったのだった。



朝食後、昨日同様ブライトに呼ばれ執務室に向かえば、室内の家具の配置が大きく変わっている事に、アウロアは昨日の彼の言葉を思い出した。

元々ブライトの執務室は無駄に広かった。机が一つくらい増えた所で何の支障もない。

部屋に入って右側にブライトの、左側にアウロアの机が置かれ、左右の壁には本棚も置かれていた。

本棚にはアウロアの執務室から移動したのだろう。本やら資料やらがびっしり置かれている。

インテリアや小物も、アウロアの執務室がそのまま移動してきたかのような、完璧さだった。

その出来栄えに昨日のブライトの言葉の本気度が垣間見え、アウロアは少々引いてしまう。

だが当のブライトは、褒めてくれと言わんばかりにキラキラとした眼差しを向けてくる。

正直、鬱陶しい・・・・アウロアは心の中で『めんどくせー』を連発していた。

「よく一晩で此処まで揃えましたね。ヴィルトとエルヴィン、そしてこれに関わった皆さんに感謝申し上げますわ」

そう言いながら、彼等に軽く頭を下げた。

「勿体ないお言葉です。今はここには居ない者達にも、アウロア様のお言葉を必ず伝えましょう」

ヴィルトに習い、その場に居る者達が頭を下げると、ブライトが悲壮な顔で叫んだ。

「アウロア!俺は?!」

「あら、陛下は昨晩は子供達と一緒に早くお休みになりましたでしょ?彼等は睡眠時間を削って働いてくれたのです。陛下も彼等に感謝の言葉をかけなければならない立場であって、感謝の言葉を貰う立場ではありませんわよね?」

目の前にいる彼等の目の下には、くっきりと隈が浮かんでいる。

「うっ・・・ヴィルト、エルヴィン、そして皆・・・ありがとう」

一瞬にして萎れたブライトに、ヴィルト達は苦笑いしながらも「勿体ないお言葉です」と頭を下げたのだった。


『何時も一緒にいたい』と言うブライトの我侭から、お互いの仕事内容に変更を余儀なくされた。

既に日程が決まっているもので動かせない仕事はそのままに、今後予定を立てる上で細かいすり合わせが必要になってくるのだ。

互いの側近を交え話し合いをしていくのだが、アウロアは内心、ここまでしなくてはいけないのかと頭が痛くなる。

そんなアウロアの心情などお見通しとばかりに、エルヴィンが「一年間の我慢ですよ」と囁けば、耳ざとくそれを聞いたブライトが「今後はこれを通例とする予定だ」と、事もなげに言い放つ。


―――今後があれば・・・だけどね。


取り敢えず一年間は彼に付き合わないといけないのだなと、何処か他人事のように考えていたアウロアだったが、これから彼女が彼から受ける猛攻を考えれば部屋の移動など、単なる序章に過ぎないのだと気付きもしないのだった。

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