第12話
昼食の時間になり、アウロアはイーサンとシャーロットを連れ、食堂へと向かった。
すると、食堂の扉の前でブライトがアウロア達を待っていた。
「「お父様!」」
子供達は嬉しそうに駆け寄り、その長い足に抱き着く。
「イサ、シャル、良い子にしていたかい?」
「してたー」
「たー」
愛おしそうに目を細め頭を撫でると、緊張した面持ちでアウロアを見た。
そして、手を差し出し「エスコートしても、いいだろうか」と不安げに眉を下げた。
驚いたように目を見開き、後ろに立つエルヴィンを見るアウロア。
彼が頷くと、諦めたようにため息を吐き、その手に自分のを重ねたのだった。
「お父様、うわきしたの?」
「せいやく書、ちゃんとよんでたの?」
食卓に着くといきなり双子からの先制攻撃を食らったブライトは、こんな幼い子も誓約書を熟知していたのかと、驚きと共に己の愚かさに恥ずかしくなる。
「心配かけてすまない。側妃はとらないよ。お父様はお母様を愛しているからね」
何とか父親面を保ちながらそう宣言すれば、子供達は安心した様に笑い、何時も以上に嬉しそうに食事を始めた。
食事中は主に双子が楽しそうに話していた所為か和やかに昼食は終わり、アウロアとブライトは庭園が見えるサロンへと移動した。
子供がいなくなった途端、気まずい雰囲気が二人の間に流れ、暫し無言のままお茶を飲む。
そんな雰囲気を払拭するように、アウロアが口を開いた。
「陛下、エルヴィンが提案した一年間の猶予の件ですが」
弾かれた様に顔を上げ、まるで何かに祈る様な眼差しで見つめてくるブライトに、アウロアは思わず苦笑した。
「猶予は受け入れます。きっちり今日から一年ですわ。よろしいかしら?」
嬉しそうにぱぁっと満面の笑みを浮かべたが、すぐに引き締めアウロアの元に跪いた。
「ありがとう、アウロア。俺はこの一年を無駄にすることなく、愛する妻に愛して貰えるよう誠心誠意、尽くすよ」
そして手を取り、その甲に口付けた。
「改めて言わせてくれ。アウロア、愛している。そして、すまなかった」
手の甲に額を付け、愛の言葉と謝罪の言葉を繰り返す。
「わかりました。謝罪の言葉は受け取りましょう。ただ・・・私も人間です。この腹立たしさは、直ぐには消える事はないでしょう」
「わかっている」
「浮気した夫を謝ったからといって、すぐに許す事は私にはできませんの」
「一年しかないが、アウロアの信頼を取り戻せる様、尽力する」
「精々、頑張ってくださいな」
子供達の可愛らしさ(あざといとも言うが)に負けて猶予を受け入れたが、アウロア自身は納得しているわけではない。
今現在の心境としては、離婚一択である。一年後は、子供が泣こうが喚こうが別れるつもりだ。
この一年間はアウロアにとっても、子供達に対する気持ちを整理するために充てようと思っている。
此処に残るか出ていくかは、いまだ決めてはいないのだが。
そしてこの一年で、ブライトを許せるのか許せないのかが、これからの人生の大きな分岐点になる事だけは分かっていた。
許せるかとかではなく、正直、関心があまりないから怒ってもいないんだけどね。
単に、ムカつくだけよ。私は誓約書にのっとり真面目に仕事していたってのに・・・
私もいい男、見繕っておけば良かったのかしらね。
そんな事をつらつらと考えながら無表情でブライトを見下ろした。
美人の無表情ほど迫力あるものはないが、ブライトはそれを正面から受け止める。
そして何故か、照れたように目元をほんのり染めながら色々と提案し始めた。
「アウロアとの親交を深めるために、なるべく一緒にいたいと思うのだが・・・いいだろうか?」
「一緒に?といいますと?」
「一日中、ずっと側に居たいんだ」
「・・・・・はぁ?」
思いっきり語尾が上がった。
コイツ、とうとうイカレたのか?という表情丸出しで、しかも言葉も乱れたアウロアを気にすることなく、ブライトはうっとりとしたように要望を口にした。
「食事は勿論、できれば執務も同じ部屋でしたいし、視察や謁見も常に同行して欲しい。そして・・・寝室や、お風呂も一緒に・・・・」
「嫌です!」
被せる様に拒否すると、慌てたように言い訳し始めた。
「寝室はアウロアに絶対触れないから!一緒に寝たいんだ!お風呂は、その、我慢するから・・・」
何言ってんだ?コイツ・・・
もはや、バカな子を見るような眼差しでブライトを見下ろした。
彼が何を言っているのか、理解不能のアウロアは取り敢えず冷静さを保つため大きく息を吐く。
「陛下、執務などの王妃の仕事に関してはお好きになさって結構です。ですが、私的な事柄に関しては全て却下します」
「何故だ!俺は本当の意味での夫婦になりたいんだ。夫婦とは私的な事でもあるだろう?公的な事は王と王妃。私的な事では夫と妻なんだから」
なんだかもっともらしい事を言ってきて、思わず頷きそうになったアウロアだったが、やばいやばいと一刀両断した。
「私達はそこまで親しくはありませんので、無理です」
子供まで産んではいるが、それとこれとは話が別だ。
その言葉にひどく傷ついた顔をするブライトに対し、アウロアは冷たい言葉を返した。
「この程度で陛下が傷つくなど、おかしくありませんか?私は堂々と愛人を取ると提案されたのですよ?」
「そ・・・それは・・・」
「それに、誓約書を全く読んでなかった陛下に非があると思いますし、離縁だって陛下の我侭からこうして一年の猶予期間を設けたのです。そんな傷ついた様な顔をして被害者ぶるのは止めて頂きたいわ」
あまりに冷たい一言に、ブライトは早くも挫けそうになった。
此処まで何とも思われていなかったのか・・・と。正に赤の他人に対する態度だ。
たった一言の失言から、彼女は自由を得ようとしている。
今まで仕事と割り切り、理不尽な事も全て飲み込んで側に居てくれた。
猶予も、子供がいなければ即却下されていたはずだ。
今の二人を繋いでいるのは、子供だけ。そんなマイナスの状態で彼女を振りむかせることが出来るのだろうか?
猶予を受け入れてくれた事から浮かれていた気持ちが、一気に地にめり込むほど降下するのを、ブライトは止める事ができなかった。
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