第11話

アウロアとエルヴィンが部屋を出ていったあと、残されたブライトは彼女が座っていたソファーに縋りつく様に突っ伏した。


頭の中ではアウロアへの想いで埋め尽くされ、先ほどのエルヴィンの求婚に嫉妬しイライラと頭を掻きむしった。

側室の事を話そうと心に決めていた朝食時には、自分がこうなってしまうとは想像すらできなかった。

既にイライザの事など頭の隅にもない。反対に、アウロアが愛しすぎて、辛く苦しい。

何故、今まで普通に接する事ができたのか。何故、今まで愛のひとつも囁かなかったのか。何故、他の女に目を向けてしまったのか。

自分の事なのに、理解できない。

今ならわかる。イライザに対して向けていた感情が何なのか。

そして己の大失態による、自己嫌悪。

捌け口もなく悶々としていると、扉をノックし宰相でもあるヴィルトが書類を持って入ってきた。


「おや?陛下、そんなところで何をしておられるのですか?アウロア様とのお話し合いは終わったのですか?」

「あぁ・・・ヴィルトか。話し合いは・・・まだ、継続中だ」

「ほぉ。所でエルヴィン殿は?」

「エルヴィンは・・・アウロアを送って・・・・」

そこでブライトははっとした様に立ち上がった。

夫の目の前でアウロアに求婚した男と、二人っきりにさせてしまった!

今気づいたとばかりに部屋を出ようとするブライトを、ヴィルトががっしり腕を掴んで阻止した。

そして黒い何かが見えるような笑顔を浮かべ「お仕事です」と、椅子に座らせたのだった。


「これとこれは今日中に決済して下さい」

「・・・・・・・・・」

「こちらの方は明日でも構いません」

「・・・・はぁ・・・・」

「あとこれは、各領地からの要望書です。これは今週中にでも・・・・」

「はぁぁぁ・・・・・・」

覇気の全くない顔で、人の話も聞いていない様子にヴィルトは諦めたようにため息を吐いた。

そして書類でぱんぱんと手を叩きながら「んで?何あったの」と、親友である顔を覗かせながらブライトを見下ろした。



事の顛末を聞いて、ヴィルトは盛大なため息を吐いた。

「あのね、誓約書の中身は俺でもわかってるよ?」

「え?何で!?」

純粋に驚くブライトに、本当にコイツは女の事になるとポンコツになるなと、深く刻まれた皺を伸ばす様に眉間を揉んだ。

「だって、それ知ってないと外交に支障きたす事もあるでしょ。あのフロイデン国の姫様なんだよ?不興買って同盟破棄したいわけ?」

「いや、まさか!」

「だいたいね、あの誓約はアウロア様の盾であり鉾でもあるんだ」

「―――え?」

「だってそうでしょ?はっきり言って何もかも向こうが格上なのにさ、致し方なく嫁ぐはめになったってのに、何で男の言いなりにならないといけないのさ。元々フロイデンは男女平等の国だ。そんな中で育って当主として学んでる人が、古臭いカスティア国の常識なんてただの悪習としか思わないでしょ」

「うっ・・・確かに・・・」

「それにさ、子供がいなかったら、陛下なんてあっさり捨てられてたよ?」

その通りだ、とブライトは胸を押さえながら、器用に書類を避けながら机の上に倒れ込んだ。

「―――なぁ、ヴィル・・・・」

「はい?」

「エルヴィン、遅くないか?」

「・・・・遅くないですよ」

「あいつアウロアに求婚しなんだ!もしかして、今頃二人で・・・・」

国王としては人に見せられない形相で立ち上がると、急いで部屋を出ていこうとするも、ヴィルトに阻まれ椅子に戻された。

「ヴィル!アウロアがエルヴィンに取られるかもしれないんだ!!」

「取られませんよ」

「何故そう言いきれる!俺の目の前で求婚したんだぞ!?」

「それは陛下に現実を分からせる為に、ひと芝居打ったんですよ」

「そんな事分からないだろ!」

「わかりますよ。今頃きっと、陛下に情けをかけてくださるように、説得してるはずです」

「何でわかるんだよ!」

「あのねぇ、陛下には内緒にしてたけど、エルヴィンとアウロア様は兄妹みたいなもんなんだよ」

「―――え?親戚筋っては聞いてたけど・・・・」

「親戚も何も、彼等生まれた時から一緒に住んでたし」

「・・・・え?」

「もう、隠す必要ないから言うけど、俺の母親もフロイデン出身でオリバー様の奥方の親戚筋なんだ。元々、王都に屋敷があったから、長期休暇にしか領地には帰らなかったんだけどね」

親戚の集まりでフロイデンに戻り、アウロアとエルヴィンに出会ったのだ。

「え?なんで、偽装までして・・・・」

「それは、アウロア様が陛下を見限って国に戻る時、スムーズに出国させる為なのと、あのリース様の息がかかってる人間を、この国の中枢部に置こうとしないだろ?危険だから」

国王の側に近ければ、重要な情報がいち早く手に入るし、とヴィルトは屈託のない笑みを向けてきた。

「・・・って、機密情報、筒抜け?」

「まさか。ちゃんと精査し流してたよ」

「そこ!自慢げに罪を告白するな!!」

「あはは。でも、アウロア様が猶予を受け入れ、陛下と本当の意味で夫婦になれば、俺達の事も別に隠す必要ないし、流す情報も無くなるし」

「え?もしかして情報って、アウロア絡み?」

「当然。彼女にも影響が出るような事があれば、迅速に対処しなきゃいけないだろ?」

「いや、俺は?」

「陛下は、女性に関してはポンコツだけど、政治に関しては優秀じゃない。放って置いても解決してくれるし」

衝撃のカミングアウトになんと言っていいのか分からないブライト。

「じゃあ、なんで今なんだ?まだアウロアが残ってくれるかもわからないのに」

先ほどまでの腑抜けた顔ではなく、為政者の顔でヴィルトに問う。

「それはね、アウロア様をこの城に留める為の協力者が、意外と多くいるんだよね。まぁ、陛下の頑張りにもよるけど・・・多分、陛下に絆されてくれるんじゃないかなって」

「それって・・・」

「まぁ、陛下が負けちゃったら、アウロア様ごとここから逃げればいいんだし。万が一戦争になっても、フロイデンが勝つし」

「――――全力で、頑張る」

「そうしてください。アウロア様は離縁して国に戻るより、今はまだ此処に居た方が安全だから」

「安全って、フェレメン国王太子か?」

「そう。あの人もいい加減しつこいよね。いまだに虎視眈々とアウロア様を狙ってるんだから」

結婚し、子供を産んでも変わらず美しいアウロア。今では美しいだけではなく、妖艶さも加わり、フェレメン国王太子や自国のみならず他国の貴族すら魅了し続け愛人候補者が後を絶たない。

もし彼女がブライトと家庭内別居状態になり、恋人を募集したのなら想像できないほどの人数が集まる事は想像に難くない。

いや、恐らくフェレメン国王太子が全力で掻っ攫っていくのが目に見えるようだ。

「兎に角、アウロア様をお守りするのがフロイデン出身の我々の本来のお役目なのです」

「・・・・ちょっと待て。俺は?」


「ついでです」

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