第2話 アウロアside
「アウロアは俺の妻だ!」
騒ぎ始めたこの国の国王でもあるブライト様を、私は冷めた目で見つめた。
私、アウロア・カスティアがこのカスティア国に嫁いできたのは、五年前の二十才の時。
夫ブライト様がまだ王太子だった頃、当時国王だったアルマンド様が王命として私との結婚を決めたのです。
それまでに何度か打診はあったのですが、私は家督を継ぐことになっていたので断り続けていました。が、しびれを切らし、とうとう王命として婚姻を結ばせようとしたのです。
しつこいまでの王家からの結婚の打診は、裏を返せば急激に力を付け始めた私の家を警戒しての事。
私の実家はこの国の旧フロイデン公爵家。
元々はフロイデン辺境伯爵が治めていたのですが伯爵には跡継ぎが無く、ブライト様の祖父に当たる先々代国王の弟で、私の祖父でもあるオリバーが領地を譲り受けたのです。
祖父が臣籍降下し治める予定だった領地が辺境伯領と隣接していた事もあり、すんなりと領地は譲渡されたようです。
辺境地は国の守りの要だったので家名をもそのまま受け継ぎ、祖父がフロイデン辺境公と名乗り活躍し始めると、その人柄と領地経営の手腕を見込まれ、立ち行かなくなった領主から譲渡を持ちかけられるようになり、気が付けば国の三分の一がフロイデン辺境公の領地となっていたといいます。
まだ兄王が健在な時はなんの
恐らく誰かがアルマンド様の耳元で猜疑心を煽る様な事を言ったのでしょう。
アルマンド様はただの小心者で、国王の器ではなかっただけの話なのですが・・・我が家を良く思わない貴族に踊らされてしまったのです。
隣国フェレメンとも友好的であり、他国の文化を取り入れ独自に進化していく我が領土フロイデン。
また、辺境を守る砦の役割を果たすのですから、武に秀でている者が多いのです。
万が一にも反旗を翻されれば、この国は一気に制圧されるだろう事は火を見るよりも明らかでした。
そして、その領地の後継者が私なのです。
カスティア国内の貴族のほとんどは男子が家督を継ぐと言うのが常識のようになっているようですが、我がフロイデンは伯爵が治めていた時から男女平等を謳い、側室や愛人を認めておりません。
よって家督は正室の長子が継ぐ。つまりは長女でも長男でもなく、第一子が継ぐのです。
そんな常識の中で育った私は、国の理念よりフロイデンの理念の方が強く根付いており、妻以外に女性を囲う事に嫌悪感しかありません。
私は、隣国フェレメンにも留学経験があり、隣国の貴族令息の婚約者がおりました。
将来は彼を婿として迎え、領地経営をしていくつもりだったのだけれど、彼が病に倒れ若くして亡くなってしまったのです。
それが十七才の時。十六才で成人なので、結婚も秒読みでした。早く子供も欲しかったのですが、子供は出来ず愛しい婚約者も失くしてしまいました。
とても悲しくて、悲しくて、一年ほどは全く使い物にならなかったくらい塞ぎ込み、家族や友人には大変心配をかけてしまいましたわ。
皆様の励ましのおかげで、ようやく気持ちに踏ん切りがつきそうなそんな時、王家から結婚の打診が来たのです。
家督を継ぐ私が嫁ぐなど考えられない事。でも、何度断ってもしつこく、挙句は王命。
怒り心頭の私の父リース・フロイデンは、とうとうカスティア国に対して反旗を翻し独立したのです。元々、アルマンド様には思う所もあったようですし・・・
智と武を兼ね備えた父リースは、誰一人血を流すことなく、城を制圧。アルマンド様にフロイデン独立を認めさせ(脅したとも言う)私は王女となってしまいました。
そして父は、娘を愚王から守る為に国を興したと、世界各国から英雄視されてしまったのです。美談にし過ぎですわね・・・・
国力の差を身を以て知らされたアルマンド様は、同盟を申し出てきました。
無理に結婚を薦めようとしたことに対し改めて謝罪し、カスティア国王として王太子との結婚を以て同盟を成したいと打診してきたのです。
当時、アルマンド様だけではなく隣国フェレメンの王太子からの求婚もあり、私の周りは不快なほど賑やかでした。正確には、彼等だけではなかったのですがね。
隣国の王太子は既に既婚者で、私が嫁げば側妃。私が最も嫌うポジションを用意しているので当然、お断り。
始めから眼中にはなかったし、大切な婚約者に嫌がらせをしていたので、はっきり言って殺したいくらい嫌いでしたの。仕方ありませんわよね。
それでも食い下がってくる隣国に嫌気が差し、彼から逃げる為に同盟を結び、結局はカスティア国王太子に嫁ぐ事にしたのです。まぁ、互いの利害も一致していましたから。
正直、当主の座に未練はありましたけど、このまま意固地になって領地にしがみ付いていても、反対に領民に迷惑をかけそうで怖かったという事も結婚を決めた理由の一つでした。
隣国の王太子は、女性にだらしなく側室以外にも沢山お相手がおり、欲しいモノは権力を最大限発揮して手に入れるのだと、良い噂はありませんでしたから。
そこいらの貴族が婿では、女好きの王太子に対抗できないと踏んで、カスティア国の王太子を選んだのです。それだと、おいそれと手出しはできませんでしょ?
はっきり言って、嫌々ながらの婚姻でした。―――顔には出しませんけど。
でも、カスティア国とは対等な立場になったからこそ(まぁ、フロイデンの方が力は上ですけど)こちらの優位になる様な条件を付け、誓約書として文書に起こしましたわ。
その中一つが『側妃をとる、取りたいと意思表示した時点で、夫婦関係は終了する』という事。
一夫一婦が当然の常識の中で育った私は、何故一人の男を複数の女で共有しなくてはいけないのか、いくら考えても分かりませんでした。
この世界に存在する国の王宮には、ほぼ全てに後宮が存在しており、カスティア国もその一つ。
子が出来ないのであれば親族から養子を取るか、愛情にもよりますけど離縁し新たに嫁を取ればいいと思っています。
妻の処女性も疑問視していましたわ。夫が非童貞なのに何故妻が処女でなくてはならないのか。血筋の問題があるのであれば、お互い未経験であれば良いのです。
例え非処女であっても、妊娠の有無を確認できる期間を設ければいいだけの話ではありませんか。
恋愛自由のフロイデン。でもカスティア国は女性の立場を余りにも締め付けすぎていると思います。男はよくて女は駄目。そんな事など、私は容認できません。
根本的なところで考え方が違うのですから、書面に残し決まり事を作った方が後々揉めませんでしょ?万が一の為の保険です。
それが今になって発揮されるとは・・・
今だエルヴィンに食ってかかっているブライト様に、私は呆れを感じ溜息しかこぼれませんでした。
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