第880話 植物工場の広がり

 牧田工場長の案内で植物工場を見て回ったが、栽培している植物は全て順調に育っているようだ。魔力を使って作った光は、太陽光より植物の成長が早いという。


「サツマイモなら、年に三回は収穫できると思います」

 牧田工場長の説明を聞き、普通の植物工場より優れている事が分かった。

「例えば、小麦の栽培とかできるんですか?」

「可能ですが、広大な小麦畑で栽培された小麦と比べると、価格面で勝てません」


 今は植物工場で栽培する小麦は割高になるようだ。但し、将来を考えると植物工場で小麦を育てる可能性もあるらしい。照明を工夫して植物に最適な波長の光を作り出せば、植物の成長速度を早くできるという。研究すれば、一年で六回収穫できる小麦栽培も可能になるかもしれないそうだ。


 魔力を使った照明も研究が始まったばかりなので、これからが楽しみだと牧田工場長は言う。


「しかし、宗教団体がここに来るなんて、新聞の影響かな?」

 俺は牧田工場長に尋ねた。

「ええ、各新聞が大々的に書いていましたから」


 アルゲス電機の新事業として植物工場が新聞の記事になったが、その時のモデルケースとしてグリーン館の植物工場が紹介された。『グリーン館の植物工場』、その名前から連想してグリーン館を植物工場の名称だと思った人が多かったようだ。


 植物工場の記事が新聞に載った頃から、見学させて欲しいという申込みが増え、中には宗教団体のような人たちまで来るようになったという。


 植物工場はグリーン館の敷地内にあるが、入り口を分けている。グリーンアカデミカに用がある人と植物工場に用がある人は、全然別だからだ。但し、植物工場とグリーン館は新しく造った通路で繋がっており、工場で作った野菜をグリーン館の食堂で使うために運べるようになっていた。


「寄付はともかく、栽培した食料を売ってくれという者は増えるかもしれないな」

 俺が言うと牧田工場長が頷いた。

「グリーンアカデミカの皆さんの食料を確保した残りの食料は、青果市場に出荷するつもりだったのですが、渋紙市のレストランや食堂から売ってくれ、という要望も来ています」


「その時の食料相場に合わせて価格を調整するという条件なら、取引しても構わないよ」

「分かりました」

 出荷する商品がまだ出来ていないのに取引を申し込むというのは、危機感を持っているのだろう。


「ここ以外の植物工場は、どうなっているんです?」

「順調に建設が進んでいます。数日後には千葉の工場が完成する予定です」

「あそこは縦が百メートル、横が二百メートルもある長方形の工場でしたね」

「はい、ちょうど二ヘクタールの広さがありますが、一階建てです」


 その他にも建設中の植物工場がある。どの植物工場も近くに励魔発電プラントがあり、そこから魔力を分けてもらっている。


 日本では凄い勢いで植物工場の建設が行われているが、イギリスも建設を始めたようだ。イギリスも励魔発電プラントを数多く建設しているので、使える魔力があるのだ。


「植物工場は順調なようだ。安心したよ。ただ食料危機が深刻になると、盗みに入る馬鹿が出てこないとも限らない。警備を厳重にする必要があるかもしれない」


「治安を維持するために、植物工場の前で炊き出しをするのもいいかもしれません」

「治安と炊き出し? どういう事です?」

「植物工場の利益で、炊き出しを行っていると宣伝するのです」


「なるほど、植物工場がダメになれば、炊き出しもできなくなると知らせるのか。いいかもしれない。しかし、炊き出しの材料はどれほど必要になるんです?」


「生産量の一割ほどを、覚悟しなければなりません」

「まあ、一割で治安が維持できるなら、安いのかもしれない」

「ただ炊き出しを始めるのは、本当に食料が乏しくなってからになります」


 本当に食料が不足し始めれば、植物工場を非難する者も出てくるはずだ。『金持ちだけが生き残る手助けをしている』と主張する者たちが現れそうなので、炊き出しは良い案だろう。


 その時、『慈愛の福音』という変な宗教団体を思い出した。あんな宗教団体が出てきて人々を扇動せんどうしないかという懸念があるが、それは警察に取り締まってもらうしかない。変にグリーンアカデミカの者が追い返そうとすれば問題になる。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 小野鉄心は冒険者を引退した後、ジービック魔法学院の教師になった。グリムは簡単な検定試験を受けて合格した臨時教師だったが、鉄心は大学に設置された冒険者用教職特別課程を履修して、本当の教師になった。


 それも魔装魔法ではなく生活魔法の教師になったのだ。鉄心自身も迷ったのだが、大勢居る魔装魔法の教師はやめて生活魔法の教師にした。鉄心の生活魔法の才能は『D+』、頑張って魔法レベルを『15』まで上げ、それで取得できる生活魔法を全て習得した。最近になって登録された『ホーリーメテオ』も習得したほどである。


「鉄心先生、一年生の実習ですが、草原ダンジョンと崖下ダンジョンを使って行います。準備をお願いします」


 カリナが言うと、鉄心が複雑な顔をする。

「先生と呼ばれるのは、中々慣れないものだな」

「そろそろ慣れてください。それより次の授業の時間ですよ」

「それじゃあ、行ってくるか」

 鉄心はグリムとカリナが書いた教本を手に持って教室に向かった。


 グリムが教師だった頃は、生活魔法使いになる者はほとんど居なかった。だが、今はクラスの中で三割ほどが生活魔法使いを目指している。他の町ではそれほど多くないのだが、この渋紙市は特別である。


 授業では生活魔法の『エアガード』について説明した。この魔法は『エアバッグ』を改良して創ったもので、魔物の突撃を受け止めるという魔法である。魔法レベルが『5』で習得できる魔法で、この魔法で突進を受け止めて『ブレード』で仕留めるという使い方をする。


「鉄心先生、『プッシュ』と『ブレード』の組み合わせと同じじゃないんですか?」

 生徒の一人が質問した。

「いや、『プッシュ』だと魔物を撥ね飛ばしてしまう事もあるので、攻撃が一瞬遅れる。その点、『エアガード』は受け止めるだけで撥ね飛ばさないので、確実に『ブレード』の攻撃を当てる事ができるんだ」


 その生徒は鉄心の説明に頷いた。授業の最後に明日から始まる実習の注意事項を鉄心は説明した。


 そして、次の日。鉄心は五名の生徒を連れて草原ダンジョンへ向かう。魔装魔法使いの生徒が二名、攻撃魔法使いが一名、生活魔法使いが二名というチームになる。


「今日はアタックボアを探して狩る。協力して戦う事になるので、一人だけ突撃するなんて真似はするなよ」

 鉄心は今林という魔装魔法使いの生徒を見ながら言った。

「先生、何でおれを見ながら言うんですか?」

「お前がやりそうな事だからだ」

 今林が肩を竦めた。この今林は興奮してくると突っ走る性格なので問題児になっている。


「あっ、アタックボアです」

 生徒の一人が声を上げた。鉄心は頷き、慎重に行動しろと注意する。


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