第857話 七宝ダンジョンの遭難者

「ああ、六年ぶりくらいか」

 根津は金石の顔を見て挨拶を返した。

「しかし、あの根津がC級になったなんて、信じられねえな」

 金石とチームを組んでいた頃の根津は目立たない平凡な冒険者だったので、信じられないというのは金石の正直な感想なのだろう。


「信じられないのは分かるが、事実C級になったんだ」

 根津は冒険者カードを出し、ランクが記載されている部分を見せた。穴が空くほどジッと確認した金石は溜息を漏らす。


「はあっ、間違いないようだ。でも、信じられない」

 根津は肩を竦めてダンジョンに入った。その後ろから『月天心』チームが続いて入る。案内は『月天心』チームがするようだ。


 七宝ダンジョンの一層は乾いた土地が続く荒野である。この荒野にはゴブリンやリザードマンが棲み着いていた。為五郎に戦わせても、あまり経験にならないと思った根津は為五郎を出さなかった。


 荒野を進んでいると、リザードマンの群れと遭遇した。D級の魔装魔法使いである金石たちが蒼銀製の武器で瞬殺した。


 金石が誇らしそうな顔を根津に向ける。

「僕たちもやるだろ」

「そうだね」

 確かにD級のチームとしては、優秀な部類に入るのだろう。ただ根津が比較するチームは、アリサたちだったり、タイチとシュンのコンビだったりするので手放しで褒める事はできなかった。


 七宝ダンジョンの四層に下りた根津たちは、森の中で二匹のブラッドコングと遭遇した。体長が二メートル半で真っ赤な毛並みをした大猿だ。手には棍棒を持っている。


 金石たちの顔が強張った。彼らにとってブラッドコングは強敵のようだ。根津は為五郎の出番だと判断した。ブラッドコングなら実戦経験になると判断したのだ。


「ここは、僕に任せてください。戦闘シャドウパペットを出します」

 金石が驚いた顔になる。

「戦闘シャドウパペット……そんなものまで持っているのか」


 影から為五郎が出て来ると、金石たちが息を呑んだ。これほど迫力のあるシャドウパペットだとは思っていなかったのだろう。


「相手はあの二匹だ」

「ガウッ」

 為五郎は雷鎚『ミョルニル』を取り出して手に持った。二匹のブラッドコングが走り出すと、為五郎も迎え討つように走り出す。そして、右側のブラッドコングを狙ってミョルニルを投げた。クルクルと回転しながら飛んだミョルニルが、ブラッドコングの頭に命中する。


 ドガッという交通事故のような衝撃音が響いてブラッドコングが宙に舞う。為五郎はミョルニルに魔力を注ぎ込まなかったので、巨大化も電撃の発生もなかった。だが、為五郎の剛力で投げられたミョルニルは、ブラッドコングに脳震盪を起こさせた。


 もう一匹のブラッドコングが棍棒を振り上げると為五郎に叩き付けようとした。その時、ミョルニルが戻ってきて為五郎の手の中に収まる。そのミョルニルで棍棒を受け流し、左手の拳から伸ばした三本のホーリークロウをブラッドコングの首に突き立て切り裂いた。


 ミョルニルが命中したブラッドコングが頭を振りながら立ち上がる。その瞬間、背後に回った為五郎がホーリークロウを背中に突き刺して心臓を串刺しにした。


 二匹のブラッドコングが光の粒となって消えると、それを見ていた金石たちの顔色が青くなっている。根津は戻ってきた為五郎を褒めてから影に戻し、落ちている魔石を回収した。


「根津、今のシャドウパペットは強すぎないか?」

 金石が為五郎の強さに疑問を持ったようだ。明らかにC級の冒険者が持てるようなシャドウパペットではないと感じたのだ。


「ああ、為五郎はグリム先生のシャドウパペットだよ」

 それを聞いた金石たちは納得した。A級七位の名声は金石たちも聞いており、そのA級冒険者が所有する戦闘シャドウパペットと聞いて『それなら』と思ったのだ。


「根津とグリム先生の関係は?」

「僕は弟子だよ。グリム先生から生活魔法を学んでいる」

「……羨ましい」


 金石たちからグリムについて質問攻めにあった。根津は適当に答えながら六層を目指して進み、ようやく入り口に辿り着く。そこからは金石が先頭に立って進み始める。根津は金石が迷路を得意としていた事を思い出した。金石は迷路に仕掛けられている罠を見付け、回避しながら先に進む。こういう技術を持っていない根津は感心した。


 金石の案内で迷路の中を進んで十五分ほど歩いた頃、アーマードウルフと遭遇した。アーマードウルフは体長百六十センチほどの大きさで、体表が緑色の頑丈な鱗で覆われている。そのアーマードウルフが迷路の前方に立ち塞がり、こちらを睨んで唸っている。


 金石たちが前に出た。三人でアーマードウルフを倒す気だ。根津は不安そうな顔をする。アーマードウルフの鱗は蒼銀と同じほど頑丈だと聞いた事があったからだ。


 ちなみに、金石たちの武器は全て蒼銀製の剣である。これが槍だったら一点集中で貫通する事もできるのだが。


 金石たち三人は、アーマードウルフを取り囲み、それぞれの剣に魔装魔法の『スラッシュプラス』を掛けた。これは切れ味を強化する魔法である。


 三人は切れ味を強化した剣でアーマードウルフを攻撃。アーマードウルフの全身に多数の傷が刻まれ、血が流れ出す。そして、動きが鈍くなったところに金石の渾身の斬撃が叩き込まれ、剣の刃が首の半分まで食い込んで止まる。


 それで勝負は着いた。D級の魔装魔法使いが所有する武器は、魔導武器ではなく蒼銀製や黒鉄製の普通の武器である事が多いので、こういう防御力の高い魔物を倒す時は苦労するようだ。


 そのために魔装魔法使いたちは魔導武器を求めて世界中のダンジョンを探し回る。ただ攻撃力が低い魔装魔法使いたちより、武器なしでも高い攻撃力を持つ攻撃魔法使いや生活魔法使いが手強い魔物を倒して優秀な魔導武器を手に入れる事が多い。


 そういう現実を知っている魔装魔法使いたちは不条理だと思っている者も多かった。

「遭難者はどこに居るんだ?」

 迷路の四割ほどを探しても見付からないので、全員が苛立ち始めた。魔物と遭遇するたびに魔力量と体力が削られ、捜索を打ち切るタイムリミットが迫ってきたからだ。


 そんな時、助けを求める声が聞こえた。根津たちは顔を見合わせ、声が聞こえた方へ急ぐ。そして、四匹のアーマードウルフが集まっている場所に来た。その先を見ると、四人の冒険者たちが金属製の檻に捕らえられている。たぶん罠を作動させて檻に閉じ込められた上に、アーマードウルフが集まったのだろう。


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