第853話 サンダードラゴン狩りレース

 鎧をつけたゴリラが現れたので、ソルジャーコングが現れたのかと一瞬思った。だが、それは無精髭が伸びた五龍という冒険者だった。


「昨日会った時は、そんな無精髭はなかったのに」

「オレはダンジョンに入ると、髭が伸びる体質なんだ」

「奇妙な体質ですね」

 ソルジャーコングと冒険者のハーフか、と連想するほど不思議な体質だった。だが、ハーフなんてあり得ないので本当に体質なんだろう。


「お前も出遅れたのか?」

「ええ、五龍さんもそうなんですか?」

「ああ、食事に行っている最中に、中ボス復活の連絡が来たらしい」

 十層の中ボス部屋には階段がないので、中ボスを狩りに来た冒険者か、中ボス部屋で野営しようとしている者しか行かないそうだ。


 今回も十層で野営していた者たちが、天井付近で火花放電が起きたのを見て復活の前兆だと気付いて報せたという。


「だが、まだ分からないぞ。先発集団が魔物と遭遇して、足止めを食らうというのは普通にあるからな」

「そう言えば、中ボス部屋に泊まり込んで待つという冒険者は、居ないんですか?」


「昔、そういう冒険者チームが居たんだが、復活する時に稲妻の嵐のようなものが発生するらしくて、それで半分が死んだそうだ。ちなみに、中ボス部屋の入口で待つというのも難しいぞ。ハイリザードマンの棲家だからな」


 そう言った五龍はすたすたと歩いて行った。珍しい事に五龍もソロのようだ。中ボスがドラゴンなので、狩りに参加するほとんどの者はチームで参加している。根津や五龍のようにソロで参加するのは珍しいようだ。


 根津はアーマーベアが残した魔石を拾い上げ、マジックポーチに仕舞った。

「二層と三層は『ウィング』が使えそうだから、追い付けるだろう」

 根津は魔力消費の問題があるので、空を飛んで通過する層は、二つだけにしようと考えていた。本当は飛べる層は全て飛んで急ぎたいのだが、魔力消費を考えると限定しないといけない。


 根津は二層に下りると広々とした草原を見渡した。そして、『ウィング』を発動してD粒子ウィングに鞍を付けて跨ると飛び上がる。草原を奥へと飛ぶと装甲車に乗ったチームが草原を全力で走っているのに気付いた。


 どうやら装甲車を使って移動スピードを上げていたようだ。根津は追い越して階段へと向かう。階段に到着すると三層に下り、ここも『ウィング』を使った。階段を見付けて四層に下りた時には、魔力量が減ったのを感じる。魔力カウンターで確かめてみると、魔力量が三割も減っていた。


「たぶんトップになったな。でも、十層で五割の魔力を残していたいから、もう『ウィング』は使えないな」

 こういう時は、グリムたちのように不変ボトルが欲しいと根津は思った。四層の雪原を二時間ほど歩いていると、スノーモービルに乗った冒険者チームに追い抜かれた。


「はあっ。収納リングがあれば、スノーモービルも持ち込めたのに」

 『ウィング』を使ってトップに立てたと思った根津だが、ほんの一時の優位だったようだ。雪原を歩いて階段に辿り着いた時には、三チームに抜かれていた。


 根津が階段を下りると、緑に覆われた山々が見えた。階段は中ボス部屋である盆地にあるので、その盆地に向かって進む。中ボス部屋に入るとアイスドラゴンの姿は見えず、奥の方に階段を見付けて下りた。


 階段を下りると迷路になっているという通路があり、そこを進み始める。この迷路は冒険者ギルドで地図を用意してあり、根津も地図を手に入れていた。


 但し、その地図にはない隠し部屋があるらしい。それはアリサたちから聞いた情報である。

「隠し部屋を確かめてみたいけど、まずは十層のサンダードラゴンだ」

 根津は隠し部屋を無視して六層へ下りた。


 六層から八層までは魔力消費に気を付けながら進んだ。その御蔭で魔力の損耗を最小限で抑えて九層まで行けた。九層はアンデッドが支配する廃墟だ。スケルトン要塞もあるが、今回は手を出さない予定である。


 廃墟を進んでいるとスケルトンナイトに遭遇した。根津はアンデッドソードを取り出した。この魔導武器はアンデッドに対して絶大な効果を発揮する武器だ。


 近付いてくるスケルトンナイトが槍を根津に向かって突き出した。それをアンデッドソードで受け流し、踏み込んでアンデッドソードを振り下ろす。スケルトンナイトの頭蓋骨がパカッと割れた。すると、どこに居たのか分からないが、多くのスケルトンナイトが集まり始める。


 まずいと思った根津が走り出す。囲まれたら危ないと判断したのだ。真正面のスケルトンナイトをアンデッドソードで攻撃して倒すと、包囲しようとしているスケルトンナイトたちから抜け出す。


 根津の剣術はグリムから習った西洋剣術である。ナンクル流空手の体捌きと西洋剣術を組み合わせた剣術の動きはシンプルだ。だが、その動きの一つ一つに精妙な技術が潜んでおり、圧倒的なスピードがあった。


 その時の根津も遭遇するアンデッドを、西洋剣術の一撃で仕留めて進んだ。グリムの弟子たちは、この剣術を『レガート剣術』と呼んでいる。音楽用語で『滑らかに』と言う意味だそうだ。グリムがこの剣術を教える時に『滑らかに』という言葉を何度も使うから名付けたという。


 根津が階段に近付いた時、階段の近くで戦っている冒険者チームが居た。オーガスケルトン数体に取り囲まれている。彼らが喋っている言葉が分からなかったので、外国の冒険者たちのようだ。


 その中の一人が根津を指差して何か叫んだ。もちろん、根津は意味が分からずキョトンとした顔になる。ただ助けが必要だとは思えない。相手がオーガスケルトン数体だと言っても、C級冒険者が三人も居るのだから問題ないはずだ。


 その冒険者チームが階段に向かって走り出した。根津より先に十層へ行こうと考えたようだ。だが、そんな事をすれば、残されたオーガスケルトンが根津に向かって来るのは分かっていたはずだ。


「あいつら……」

 そう呟きながら『ホーリーキャノン』を発動した根津は、聖光グレネードをオーガスケルトンたちの中心に撃ち込んだ。聖光グレネードが着弾して爆発し、<聖光>が付与されたD粒子と爆風でオーガスケルトンたちを吹き飛す。その隙に、根津も階段に飛び込んだ。


「ふうっ」

 階段の途中で立ち止まった根津は、大きく呼吸する。九層のオーガスケルトンたちを確かめると、根津が階段に逃げ込んだので、りに去って行く。


 根津は用心しながら階段を下りた。あの冒険者チームが待ち構えているのではないかと思ったのだ。十層の入り口から外に出ると、起伏の激しい草原が広がっていた。草原なんだが、大きな丘がいくつもあって見晴らしは良くない。


 それでも先に行った冒険者チームは見えた。運が悪い事に、今度はハイリザードマンの群れと戦っている。日頃の行いがよろしくないのだろう。


 見たところ、生死に関わるほど劣勢ではない。また冒険者の一人が根津を指差して何か叫んでいる。何を言っているか、さっぱり分からない。だが、あいつらとは関わり合いになりたくなかったので、根津は『ウィング』を使って飛んでいく事にした。こういう場合だから、魔力消費は諦めよう。


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