第852話 根津の遠征

 根津ねづ信一郎しんいちろうは魔法レベルが『16』となり、C級の昇級試験を受ける資格を冒険者ギルドから認められた。最近、C級の課題はソロでワイバーンを倒すというものが多い。根津の場合もワイバーンだった。


 根津の試験官は、後藤のチームの白木である。鳴神ダンジョンの外で白木と合流した根津は一緒にダンジョンに入った。


「おれたちの時代はブルーオーガだったから簡単だったが、課題がワイバーンに変わってから、倒すのに苦労する冒険者も居るようだな」


 白木の言葉を聞いた根津は頷いた。

「でも、魔装魔法使いは弓を使って倒せるようになった、と聞いています」

「そうなんだが、中には弓の下手な魔装魔法使いも居るんだ」

「白木さんは、どうなんです?」


 白木はニヤッと笑う。

「大の苦手だ」

「ダメじゃないですか。それで試験官が務まるんですか?」

「心配ない。弓は苦手でも、おれには魔導銃がある」


 白木は収納リングから、装飾が綺麗な魔導銃を出して見せた。威力のある魔導銃は珍しいので、根津は羨ましそうに見た。


「それでワイバーンが倒せるんですか。いいですね」

「何言っているんだ。生活魔法を使えば、ワイバーンくらいは簡単に仕留められるだろ」

「簡単じゃないけど、仕留められます」


 白木が頷いた。根津は二層に下りると広大な峡谷でワイバーンが棲み着いている場所へ向かった。ここでワイバーン狩りをするのだが、作戦は簡単である。


 根津がおとりになってワイバーンをおびき寄せ、仕留めるというものだ。根津は上空からよく見える場所でうろうろと歩き回った。


 上空を一匹のワイバーンが旋回しているのが見える。根津は上に目を向けないようにしながら、D粒子センサーだけでワイバーンの動きを探っていた。そして、ついにワイバーンが急降下を始める。その狙いは根津だ。


 ワイバーンが近付いたのを感じた根津は『バーストショットガン』を発動し、三十本の小型爆轟パイルをワイバーンに向かって打ち上げた。その中の二本がワイバーンに命中して爆発。ワイバーンの翼に大きな穴が開いた。御蔭で空飛ぶトカゲはきりもみしながら落下し、大きなダメージを負った。


 根津はワイバーンに駆け寄り、七重起動の『ハイブレード』を発動して形成した巨大な刃をワイバーンの首に叩き付けた。その一撃でワイバーンの首が切断され、その肉体が消える。


 白木は拍手しながら根津に近付いた。

「お見事。さすがグリム先生の弟子だな」

 根津が照れたように笑う。

「僕なんてまだまだです。でも、ワイバーンを仕留めて魔法レベルが上がりました」

「ほう、良かったじゃねえか」


 根津たちは地上に戻って冒険者ギルドへ行って報告した。これでようやくC級冒険者になった根津は、以前から考えていた計画を実行する事にした。


 その計画というのは、京都にある南禅ダンジョンへ遠征する事だ。南禅ダンジョンの十層にある中ボス部屋に復活するサンダードラゴンを倒そうという計画だった。


 この中ボスは珍しいタイプで、復活するタイミングが決まっていた。その日が一週間後に迫っていたのだ。もちろん、このサンダードラゴンを狙って全国から冒険者が集まってくる。競争になる訳だが、その競争に打ち勝ってドロップ品を手に入れようという計画である。


 そのサンダードラゴンがドロップする中には高い確率で収納リングがあり、それを欲しがる冒険者が大勢居る。その中の一人が根津なのだ。


 根津はホバーバイクを使いたいと思っているのだが、まだマジックポーチしか収納系アイテムを持っていないので運用できずに諦めていたのである。


 まず列車で名古屋まで行った。久しぶりの実家で二日ほどゆっくりした後、また列車で京都まで行く。南禅ダンジョンの近くにある冒険者ギルドへ行くと、大勢の冒険者が集まっていた。


 資料室へ入ると、そこにも大勢の冒険者が居た。根津の顔を見た冒険者が、溜息を吐く。

「また増えたのか。お前はどこから来たんだ?」

 三十代だと思われるゴリラ顔の冒険者が尋ねた。

「僕は名古屋出身ですけど、今は渋紙市で活動しています」


「そうか。もしかして生活魔法使いか?」

「C級の生活魔法使い、根津信一郎です」

「へえー、オレはC級の攻撃魔法使い、五龍ごりゅう於菟也おとやだ」

 根津は五龍の顔をジッと見てから、心の中で『ゴリラみたいな顔をしているのに、於菟也か』と呟いた。そして、ステ夫の事を思い出して『於菟也』より『ゴリ夫』が似合っていると思った。


「サンダードラゴンを狙って、集まった冒険者は何人くらいなんです?」

「十数人だ。皆、サンダードラゴンが復活したという報せを待っている」

 中ボスの復活は、正確な日にちが分かっている訳ではなく前後数日の誤差がある。それでサンダードラゴンが復活したという報せを聞いてから、冒険者たちは出発する。


 根津は南禅ダンジョンの事を調べ、その翌日も冒険者ギルドへ行った。そして、ギルドへ入ろうとした時、大勢の冒険者が走り出て南禅ダンジョンへ向かった。


 根津は受付カウンターへ行って情報を求めた。

「たった今、十層の中ボスが復活したという連絡が来たところです」

「ありがとう」

 根津は礼を言うと、ギルドから飛び出して南禅ダンジョンへ向かう。ダンジョンハウスで着替えた根津は、ダンジョンに入った。


 一層は荒野で入り口から見回したが、先行した冒険者たちの姿はない。

「出遅れたか、急ごう」

 少し進むと、三人組の冒険者チームがブルースコーピオンと戦っているのに遭遇した。魔物と遭遇して足止めされる事もあるようだ。


 一層にはワイバーンも棲み着いていると資料にあったので、『ウィング』で飛んでいく事はしない。やはり空を飛ぶ魔物と空中戦をするには、それなりの訓練が必要なのだ。


 三十分ほど進んだ頃、アーマーベアに遭遇した。体長五メートルほどで体表に装甲を持つ巨大熊である。根津は離れた位置から『クラッシュボールⅡ』を発動し、高速振動ボールをアーマーベアに向けて放つ。


 その攻撃を避けたアーマーベアが走り出したので、今度は七重起動の『ライトニングショット』を発動し、D粒子放電パイルを巨大熊に向けて放った。凄い速さで飛翔したD粒子放電パイルは、アーマーベアに突き刺さりバチッと音を立てて大電流を注ぎ込む。


 その攻撃により全身が麻痺したアーマーベアが倒れた。根津は駆け寄って『クラッシュボール』を発動し、D粒子振動ボールを頭に叩き込んだ。


 根津の攻撃には派手な部分がない。だが、安全に確実に仕留めるという特徴があった。その時、背後で気配がした。そこに居たのはゴリラだった。


「クッ、アーマーベアの次はゴリラか」

 そう言った瞬間、ゴリラが怒鳴った。

「誰がゴリラだ!」

 よく見ると冒険者ギルドで話をした五龍である。


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