第848話 アメリカの邪卒対策

 アメリカのフロリダ州では、攻撃魔法使いのハインドマンと魔装魔法使いのジョンソンが活動していた。このフロリダにはタンパダンジョンとオカラダンジョンという二つの特級ダンジョンがあるので、A級上位の冒険者が活動している事が多いのだ。


 その日、ハインドマンが冒険者ギルドへ行くと、訓練場の方に冒険者たちが集まっているのに気付いた。ハインドマンも行ってみると、丸太を立ててある場所に冒険者たちが集まっていた。


 集まっている冒険者の一人に尋ねた。

「何があるんだ?」

「ジョンソンさんが、変な魔法の訓練をしているんです」

 ハインドマンはジョンソンに目を向けた。丸太から八メートルほど離れた場所に立っているジョンソンが、素手の状態で丸太を睨んでいる。


 深呼吸したジョンソンの姿が突然消えた。次の瞬間、丸太の方から眩しい光が輝き、ドガッという音が響き渡る。そして、丸太が真っ二つに切断されて上半分が地面に落下した。


 ジョンソンに目を向けると、まだ素手なのに気付いた。間違いなく高速戦闘中に魔法を発動し、丸太を真っ二つにしたのだろう。魔装魔法の中にそんな魔法があっただろうかとハインドマンは首を傾げた。


「ジョンソン、今の魔法は何だ?」

「生活魔法の『ホーリーキック』ですよ」

「ほう、今のが『ホーリーキック』か。邪卒用の魔法だと聞いている」

「高速戦闘中でも発動できる魔法だというので、練習していた」

「魔装魔法使いは大変だな」


 それを聞いたジョンソンが渋い顔になる。

「攻撃魔法使いも、生活魔法使いみたいに高速戦闘ができるようになればいいのに」

「待ってくれ。生活魔法使いの中で高速戦闘ができるのは、ほんの一握りだぞ」

「でも、存在する。だけど、攻撃魔法使いで高速戦闘ができる者なんて、聞いた事がない」


「しょうがないだろ。高速戦闘中だと、ほとんどの攻撃魔法が使えないのだから」

 生活魔法だと習得魔法レベルが『15』前後までなら訓練次第で高速戦闘中でも使えるようになる。だが、攻撃魔法は『5』前後が限界だったようだ。実際にはもっと厳しい訓練をすれば、魔法レベルが『10』くらいまでの攻撃魔法を使えるようになると思うが、攻撃魔法使いはそんな訓練は無駄だと切り捨てた。


 それは攻撃魔法使いの戦い方に原因がある。遠距離攻撃が基本であるという事で、高速戦闘の技術は必要ないと考える攻撃魔法使いがほとんどなのだ。


「ちょっと待て、『ホーリーキック』を習得できる魔法レベルは『11』だったはず。ジョンソンの生活魔法の才能は『D』じゃなかったのか?」


「それは昔の話さ。あれから『限界突破の実』を手に入れて、『D+』になった。今じゃ魔法レベルは『12』だよ」


 それを聞いてジョンソンがどれだけ頑張っているかが分かった。

「邪卒対策の訓練をする事はいい事だ。君のように他の魔装魔法使いも頑張ってくれればいいんだが」


 その時、冒険者ギルドの職員がジョンソンとハインドマンを捜しに来た。ダンジョン対策本部のステイシーが呼んでいるという。


 ハインドマンが顔をしかめた。

「また面倒な事じゃないだろうな」

 ジョンソンは肩を竦め、ハインドマンと一緒にステイシーが待つダンジョン対策本部へ向かった


 ステイシーが待つ部屋に入ると、目を閉じて考えている彼女の姿があった。

「ステイシー本部長」

 目を開けたステイシーは、二人の方へ視線を向ける。その顔は疲れているように見えた。


「何があったのです?」

 ジョンソンが尋ねた。

「日本から邪卒対策に関係する凄い情報が飛び込んできたのよ。その情報の分析でほとんど徹夜したわ」


「呼び出したのは、その情報が関係するのですか?」

「いや、全く関係ないわ。呼んだのはダークウルフが現れたからなの」

 ハインドマンが難しい顔をする。

「どこのダンジョンです?」


「ペラムダンジョンよ」

 それを聞いたハインドマンは深刻な顔になった。ペラムダンジョンはニューヨークにある。そこでダークウルフが地上に出て来るような事になれば、一大事となる。


「万一地上に現れた場合は大変な事になりますが、我が国には光剣クラウ・クラウがありますから、大丈夫じゃないんですか?」


 多くの光剣クラウ・クラウを製作したジョンソンが楽観的な言葉を言った。それを聞いたステイシーが、溜息を漏らす。


「普通なら、あなたの言う通りよ。しかし、今回は事情が変わったのです」

「どう変わったんです?」

「四人の討伐チームをすでに派遣しました。彼らはダークウルフにダメージを与えて仕留める寸前までいったのですが……ダークウルフを見失ったのです」


「……」

 ハインドマンとジョンソンは言葉を失った。ダークウルフが影に潜ったのは間違いないだろう。そして、イタリアでの事例を見る限り、ずる賢いダークウルフは冒険者の影に潜って地上に出ようとする。


「どうするのです?」

 ハインドマンが尋ねた。

「戦闘シャドウパペットの製作を、日本に依頼しました」

「もしかして、グリム先生のところにですか?」

 ジョンソンが尋ねると、ステイシーが頷いた。


 ハインドマンが首を傾げた。

「シャドウパペットの製作は、一日で可能だったとしても、その教育には時間が掛かると聞いています。その間、討伐チームはどうするのですか?」


 ステイシーが眉間にシワを寄せた。

「それが問題なのよ。幸い、フィンランドの分析魔法の賢者が、影を分析する魔法を創ったので、それを使ってどの影にダークウルフが潜んでいるか、突き止められるようになったわ」


 ハインドマンが渋い顔をする。

「もしかして、その分析魔法の賢者をダンジョンに連れて行くのですか?」

「まさか、連れて行くのは我が国の分析魔法使いです。その任務はミスター・ハインドマンとB級冒険者のチームにやってもらいます」


「私は何をするんです?」

 ジョンソンが尋ねた。

「あなたは日本に行って、戦闘シャドウパペットを受け取ってください。その時、教育方法も教わる事になっています」


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