第837話 ダークウルフ

 天音とタイチは目的の黒魔石を集め始めた。

「黒魔石が十二個、もう少し朱鋼ウルフを狩らないとダメね」

「それじゃあ、朱鋼ウルフを探して先に進もう」


 二人は十二層の奥へと向かう。すると、また朱鋼ウルフの群れと遭遇したので、天音が溜息を漏らす。

「運が悪い時というのは、こういうものなのかな」


 二人は朱鋼ウルフ十四匹の群れを殲滅して黒魔石を手に入れた。その後、地上に戻ったタイチと天音は冒険者ギルドへ行って報告した。


 受付カウンターで黒き巨人スルトを倒したと報告すると、その場に居た冒険者たちが驚きの声を上げた。


「そんな馬鹿な。あいつは呪いを持っていたんだぞ」

 近くに居た茶楽が信じられないと言い出した。タイチは魔石を取り出してカウンターに載せる。

「これがスルトの魔石です。確認をお願いします」


 ギルド職員が魔石を持って奥へ行き、鑑定して戻ってきた。

「間違いなく黒き巨人スルトのものです」

 職員の言葉を聞いた茶楽が近付いてきた。

「どうやって呪いを防いだ?」


 天音が困ったという顔をする。呪いなどなかったと言うと、肉離れの件で茶楽に恥をかかす事になる。一方、タイチは茶楽への配慮など必要ないと考え、スルトが幻影を使う事を説明した。


「それじゃあ、おれの肉離れをどう説明する?」

 茶楽が言わなければ良いのに質問した。

「たぶん疲れていたので肉離れを起こしたのだろう。運が悪かったとしか言いようがない」

「そんな偶然があるか。おれは信じないぞ」


 タイチが困った男だという目でチラリと茶楽を見てから、視線をギルド職員に戻す。

「僕たちからの報告はここまでです。疑うのなら、十層へ行って確認してください」

「ご報告ありがとうございます。B級冒険者二人の報告を疑うつもりはありません」


 茶楽はタイチと天音がB級冒険者だと聞いて唇を噛み締めた。格上だと分かり、その報告が正しいのだと理解したのだ。


 天音はタイチに視線を向けた。タイチは正しいと思ったら、忖度せずに言うべき事を言い、やるべき事をやる。初めて会った頃は自信がなさそうな少年だったのに、頼もしい男性になったと思った。


 二人は渋紙市に戻ってからも一緒にダンジョンで活動するようになった。但し、天音が休みの時だけである。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 イタリアの賢者であるジーナ・ガブリエーレは、自宅でグリムから手に入れた『魔法構造化理論』を使って、攻撃魔法の開発を行っていた。


 そこにイタリアの魔法庁から長官のウベルトが来訪した。

「ウベルト長官、わざわざどうしたのです?」

 疲れたような顔をしたウベルト長官が、ピサダンジョンに邪卒が現れたと告げる。


 ジーナが首を傾げた。邪卒については、魔法庁や冒険者ギルド、警察のトップに警告して準備するように伝えてある。


「準備はできているはずです」

 ウベルト長官が頷いた。

「ええ、我々も準備ができていると思っていました。ですが、ピサダンジョンに現れた邪卒は、黒武者ではなかったのです」


「どういう事? 黒武者ではないと言うなら、何なの?」

「発見した冒険者たちは『ダークウルフ』と呼んでいます」


「狼型の魔物なのね。それで強いの?」

 ウベルト長官が溜息を漏らす。

「黒武者より強く素早い上に、新しい能力を持っていたのです。そして、この素早いという点と新しい能力が問題なのです」


 ジーナが渋い顔になった。

「それは魔法が当たらないという事?」

「そうです。素早さはレッドオーガに近いという報告です」

「確か生活魔法に、高速戦闘中でも発動できる邪卒用魔法があったはず」


 長官が渋い顔になり、首を横に振る。

「『ホーリーキック』が魔法庁に登録されてから、それほど時間が経っていませんので、まだ使い熟せる者は居ません。それに生活魔法が使える魔装魔法使いというのは少ないのです」


 ジーナが肩を竦めた。

「工夫すればいい。素早い魔物を仕留めるやり方なら、ベテラン冒険者が知っているはず」

 多人数で囲み逃げられないようにしてから、仕留めるというやり方が普通である。


「それが厄介な事に、ダークウルフはシャドウ種なのです」

 それを聞いたジーナが驚いた。

「まさか……新しい能力というのは影に潜るというものなの?」


 ダークウルフの詳細を知った長官は、賢者のジーナに良いアイデアはないかと相談に来たらしい。それだけ深刻な状況だという事だ。


「それでダークウルフは、どの層に居るの?」

「今、七層まで上がって来ています」

 邪卒は基本的に宿無しなので、階層を越えて移動する。そして、最後には地上に現れる。そうなれば、地上は大混乱になるだろう。


 しかも、シャドウ種となれば狩る事も難しくなるので、犠牲者が増えるだろう。ジーナはすぐに解決策を思い付かなかった。そこで他の賢者たちに問い掛ける事にした。


「日本の賢者に来てもらうように要請してください。彼が一番邪卒について詳しいはずです」

「ですが、間に合うでしょうか?」

 ダークウルフが地上に出てくる前に、グリムがイタリアに来れるか心配しているようだ。


「まずは柊木グリム殿に頼らずに、我々だけでダークウルフを倒すのです。柊木殿は最後の保険です」

「分かりました。手を尽くします」


 ウベルト長官は冒険者ギルドの理事長と協力して、ダークウルフ討伐チームを編成した。そのチームは生活魔法が使える魔装魔法使い二人、邪卒用の攻撃魔法を使える攻撃魔法使い三人で構成されていた。


 長官はピサダンジョンの前でダークウルフ討伐チームに声を掛けた。

「君たちが討伐に向かうダークウルフは、非常に危険な存在である。一度で倒せるとは思わないでくれ」


 チームリーダーであるダリオが長官に目を向ける。

「どういう事ですか?」

「情報を持ち帰るのも、任務の一つだという事だ」

「分かりました。無理をするな、という意味ですね」

「その通りだ」


 ダリオたちはピサダンジョンに入り、七層へ向かった。


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