第829話 ダンジョン神

 翌日、俺とエルモアは鍛錬ダンジョンへ行った。俺たちは一層の湖にある小さな島に渡り、神域転移珠を取り出す。そして、『神慮』の躬業を使って二次人格を生み出し、その二次人格に神威月輪観の瞑想を行わせて神威エナジーを導く。


『気を付けてください』

「ああ、何かあったら、すぐに戻ってくる」

 両手に包み込むように持った神域転移珠に神威エナジーを注ぎ込んだ。次の瞬間、身体がふわりとした感覚を覚えた。次の瞬間、俺は見覚えのある神殿のような建物の中に転移していた。


 二回目なので少し慣れたようだ。紫色の空や巨大な通路が目に入る。この世界の空気を吸い込むと、ピリピリするほど神聖な何かで満たされていると感じた。その結果、精神が覚醒するような気分になる。


 大きな扉を押し開けて中に入ると、身長七メートルほどの白い翼を持つ巨人の姿が目に入った。からす天使である。


【また来たのか、人間】

 烏天使が俺を見下ろしながら、頭の中に声を響かせた。

「今度は、三つの試練を成し遂げて来ました」

 烏天使が値踏みするように俺を観察する。そして、大きく頷いた。

【そのようだ。お前を挑戦者と認めよう】


 前から気になっていたのだが、挑戦者というのは何に挑戦する者の事だろう?

「挑戦者とはどういう意味です?」

【あるものを切ってもらう。それに成功すれば、お前が欲しいと思う情報と変化を与えよう】


 また妙な事を言い出した。情報は分かるとして変化というのは何だ? それに何を切って欲しいというのだ?


【挑戦するか? それとも何もせずに戻るか?】

「失敗した場合、何かあるのですか?」

【戻ってもらうだけだ】

「リスクがないのなら、挑戦します」


【……これで契約はなされた】

 その言葉を聞いて何か不安になった。もう少し考えるべきではなかったのかと思う。だが、烏天使は歩き始めていた。


【付いて来るが良い】

 俺は翼を持つ巨人の後ろを付いて行く。すると、大きな扉の前で止まった。

【代神様、入ります】

 烏天使が扉を開けて中に入ったので、俺も続いて入る。その瞬間、凄まじい神威エナジーを感じて身体が動かなくなった。


 俺はもう一度二次人格に神威月輪観の瞑想を行わせて神威エナジーを導き、体中に神威エナジーを満たした。それでやっと身体が動くようになる。


 俺は烏天使が代神様と呼んでいた存在に目を向けた。それは身長三メートルほどの巨人だった。烏天使よりは小柄なのだが、存在感はこちらの方が上だった。


 引き締まった身体の上にはホワイトタイガーのような頭があり、背中には翼を持っていた。但し、白かった翼が半分以上黒く変色している。それは邪神が放った『呪詛の一撃』によって変色したのかもしれない。


 これがダンジョン神なのか? なぜ立ったままピクリとも動かないんだ? もしかして、呪いの進行を止めるために全力を注いでいるのか? 分からない事だらけだ。


【お前に切って欲しいのは、主の翼だ。あの黒く変色した翼を切って欲しいのだ】

 呪詛に染まった翼を切りたいという事は、治療のためだろう。

「そんな事なら、あなたが切ればいいのに」

【私は主に危害を加える事はできない】


 烏天使は何かの制約を課せられているようだ。それで制約とは関係のない人間である俺に頼んでいるらしい。


「そういう事なら、いいでしょう。俺が切ります」

【言っておくが、主の身体には膨大な量の神威エナジーが流れている。中途半端な方法では切れないぞ】


 それは俺も感じていた。深呼吸した俺は神剣ヴォルダリルを取り出した。

【なるほど。神剣ヴォルダリルを使うか。いい選択だ】

 頭の中で烏天使の声が響いた。俺は神剣ヴォルダリルから湧き出る神威エナジーを感じながら、『斬る』という概念を魔法概念化した魔法『神斬翔しんざんしょう』を発動しながら、神剣ヴォルダリルをダンジョン神の翼の根本に向かって振り下ろす。


 『神斬翔』は神でさえ斬り裂く事を目的として開発した魔法である。そこに存在する膨大な神威エナジーを集めて『斬る』という魔法概念で律し、一つの刃に凝縮させる。


 この『神斬翔』という魔法には、千佳が手に入れた『鬼神力鍛錬法』の仕組みが少しだけ取り入れられている。神威エナジーの凝縮を行っているのだが、それは五倍程度であった。神威エナジーの凝縮はそれだけ難しいのだ。


 振り下ろした直後、神剣ヴォルダリルから神斬翔刃と呼んでいる神威エナジーの刃が飛び出し、ダンジョン神の翼に向かって飛ぶ。それは一瞬で翼を切り裂いて建物の壁を貫通して消えた。


【……】

 頭の中に言葉にならない苦痛と安堵の感情が響き渡った。ダンジョン神の心の叫びなのだろう。切られた翼はバサリと床に落ちる。


 烏天使がその翼に何かすると消えた。

【人間よ、よくやった。礼として加護を与えよう】

 ダンジョン神の最大級の褒め言葉らしい。烏天使はダンジョン神に寝るように言うと、ダンジョン神が寝室らしい部屋に消える。


 加護を与えるとダンジョン神が言っていたが、何の変化も感じなかった。俺と烏天使は、元の部屋に戻った。


【グリムよ。感謝する】

 烏天使から礼の言葉を聞いた。

「ダンジョン神は大丈夫なんですか?」

【ダンジョン神? 代神様の事か。疲れておられるだけなので、お休みになれば大丈夫だろう】


 俺は自分自身を心眼で確かめてみた。代神様からもらったらしい加護がどういうものか確かめたのだ。<代神の加護>というものが、俺の精神に付加されていた。


 その効果は全ての魔法才能を一ランクアップするというものだった。俺は久しぶりに『セルフ・アナライズ』を使ってみた。


【氏名】サカキ・グリム

【D粒子量】S

【生活魔法】ランクS/魔法レベル33

【付与魔法】ランクE/魔法レベル1

【魔装魔法】ランクD/魔法レベル3

【攻撃魔法】ランクE/魔法レベル1

【生命魔法】ランクE/魔法レベル1

【分析魔法】ランクD/魔法レベル2


 D粒子量は体内に蓄積されるD粒子の量を計測したもので魔力量と比例する。それが『S』という事は、『セルフ・アナライズ』で計測できる限界に達しているという事だった。


 そして、各魔法レベルを見ると、俺が生活魔法だけを集中して鍛えている事が分かる。


―――――――――――――――――

【あとがき】


 『生活魔法使いの下剋上 2巻』を購入したというコメントをいくつか頂きました。ありがとうございます。これからも頑張って投稿します。

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