第827話 ゴブリンエンペラー狩り(2)

 ゴブリンジェネラルの槍が三橋師範に向かって凄まじい勢いで突き出された。『韋駄天の指輪』により神経伝達速度と思考速度がアップしている三橋師範は、穂先を躱して龍撃ガントレットで払った。その穂先がゴブリンエンペラーに向かう。


 ゴブリンエンペラーはロングソードで槍を叩き落とす。三橋師範がゴブリンエンペラーに向かって踏み込もうとした時、ゴブリンエンペラーの剣がひるがえって三橋師範の首を切り裂こうとした。


 三橋師範は上半身を仰け反らして躱し、帯に差している衝撃扇を抜いてパッと拡げるとゴブリンエンペラーに向かって振る。すると、衝撃扇から衝撃波が飛んだ。


 その衝撃波は魔力障壁に阻まれてダメージを与える事はできなかったが、ロングソードにも当たって弾き飛ばそうとする。そのせいでゴブリンエンペラーは追撃できなかった。


 ゴブリンジェネラルが地面に落ちた槍を拾い上げると、三橋師範に向かって横に薙ぎ払う。三橋師範はオリハルコン製の衝撃扇で受け止めたが、ゴブリンジェネラルの剛力で弾き飛ばされた。ゴロゴロと転がってパッと起き上がる。


 その目の前にゴブリンエンペラーが立っており、振りかざしたロングソードを凄まじい勢いで振り下ろす。三橋師範は『疾風の舞い』の術理に従い、最小の動きでロングソードの刃を躱すと、刃が三橋師範の耳を掠めて地面を斬り裂いた。


 ロングソードで掘り起こされた土砂がゆっくりと舞い上がる。三橋師範は後ろに跳び退いて『ホーリーキック』を発動して待機状態にする。


 薬丸はそこまでの動きをしっかりと見ていた。三橋師範の動きは舞うように優雅でありながら一片の無駄もなかった。全ての動きが次の動きの準備となっており、その速さが薬丸には理解できなかった。


 紫音は目が追いつかずに混乱していた。見ているのに何がどうなっているのか分からない。そして、また眩しい光が発生する。


 ゴブリンジェネラルの動きが止まった。しかも腹部に大きな穴が開いており、次の瞬間には光の粒となって消える。紫音は驚いて目を大きく見開くだけだったが、薬丸はしっかりと見ていた。


 ゴブリンジェネラルが槍で突いてきたのに気付いた三橋師範が、その槍の穂先を衝撃扇で受け流し、そのまま間合いを詰めると、跳躍して前蹴りでゴブリンジェネラルの腹を蹴った。そして、何かの魔法が起動して光を発しながらゴブリンジェネラルの腹に穴を開けたのだ。


 残りはゴブリンエンペラーだけとなった。三橋師範が『ホーリーキック』を発動しようとすると、ゴブリンエンペラーが踏み込んでロングソードを横薙ぎに払う。


 三橋師範は『ホーリーキック』の発動を中断してロングソードの刃を躱す。そこにゴブリンエンペラーの突きが三橋師範の胸を襲った。ゴブリンエンペラーは三橋師範が魔法を使う暇を与えずに倒そうとしているようだ。


 その突きを横にステップして躱した三橋師範は、地面を龍撃ガントレットで叩いた。その衝撃で土砂がゆっくりと舞い上がり、それがゴブリンエンペラーに襲い掛かる。ゴブリンエンペラーがそれを防ぐために三橋師範から一瞬だけ目を離した。


 その隙に『ホーリーキック』を発動して待機状態にした三橋師範は、決着をつける事にした。次の瞬間、ゴブリンエンペラーが舞い上がった土砂の中から飛び出してきた。


 後ろに跳び退いた三橋師範は、ゴブリンエンペラーが追い掛けて跳躍する瞬間を待った。ゴブリンエンペラーがロングソードを振り上げ、三橋師範に向かって飛び掛かってくる。


 準備して待っていた三橋師範は、振り下ろされるロングソードをぎりぎりで躱してゴブリンエンペラーの懐に跳び込むと、その脇腹に回し蹴りを叩き込んだ。その蹴りは魔力障壁に阻まれたが、足の甲から聖光貫通クラスターが撃ち出されて魔力障壁を破壊し、ゴブリンエンペラーの胴体を貫通する。


 この攻撃で大ダメージを受けたゴブリンエンペラーがロングソードを杖のように突いて前かがみになった。三橋師範は容赦する事なくもう一度『ホーリーキック』を発動し、ゴブリンエンペラーの顔にサイドキックを蹴り込んだ。


 眩しい光が放たれ、聖光貫通クラスターがゴブリンエンペラーの頭を貫通する。それがトドメとなって中ボス部屋の主が消えた。その時、三橋師範が満足そうな笑顔を見せる。これは魔法レベルが上がった時に冒険者が見せる顔である。ちなみに魔法レベルは『15』になった。


 紫音と『サザンクロス』が三橋師範に駆け寄る。

「お見事です」

 紫音は三橋師範の手を取ってブンブンと振り回している。感動を言葉にできずに行動で示しているようだ。


「ふうっ、さすがに疲れた。さて、ドロップ品を確認するとしよう」

 ゴブリンジェネラルのドロップ品は、『魔物の眼』と呼ばれる高速戦闘が可能なソーサリーアイだった。これで高速戦闘ができるシャドウパペットが作れる。ゴブリンエンペラーのドロップ品は、鑑定モノクルとマジックポーチである。


 グリムがゴブリンエンペラーを倒した時は、マルチ鑑定ゴーグルとマジックポーチⅧだった。だが、今回のドロップ品は鑑定モノクルとマジックポーチ。


 鑑定モノクルを初めて装着した時に、このアイテムの詳細が表示された。マルチ鑑定ゴーグルには劣るが、鑑定モノクルの中で最高の性能を持つアイテムのようだ。そして、マジックポーチを調べると『マジックポーチⅦ』と表示された。マジックポーチⅦの容量は七千リットルで、時間遅延機能も強力なようだ。


 中級ダンジョンのゴブリンエンペラーだったので、上級ダンジョンのドロップ品より劣っているらしい。だが、十分豪華なものだと三橋師範は感じた。


「噂通りドロップ品が豪華だな。オークションに出したら、億単位で落札されそうなものばかりだぞ」

 『サザンクロス』の三人が話している声が聞こえてきた。


「横取りするような形になって、済まないな」

 三橋師範が三人に言った。

「いいえ、あのままおれたちが戦っていたら、たぶん返り討ちにあっていました。高速戦闘の鍛錬が足りなかったようです」


 紫音も三橋師範に礼を言った。

「三橋師範は命の恩人です。その上にゴブリンエンペラーとの戦いを見学させてくれました。ありがとうございます。でも、どうして親切にしてくれるんです?」


「特別な理由などない。あえて言えば、危なっかしくて見ておれなかったのだ」

 それを聞いた紫音は肩を落とし、同時に薬丸が頷いた。

「いっそ、三橋師範の弟子にしてもらった方がいいんじゃないか」

「三橋師範が許してくれるのなら、弟子になりたいです」


 三橋師範は紫音と話し合った末に、弟子にする事にした。紫音に特別な才能を感じた訳ではないが、ここで会ったのも縁だと思ったのだ。


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【書籍発売】


 本日から『生活魔法使いの下剋上 2巻』が発売になります。2巻もよろしくお願いします。

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