第826話 ゴブリンエンペラー狩り

「負けたから言う訳じゃないが、三橋さんがD級なのはおかしい」

「おかしくはない。儂はダンジョン活動より空手を優先しとるのだ。だから、昇級試験も推薦がもらえるように頑張ろうとはしなかった。それに今回の模擬戦は魔法なしの戦いだ。冒険者としての実力が判断できるものではない」


 薬丸が鋭い視線を三橋師範に向けた。

「しかし、三橋さんはソロでゴブリンエンペラーに勝てる、と思っているのですよね?」

「ナンクル流空手は、高速戦闘に優れた技術を持っている。素早さだけなら互角の動きができる。後はトドメを刺すだけの強力な攻撃手段があれば倒せるのだ。それを最近手に入れたので、試そうと思っている」


「何か強力な武器を手に入れたのですか?」

「それは秘密だ。そんな簡単に手の内はさらせんよ」

 薬丸が頭を下げた。

「失礼しました」


 三橋師範が薬丸に鋭い視線を向けた。

「ところで、勝ったらゴブリンエンペラーを譲るというのは、本当なんだろうな?」

「これでもB級冒険者ですから、二言はありません。ただ三橋さんとゴブリンエンペラーが戦うところを見学できませんか?」


 三橋師範がニヤッと笑う。

「本当は高速戦闘に自信がなかったのでは?」

 薬丸が溜息を吐いた。

「その通りです。おれたち三人は、パワー系で高速戦闘は苦手なんです。だけど、A級になるためには高速戦闘も熟さなければならない。そこで高速戦闘の特訓をして、少し使えるようになったので、ゴブリンエンペラーで試そうと思っていました」


「儂も他人ひとの事は言えんが、高速戦闘を試すならレッドオーガの方が良かったのではないか?」

「それも考えたんですが、ゴブリンエンペラーのドロップ品が凄いと聞いたので」


 欲が出たらしい。三橋師範は紫音に視線を向けた。

「私は将来ゴブリンエンペラーと戦う場合に備えて、今回戦うところを見学したかっただけです」


 ゴブリンエンペラーは一度倒されると、何年も復活しない魔物だという。だから、今回の戦いを見学して将来に備えたかったようだ。


「見学したかっただけと言うが、高速戦闘なんだぞ。魔装魔法を使えるのか?」

 本木が確認した。紫音が暗い顔をして首を振る。

「高速戦闘で戦っている間は、見れないかもしれませんが、実際にゴブリンエンペラーの強さを感じて、将来の参考にしたかったんです」


 紫音の言葉から強くなりたいという意気込みを感じた。だが、それが強すぎて無茶な行動に出てしまう点に、三橋師範は危ういものを感じた。たぶん良い師に巡り合わなかったので、意気込みが空回りしているのだ。


「四人に儂がゴブリンエンペラーと戦うところを見せてやろう」

 それを聞いた薬丸と紫音が喜んだ。

「ありがとうございます」

 二人は同時に頭を下げた。本木と布川は諦めた顔をしている。薬丸と布川が負けた事で、ゴブリンエンペラーは早かったと考えたのだ。


 三橋たちは中ボス部屋で食事をしながら様々な話をした。その中で三橋師範がグリムに空手を教えており、『師範』と呼ばれている事を知ると、自分たちも呼ぶと言い出した。


「弟子以外から、『師範』と呼ばれるのは抵抗があるな」

「A級九位の冒険者に空手を教えているんですから、堂々としてください」


 そんな話をして寝た次の日、三橋師範たちは二十層を目指して進んだ。途中で遭遇した魔物は、ほとんど『サザンクロス』が倒した。


 そして、二十層の中ボス部屋に到着して中を覗くと、ゴブリンエンペラーの姿があった。身長二メートルほどで、その逞しい肉体の上に醜悪で凶悪な顔が載っていた。


 その姿を見た紫音は、顔面蒼白となる。

「わ、私、勘違いをしていました。努力すれば何でも倒せるようになる、と思っていたんです。でも、これは人間が倒せる魔物じゃありません」


「そんな事はない。ゴブリンエンペラーを倒した冒険者は何人も居る。ただそれだけの実力を手に入れるには、並大抵の努力ではダメだという事だ」


 三橋師範は戦闘準備を始めた。衝撃吸収服のスイッチを入れ、必要な指輪を嵌める。そして、龍撃ガントレットを取り出して手に装着する。


「後ろから付いて来て、部屋の隅で見学しているといい」

 ゆっくりと三橋師範が中ボス部屋に入る。それに続いて『サザンクロス』の三人と紫音が入り、部屋の隅に向かった。


 紫音が三橋師範に視線を向けると、ゾクッとするような気配を纏っているのに気付いた。

「凄いな。あれはD級が放つ魔力じゃないぞ。皆、素早さを強化して少しの動きも見逃すな」

 薬丸が声を上げ、魔法を使ったのを紫音は感じた。


 三橋師範は『韋駄天の指輪』に魔力を流し込んで、素早さを強化した。ゴブリンエンペラーが三橋師範を見てニヤッと笑い、ゴブリンジェネラル二匹を召喚する。


 何もない空間に巨体が出現した。ゴブリンジェネラルの手には剛槍が握られている。二匹のゴブリンジェネラルのうち一匹は三橋師範に駆け寄ろうとしたが、もう一匹は紫音たちの方へ向かおうとした。


 三橋師範は紫音たちに向かったゴブリンジェネラルに向かって走り出し、瞬く間に追い付いて『ホーリーキック』を発動する。


 発動した魔法を待機状態にした三橋師範は、ゴブリンジェネラルに近付く。待機状態となっている『ホーリーキック』は、蹴るという動作の次に一定以上の衝撃が足の裏か甲にあった時に起動する。


 直接のトリガーは足に受ける一定以上の衝撃なのだが、それだと間違って起動する恐れがあるので蹴るという動作の組み合わせで起動するとグリムから聞いている。


 この時はゴブリンジェネラルの太腿を狙った蹴りが、魔力障壁にぶつかって『ホーリーキック』のトリガーが引かれた。その瞬間、蹴った足の甲から眩しい光が放たれて聖光貫通クラスターが撃ち出された。


 一瞬で魔力障壁を破壊した聖光貫通クラスターが、ゴブリンジェネラルの両足の太腿を貫通する。ゴブリンジェネラルは倒れて藻掻き苦しむ。三橋師範は龍撃ガントレットで顔を潰してトドメを刺した。


 三橋師範がゴブリンジェネラルを秒殺したので、警戒したゴブリンエンペラーとゴブリンジェネラルは同時に襲い掛かってきた。



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