第796話 賢者の訪問

 多くの冒険者が『鬼神力鍛錬法』の鍛錬を始めた。始めた者たちは鬼神力に大きな希望を抱いていた。まだ使える魔法は一つしかないが、これから増えるだろうと予想したのである。


 もちろん賢者の何人かも『鬼神力鍛錬法』の鍛錬を始めた。その中にはフランスの賢者エミリアンも居た。そのエミリアンが俺に会いたいと連絡してきた。俺が承諾すると日本に来るという。


 それから数日後にフランスからエミリアンが俺を訪ねてきた。

「久しぶりだね」

「ええ、お久しぶりです」

 俺はエミリアンを応接室へ案内した。執事シャドウパペットがコーヒーを淹れて持ってきた。


「わざわざ日本まで来るなんて、どうしたんです?」

 俺が英語で聞くとエミリアンが苦笑する。

「あんな魔法を創っておいて、私が興味を持つとは思わなかったのかい?」


 どうやら『ラセツガン』の創作者が俺だと気付いたようだ。

「魔装魔法として『ラセツガン』という魔法が登録されたので、気になって調べたら分析魔法や付与魔法としても、同じ名前の魔法が登録されているじゃないか。これには驚いたよ」


 エミリアンは魔装魔法の『ラセツガン』を購入し、すぐに賢者システムで調べ始めたという。そして、シンプルな魔法の構造に違和感を感じたそうだ。普通ならあるはずの魔装魔法らしい特徴のある仕組みが全くなかったからだ。


「そして、気付いたんだ。これなら魔装魔法以外の魔法に改造しても、ちゃんと発動するだろうとね」

 俺は苦心して創り上げたポイントを理解してくれる人が居て嬉しくなった。


「でも、どうして俺が創ったと分かったんです?」

「賢者によって、魔法の創り方に特徴がある。長年魔法の研究をして、気付けるようになったんだよ」


 毎年ダンジョン産の魔法や賢者が創った魔法、分析魔法使いが改造した魔法が何十、何百と魔法庁に登録される。それらをチェックし、これはと思った魔法を調査するという事をやっているのは、エミリアンくらいだろう。


 但し、『ラセツガン』だけは特別で、何人かの賢者が構造を調べただろう。

「ところで登録者の名前が、チカ・ミフネとなっていたけど、どうしてなの?」

「『ラセツガン』は、『鬼神力鍛錬法』の発見者である千佳と、アリサ、それに俺の三人で協力して創ったものだからですよ」


「なるほど。鬼神力の発見者なのだね」

 エミリアンは鬼神力にも興味を持っているようだ。俺たちは鬼神力について話し合った。そして、エミリアンが一つのアイデアを思い付く。


 鬼神力を剣のように伸ばし、その周りを魔力でコーティングするというものだ。生活魔法の『フライングブレード』に似ているが、自在に飛ぶという事はできない。


 発動者の手の動きに合わせて鬼神力の剣が動くという扱い方になる。その鬼神力の剣が魔物に命中すると魔力コーティングが押し潰され、直接鬼神力が魔物に接触する事になる。


 鬼神力に触れた魔物はダメージを受ける事になる。『ラセツガン』と違うのは、命中した時に一気にエネルギーを解放しない点だ。


「試しに創ってみよう」

 エミリアンが賢者システムを立ち上げ、鬼神力の剣を形成する魔法を創った。それを試してみたが、上手くいかなかった。鬼神力は水のような流動体なので、魔力で強制的に剣のような形にしても威力が増すという事はなかった。


 それに魔物に命中した瞬間にふにゃりと曲がりそうだった。エミリアンと話し合い、剣ではなく鞭にした。幅が二センチほどの鞭で長さは注入した鬼神力の量により変わる。


 その鞭が魔物に当たった瞬間、鬼神力がバチバチッと音を立てて接触した部分の物質を破壊する。この鞭が魔物の首に巻き付けば、首が千切れるに違いない。


 エミリアンは鬼神力の鞭のような魔法を『ラセツウィップ』と名付けた。

「『ラセツガン』に合わせなくても」

「いや、『ラセツガン』のように、どの魔法系統にも改造できる魔法を、『ラセツ系』とすればいいと思ったのだよ」


 それも良いかもしれないと思った。

「ところで、鬼神力とは別にもう一つ聞きたい事があって、来日したのだ」

「何です?」

「邪卒に関する事だ。詳しい話を聞きたい」


 俺はギャラルホルンと邪卒の関係や黒武者の特徴などを説明した。エミリアンは真剣な顔で聞いている。

「ステイシー本部長から警告があったが、予想していた以上に危機的状況だね。もし、邪神の封印が解けた場合、何とかできるものなのだろうか?」


「正直分かりません。ですが、何もしないという訳にはいかないでしょう」

 エミリアンは不安そうな顔をしている。

「我々に邪神を倒せというのは無理だな。しかし、邪卒くらいは倒せる魔法が必要か」


 邪神討伐に関して、エミリアンは無理だと判断したようだ。巨獣三匹を合わせたより強いと言われる邪神なのだから、無理もない。そういうのはダンジョン神の役目だろう。


「そうですね。邪卒討伐用の生活魔法を創るつもりです」

「それなら、私も邪卒討伐用の魔装魔法を考えよう」

 エミリアンは鬼神力について詳しい情報を聞けた事と邪卒の件は、大きな収穫だと言って帰っていった。


 俺はなんとなく後回しにしていた<消音>の特性を創る事にした。後回しにしていたのは、この作業が苦痛を伴うからだ。この事を知ると勇気がないとか意気地なしとか思う者も居るかもしれないが、特性を創る時の苦痛はトラウマになりそうなほど強烈なのだ。


 『痛覚低減の指輪』を嵌めて賢者システムを立ち上げる。深呼吸をしてから<消音>の特性を創り始めた。激しい苦痛を我慢しながら創り上げる。完成した時にはホッとした。


 <消音>の特性が用意できたので、『ホーリーファントム』の魔法を創り始める。付与する特性はD粒子一次変異が<爆轟><聖光><分子分解><消音>の四つ、D粒子二次変異が<分散抑止><ベクトル加速><ステルス>の三つである。


 ライフル弾のような形をしたホーリー幻影弾は、<ステルス>と<消音>の特性により邪卒に気付かれる事なく飛翔し、邪卒のバリアに衝突する直前に聖光を発してバリアを通過し肉体に当たると<分子分解>を付与したD粒子を爆散して邪卒を仕留めるという凶悪な魔法になった。


 <分散抑止>を加えるかどうか迷ったが、複数の邪卒や巨大な邪卒が現れた時に備えて遠距離で仕留められるように追加した。とは言え、黒武者ほどの大きさの邪卒に対する命中率を考えると二十メートル以内の間合いで攻撃すべき魔法である。


 『ホーリーファントム』が出来た。と言っても実際に試してから調整し、完成させる事になる。


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