第785話 ツークダンジョンの黒武者

 俺はスイスの冒険者ギルドと連絡を取って倒して欲しいという魔物の情報を手に入れた。その魔物というのは、初めて発見された魔物らしい。


 身長百八十センチほどで三つの眼を持つ魔物のようだ。特徴的なのは耳と鼻が存在しない点である。三つの眼の下にはすぐに大きな口があり、中には鋭い牙が並んでいる。そして、黒いスケイルメイルと剣を装備しているという。


『確かに初めて聞く魔物ですが、わざわざグリム先生に頼むような魔物とは思えません』

「そいつは『黒武者くろむしゃ』と名付けられたそうだが、魔法が効かないそうだ」

『邪神眷属という事ですか?』


 スイス人の冒険者の中には生活魔法を使える者も居り、邪神眷属用の初歩の魔法『ホーリーブリット』で攻撃した。だが、それが全く効かなかったようだ。


「『ホーリーブリット』の威力は、それほどでもないので、ダメージを与えられなかったのは仕方ない。だが、<聖光>の特性を付与された魔法を弾いたという話なんだ」


『普通の<邪神の加護>より強い加護を持っているという事でしょうか?』

「そうかもしれない。まずは心眼を使って調べてみよう」

 俺はスイスへ行く準備をして飛行機で旅立った。いくつかの国を経由し、スイスに到着したのは翌日になった。


 チューリッヒ空港に到着した俺を、冒険者ギルドのパウル・クラメールという男性職員が出迎えた。

「まずは冒険者ギルドへ案内します」

 スイスの冒険者ギルド本部へ到着した俺は、理事長のアルベルト・ザウバーに迎えられた。理事長室に入った俺は、英語でザウバー理事長に挨拶した。


「ミスター・グリムは、A級九位でしたね?」

 俺は九位に戻っていた。

「そうです。それがどうかしましたか?」

「当初の予想より、黒武者が手強い事が分かったのです」

「たぶん倒せると思いますが、そんなに手強いのですか?」


 ザウバー理事長が溜息を吐いてから頷いた。

「魔法も物理攻撃も効かないようなのです」

 スイスの最高の冒険者はB級だという。そのB級の攻撃魔法使いが邪神眷属用の攻撃魔法である『ブレーキングイービル』で攻撃したが、その魔法も弾かれたらしい。


「<邪神の加護>より強い加護を、邪神から与えられたのかもしれません。詳しく調べてみます」

「お願いします」

 黒武者の事はイギリスやアメリカにも知れ渡った。そして、英語圏では『ブラックウォリアー』と呼ばれていた。その黒武者はチューリッヒの近くにあるツークダンジョンに居る。


「それで黒武者は、何層に居るのです?」

 ザウバー理事長の顔が曇った。

「それが分からないのです」


「……まさか、宿無しなんですか?」

「そうです」

 その事が意味する重要性を感じた。宿無しはダンジョンの外に出る事ができるのだ。もし、地上に現れた場合の被害を考えるとゾッとする。


「急いでツークダンジョンへ行きましょう」

「長旅で疲れているのに、感謝します」

 俺は急いでツークダンジョンへ向かった。だが、一歩遅かった。後五分ほどで到着するというところで黒武者が地上に出てきたのだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ツークダンジョンの周囲は、冒険者と兵士により包囲されていた。ダンジョン周辺は半径五百メートルに渡って立入禁止になっており、兵士と冒険者が緊張した顔でダンジョンの方を見詰めていた。


「マルク、黒武者が出てくると思うか?」

 魔装魔法使いのアランが尋ねた。

「分からない。だけど、出てきたら地獄のような状況になるだろう」

「そうだな。B級のブルクハルトさんでも倒せなかったんだ。C級になったばかりのおれたちじゃ無理だ」


 冒険者たちはB級でも倒せなかった魔物という存在を理解していた。だが、兵士たちは自分たちが持つ武器なら、倒せると考えていた。


 次の瞬間、兵士たちの目の前に黒武者が突然現れた。それは瞬間移動したような現れ方だ。一番近くに立っていた兵士が黒武者の剣で薙ぎ払われた。兵士の胴が真っ二つとなって血を噴き出しながら地面に倒れる。


 兵士たちの顔に恐怖が浮かんだ。その恐怖が引き金となって自動小銃を黒武者に向かって連射する。激しい発射音が黒武者の周りで響き渡り、大量の銃弾が黒武者に集中した。だが、一発の銃弾も黒武者の肉体に食い込む事がなく、その周囲で弾かれて地面に落ちた。


 それに気付いた兵士たちは口の中でうめくような声を上げる。自動小銃の弾が切れ、一瞬だけ静寂が支配した。黒武者がニヤッと笑ったように見えた次の瞬間、冒険者の一人が何か叫びながら『メガボム』を黒武者に叩き込み、大爆発を引き起こす。


 爆炎ときのこ雲が舞い上がり、爆風が冒険者や兵士を薙ぎ倒す。今度こそと思って黒武者に視線を向けた冒険者と兵士の顔が恐怖に染まる。黒武者が何でもなかったように爆炎の中から出てきて走り出したのだ。


 その走りを止めようと、兵士や冒険者が攻撃した。だが、全く効果がなく次々に兵士や冒険者が斬り倒され、地面に横たわる。アランが言っていたように地獄のような戦場となった。繁華街へと向かおうとする黒武者と止めようとする冒険者と兵士。スイス人たちが大きな犠牲を払っているのに包囲網が破られた。


 それを目撃したアランがハッとして叫んだ。

「まずい、向こうは繁華街だ。黒武者を追うんだ!」

 政府から避難するように警報が出ているが、ダンジョンの五百メートルから先は強制的な避難は行われていない。さすがに商店などは閉めているが、住民が残っている建物も多いのだ。


 魔物が地上に現れた時、その魔物の大きさによって包囲網の広さや強制避難させる範囲が変わる。身長百八十センチの魔物の場合、半径五百メートルが常識なのだ。


 アランたち冒険者が駆け出すと兵士も走り出した。その繁華街では残っている住民に警察が避難するように指示していた。その指示を聞いた住民たちは避難すべきか建物の中に隠れているべきか迷っていた。


 避難の途中で魔物に遭遇するという危険も考えられたからだ。黒武者が繁華街に侵入し、避難指示を叫んでいる警官たちに気付いた。素早く走り寄った黒武者が警官たちに向かって剣を振り回す。警官は拳銃で反撃したが、何のダメージも与えられずに死んだ。


 それを見ていた住民はばらばらに逃げ始めた。その中には家族連れも居て混乱の中で幼女だけが離れ、取り残された。泣き始めた幼女に黒武者が気付いた。


 その頃になって冒険者たちが追い付いた。アランは黒武者が進んでいる先で幼女が泣いているのを目にして頭から血の気が引いた。


「逃げろ!」

 叫んだアランが魔導武器の雷剣を抜いて魔装魔法を発動する。筋力と防御力を強化する得意な魔法だった。飛びねるように走ったアランは幼女と黒武者の間に割り込んだ。


 黒武者の無慈悲な剣がアランに向かって振り下ろされる。その剣を雷剣で受け止めようとするアラン。だが、黒武者の剣は尋常なものではなかった。その剣は受け止めた雷剣を切断し、アランの胸を斬り裂いた。


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