第784話 スイスのダンジョン

 樹海ダンジョンから戻った俺は、ミカンを配って近藤支部長や鬼龍院きりゅういん校長から感謝された。樹海ダンジョンのミカンは皮膚を若返らせる効果があるので、皮膚の衰えを感じる年配の者や女性には好評なのだ。


 俺は影からシャドウパペットたちを出し、作業部屋でくつろいでいた。その横ではアリサがタア坊と遊んでいる。目を庭に向けると、執事シャドウパペットのトシゾウが来客の応対をしているのが目に入った。


「誰が来たんだ?」

 アリサが門へ視線を向ける。すると、B級冒険者の上条が入ってきた。

「上条さんね」

「珍しいな。どうしたんだろう?」


 俺とアリサは玄関へ向かう。そこで上条を出迎えた。

「久しぶりですね」

「ああ、A級冒険者になるために、世界各地の上級ダンジョンで活動していたからな」


「なるほど。それでA級になれそうですか?」

 上条は力強く頷いた。

「もう少しだな。もう少し実績が認められたら、A級へ推薦してもらえそうなんだ」

 それを聞いたアリサが、上条に笑顔を向ける。

「良かったですね」


「そうなんだが、冒険者ギルドの理事が、キングスコーピオンを倒せば、推薦状を書くと言うんだ」

 キングスコーピオンをソロで倒せたら、実力を認めてA級に推薦するという事のようだ。A級ならキングスコーピオンは倒せるという事だろう。


「キングスコーピオンか、どこのダンジョンです?」

「羊蹄ダンジョンの十五層の中ボス部屋に復活したそうだ」

「そうなんですか。でも、なぜ俺のところへ?」


 上条は神剣グラムを取り出した。

「おっ、神剣グラムですね。使い熟せるようになったんですか?」

「それが問題なんだ。グリム先生も神剣グラムを所有しているだろ。こいつを使い熟せるようになるには、何が必要か教えてくれないか」


 上条はキングスコーピオンを倒すのに神剣グラムの機能が必要だと思い、教えを請いに来たらしい。上条はバタリオン以外で生活魔法を広めてくれている協力者なので、神剣グラムの機能について教える事にした。


「上条さんは、【重力強化】を使っているんですよね?」

「もちろんだ。でも鑑定で【……】と表示される機能について、グリム先生なら何か分かったんじゃないかと思って来たんだ」


「ああ、判明しましたよ?」

「やっぱり。グリム先生、教えてください」

 上条が頭を下げた。


「頭を上げてください」

 自分の神剣グラムを取り出し、上条にマルチ鑑定ゴーグルを渡した。

「俺の神剣グラムを鑑定してみてください」

 上条がマルチ鑑定ゴーグルを装着して調べる。機能のところに【封印】【重力強化】【ダークブレード】【グラビティストーム】と出たはずだ。


「ん? 四つの機能がある」

「【グラビティストーム】は、あるダンジョンで手に入れたものです」

「へえー、魔導武器に機能を追加できるようなダンジョンがあるんだ」

「問題は三つ目の【ダークブレード】です。これは封印された状態のようです」


 上条が不思議そうな顔をする。

「封印だって、なぜそんな事を?」

「さあ、ダンジョンなりの理由があるのだと思いますが、今は分かりません。それより、その封印を解く方法です」


 俺は神剣グラムに励起魔力を注ぎ込めば、封印が解けると教えた。

「その励起魔力というのは?」

 上条には『干渉力鍛練法』を詳しく教えた事がなかった事を思い出した。そこで『干渉力鍛練法』について教える。集中力が半端じゃない上条なら、すぐに習得するだろう。


「話を神剣グラムに戻します。……【ダークブレード】には、二つの使い方があります。一つは魔力を注ぎ込んで斬撃を飛ばすダークブレード、励起魔力を注ぎ込んで黒い刃を形成して斬るブラックブレードというものです」


「ダークブレードとブラックブレードか。威力はどうなんだ?」

「威力はブラックブレードが上です。キングスコーピオンなら真っ二つにできるはずです」


 それを聞いた上条が嬉しそうに笑った。

「ありがとう。これでA級になれそうだ。お礼にとっておきの情報を教えるよ」


 上条が教えてくれた情報というのは、スイスにあるベルンダンジョンの七層に『覚醒の間』というのがあり、そこでは人間の思考能力が向上するらしい。


「それってスピードが上がるという事なんですか?」

「スピードだけ上げるなら、魔装魔法でもできる。『覚醒の間』では知能指数みたいなものが上がり、天才的な閃きが生まれるそうだ」


「面白いですね。ありがとうございます」

 上条が帰ってアリサと二人になった。

「どう思う?」

 俺がアリサに尋ねた。

「『覚醒の間』の事なら、試してみないと何とも言えない、という感じね」


 その答えを聞き、俺は頷いた。

「試してみるか。アリサも一緒に行こう」

 アリサがちょっと困ったという顔をする。

「ごめんなさい。私は分析魔法の学会で、研究結果を発表する事になっているの」


 アリサは分析魔法の世界では有名な存在になっている。学会に集まる研究者の間では、アリサが何を研究しているのかが、注目を集めているようだ。


 そういう事なのでしょうがない。一人でスイスに行く事にした。ただ『覚醒の間』の件は、それほど期待していない。思考能力が向上すると言っても、俺の頭脳のスペックは、それほど誇れるものではないからだ。ただベヒモスを倒すためのヒントが閃いたなら、十分な成果になると考えた。


 『覚醒の間』の事を調べてみると、超有名なレストランみたいな感じになっていた。スイスの冒険者ギルドは、『覚醒の間』を予約制にしているのだ。しかも一年待ちだという。


 俺は日本政府を経由して予約を取ってもらった。すると、一年待たずに許可が下りた。但し、スイスの上級ダンジョンに出現した魔物を退治できたら、という条件が付いていた。


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