第775話 ダンジョン神の神域

 ホバービークルに戻った俺は、ブラックサーペントがどっちの方向へ逃げたかエルモアに尋ねた。 

『向こうへ逃げました』

 エルモアが指差した方角へ目を向ける。残念ながらブラックサーペントの姿は見えない。俺はブラックサーペントを追うように指示した。


 ホバービークルがスピードを上げると、俺は不変ボトルを取り出して万能回復薬を飲んだ。『アクアスーツ』や『クロスリッパー』などの魔力消費が大きい魔法を使ったので、その消費した魔力を補うためである。


 万能回復薬が体中に染み渡り、生き返ったような気分になる。これは体力を回復する効果もあるので、そう感じるのだろう。


『ブラックサーペントです』

 エルモアが声を上げた。前方を見ると海中に黒いものが見える。


「さて、もう一勝負するか」

 俺は『アクアスーツ』を発動して海に飛び込んだ。ブラックサーペントが俺に気付いてスピードを上げた。それを追って俺も増速する。


 スピードでは俺が勝っていた。但し、それは直線スピードだけであり、旋回しようとするとブラックサーペントの方が機敏に曲がる。


 それでもゆっくりと距離が縮む。ブラックサーペントが逃げ切れないと覚悟したようだ。旋回すると俺に向かって来た。俺は『アクアリッパー』を発動し、ブラックサーペントをロックオンするとアクアリッパー弾を放った。


 ブラックサーペントが大きく口を開け、破壊渦ブレスを放った。俺は巻き込まれるとまずいと判断して急旋回する。その間にアクアリッパー弾と破壊渦ブレスが接触し、空間ごと破壊渦ブレスの一部を切り裂いた。


 破壊渦ブレスの勢いは弱まったが、消える事はなく十数メートルほど伸びて消えた。俺はブラックサーペントの横に回り込んで『ニーズヘッグソード』を発動し、拡張振動ブレードを黒く長い胴に向けて振り下ろす。


 巨大な空間振動波の刃がブラックサーペントの胴体を切り裂いた。致命傷にはならなかったが、ブラックサーペントは痛みで苦しむ。それをチャンスだと判断した俺は、『アクアリッパー』を発動してブラックサーペントをロックオンするとアクアリッパー弾を放った。


 凄まじい速度で直進したアクアリッパー弾がブラックサーペントを切り裂いた。海中の黒い巨体が光の粒となって消える。そして、三つのものが海中に残り、海底へ沈み始めた。


 俺は一番近くにあった白魔石<大>を掴んで仕舞うと次に近くにあった虹色の球体を掴んだ。最後に石板のようなものを掴むと浮上する。


 俺がホバービークルの上に球と石板を置くと、ネレウスが俺の手を取ってホバービークルへ引きり上げてくれた。


『ブラックサーペントを倒したようですね?』

「ああ、何とか倒せたよ」

 エルモアが石板と球体に視線を向ける。

『ドロップ品はこれですか?』


「ああ、この虹色の球と石板だ」

 エルモアが石板を拾い上げた。そして、神殿文字で刻まれている文章を読む。

『グリム先生、これを読んでください』


 渡された石板を読んだ俺は顔色が変わる。その石板にはダンジョン神の事が刻まれていた。それはダンジョン神が居る神域へ行くための方法だった。


 それによると石板と一緒にドロップした『神域転移珠』を使って転移するらしい。但し、その転移者に対して衝撃を与えるのでアストラル体が安定した者しか使ってはならないと書いてあった。幽体離脱した時のアストラル体で意識がぼやける状態だと、神域の環境に耐えられずに消滅する危険があるという。


『アストラル体ですか。グリム先生なら万里鏡で慣れているので、大丈夫ですね』

「まあ、ぼんやりする事はないけど、本当にダンジョン神に会えるのだろうか?」

『それは分かりません。これには神域に行く方法というだけで、ダンジョン神に会える方法とは書かれていませんから』


 俺は頷いた。神域へ行けばダンジョン神に会えると思っていたが、簡単には会えないのかもしれない。だが、神域に行けるというだけでも面白い。ちなみに、ダンジョンの中にも神域と呼ばれる場所があるが、それとは違い本物の神が居る場所のようだ。


「メティスの記憶の奥にあったのは、これだったのか?」

『たぶん、こういう情報は私がドロップ品となる事が決まった時に、消されたのだと思います』

「なるほど、ありそうな事だ」


 俺は一度地上に戻ろうと思った。その前にミカンを確保しよう。十五層の転送ルームへ行き、そこから五層へ戻った俺はミカン山へ行った。


 そのミカン山には何十本という木にミカンが実っているはずだった。だが、そのミカンが一つも残っていなかった。


「クッ、人間の欲望を甘く見すぎたか」

 エルモアも葉っぱだけ残っている木々を見て、

『企業からの依頼なので、一つでも多く手に入れようとしたのでしょう』

 と言った。企業からの依頼といっても、回収するのはダンボールのミカン箱一つくらいだと思っていたのだ。


「今年はミカンはなしだな」

『諦めるのは早いのではないですか』

「どういう意味だ?」

『ダンジョンの植物は成長が早いのです。封鎖が解除されている一ヶ月以内に、また実るかもしれません』


 それは知らなかった。三週間ほどした頃にもう一度確認に来よう。俺は地上に帰還する事にした。地上に戻った俺は、渋紙市の屋敷に帰った。


「早かったのね。どうしたの?」

 俺は場所は教えずにダンジョンで『神域転移の石板』と神域転移珠を手に入れた事を説明した。俺とアリサ、それにメティスを加えて話し合いをする。


「それを試さないといけないの?」

 アリサは危険だと判断したようだ。確かに神域に関する情報は皆無なのだから、アリサが不安になるのも理解できる。


「危険なのは分かっているが、無視するには重要すぎるものだと思う」

「帰って来る方法は?」

「もう一度神域転移珠を使えばいいようだ」

 その後、三時間ほど話し合って試す事になった。


 翌日、俺とアリサ、エルモアは鍛錬ダンジョンへ向かった。ダンジョンに入った俺たちは、一層の湖にある小さな島に渡った。俺たちが鍛錬ダンジョンに来たのは、神域転移珠がダンジョン内でしか機能しないと書かれていたからだ。


 アリサとエルモアに見守られながら、俺は神域転移珠を取り出すと『神慮』の力を使って二次人格を生み出し、その二次人格に神威かむい月輪観がちりんかんの瞑想を行わせて神威エナジーを導く。


「少し離れていてくれ」

 危険があるかもしれないので、アリサとエルモアには離れてもらう。それから神威エナジーを神域転移珠に注ぎ込んだ。次の瞬間、身体がふわりと浮上したような感覚を覚えて気が遠くなる。


 次の瞬間、俺はギリシャ神殿を巨大化したような建物の中に転移していた。


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