第770話 アメリカのレミントン長官

 ステイシーが書類仕事をしていると、エネルギー省のレミントン長官から連絡があった。相談があるというので、午後からレミントン長官の執務室で会う事になり、ステイシーは出掛けた。


 レミントン長官の執務室に入ったステイシーは、長官が難しい顔をしているのに気付いた。

「どうかされたのですか?」

「日本のアルゲス電機という会社が、S型励魔発電プラントというものを開発したという情報は聞いていますか?」


「アルゲス電機は知っていますが、S型励魔発電プラントについては知りません」

 ステイシーは日本の賢者であるグリムの行動について調査するように指示しているが、それはダンジョンや魔物に関連した事だけで、経済活動については除外していた。


「S型励魔発電プラントというのは、特殊な魔力である励起魔力を電気に変換して電力として供給する装置です」


「そうですか。それがどうかしたのですか?」

 ステイシーも励起魔力発電については、報告書を読んでいた。便利なものを発明したものだと思い、アメリカも購入する事になるだろうと考えている。


「アメリカは、新しい原子炉の開発に多額の資金を投入してきたのですよ。いきなり別の発電方法が見付かったからと言って、簡単に原子炉を放り投げてS型励魔発電プラントに飛びつく訳にはいかないのです」


 それは間違っているとステイシーは思った。今までどれだけの予算を投じたのかは知らないが、原子力発電はリスクがある。そのリスクをカバーするだけの技術が開発されていないのに、先走って原子炉を造るのは国のためにならない。


「レミントン長官。原子炉に注ぎ込んだ予算を考えると、簡単に原子炉再開発を諦めきれないというのは、理解できます。ですが、それが国のためになるのですか?」


 そう言われたレミントン長官は、下唇を噛み締めて苦い顔になった。その顔から察すると、原子炉再開発の予算を目当てに多くの企業が群がっているのかもしれないとステイシーは想像した。今予算を打ち切ったら、大勢の失業者が生まれるのだろう。


「そう真正面から言われると弱いのだが、原子炉もなんとか建設できるレベルまで開発が進んでいるのです。それに国として重要な電源を、他国に支配されるような状況はまずい」


 ステイシーがレミントン長官に鋭い目を向ける。

「日本は我が国の同盟国ですよ」

「同盟国だとしても、国民が承知しない。昔の半導体の時もそうだったと歴史で学びましたよ」

 それを聞いたステイシーが溜息を漏らした。


「長官は、どうして私に相談を持ち掛けたのです?」

「グリム・サカキという人物を知りたかったのです。金を出せば、彼は励起魔力発電システムの特許使用権を売ってくれるだろうか?」


「アメリカが危機的状況にあって、励起魔力発電システムの特許がなければ、大勢の人々が死ぬという状況なら、売ってくれると思いますが、今の状況では無理でしょう」


「そうか。金では動かない人物なんですな」

 ステイシーは鋭い視線をレミントン長官に向ける。

「長官、彼に卑怯な真似をしようと考えているのなら、やめてください。彼は黙って叩かれるほど優しい人物じゃありません。必ず仕返ししますよ」


「仕返しだって?」

「ええ、彼は賢者です。仕返しのための魔法を創る事もできるのですよ」

 レミントン長官がステイシーに目を向けた。

「君もそんな魔法を創った事があるのかね?」


 ステイシーが意地悪そうに笑う。

「それはご想像にお任せします」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 アメリカ政府のエネルギー長官が訪日するというニュースを見た。しかも、その目的はアルゲス電機にあるという。日本政府からアメリカの要人を連れて行くので、励起魔力発電システムについて説明して欲しいという要請が来ていた。


 アルゲス電機では日本政府と良好な関係を築きたかったので、その要請に応じる事にした。それにアメリカからS型励魔発電プラントの発注が来るかもしれない。


 外務省の役人がレミントン長官を連れてアルゲス電機の工場へ来た。俺と菅沼社長、それに堀越専務が出迎えた。お互いに挨拶を交わし、自己紹介してからレミントン長官を会議室へ案内する。


「レミントン長官は、励起魔力発電システムについて、説明を求めていると聞きました。これから堀越専務に説明させます」


 俺も末席に座って堀越専務の説明を聞いた。一通りの説明が終わった後、レミントン長官が俺に顔を向けた。


「励起魔力発電システムの要になる魔導特許は、ミスター・サカキとお弟子さんが所有しているそうですね?」

「ええ、そうです」


「その特許の使用権を売ってもらえないだろうか?」

 アメリカはロイヤリティを払って国内で励起魔力発電システムを製造したいと考えているようだ。


「なぜアメリカ国内での製造に拘るのです?」

 俺が長官に質問すると、長官が難しい顔になる。

「発電プラントは、我が国の戦略物資だからですよ」


 そんな事を言ったら、日本はどれだけの戦略物資を海外に頼っている事か。食料や石炭、石油、金属材料など数え上げたらきりがない。


「アメリカは原子炉の再開発に予算を投入していると聞きました。励起魔力発電システムに拘らなくとも良いのではないですか?」


 レミントン長官が渋い顔になる。それを見た外務省の役人が顔を強張らせた。

「我が国は最終的に原子力発電の復活を目指している。ただそれにはもう少し研究期間が必要です。その間は励起魔力発電システムで電力供給を増やそうという案があるのです」


 アメリカでも電力不足のようだ。産業を発展させるためには安価な電力が必要だが、それを提供できない状況にあるという。


 俺とレミントン長官は話し合い、S型励魔発電プラントを製造する工場をアメリカに建設するという事はできないが、S型励魔発電プラントのメンテナンスに使う部品製造を行う工場を建設するという事になった。


 それにより日本から部品の供給が止まっても、アメリカはS型励魔発電プラントを維持できる事になる。アメリカは日本が部品供給できなくなるような事が起きると考えているのだろうか?


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