第769話 アメリカの電力状況
俺たちは目的を達成したので地上に戻った。それから冒険者ギルドへ行って五層の地獄谷について報告する。これで地獄谷の発見は俺とアリサ、由香里の実績となるだろう。
渋紙市の屋敷に戻った俺たちをタイチとシュン、姫川たちが待ち構えており、土産話を求めた。俺は地獄谷での出来事について話した。
「へえー、地獄谷か。僕たちも一緒に行きたかったな」
話を聞いたタイチが声を上げる。シュンは由香里の方へ目を向けて頼んだ。
「由香里先輩、その戦闘用シャドウパペットを見せてください」
「いいよ」
由香里が影からガレスを出した。背は高くないけど逞しいタイプのガレスが現れると、シュンが頷いた。
「やっぱり、戦闘用シャドウパペットが欲しいな」
シュンの声にタイチも同意する。
「そうだな。でも、その前に執事シャドウパペットが欲しい」
最近新しいマンションに引っ越したタイチは、家の管理をしてくれるシャドウパペットが欲しいらしい。
「執事シャドウパペットの作製は、タイチたち自身でできるだろ。まあ、教育は誰かに任せる必要があるけど」
「金剛寺さんに頼めますか?」
「それはちょっと難しいな。この屋敷の管理とグリーン館で新しく雇った人たちの管理も任せているから」
グリーン館ではプロのハウスキーパーを数人雇ってメイドシャドウパペットの教育をしてもらっている。執事シャドウパペットのシンパチとヘイスケも新しいグリーン館で働いており、それらを纏めて管理している金剛寺は忙しいのだ。
「亜美に相談したら」
アリサが提案した。
「鳴神パペット工房ですか?」
「ええ、新しく執事とハウスキーパーの教育部門を立ち上げるそうよ」
タイチが首を傾げた。
「シャドウパペットを執事にしようとする需要が、あるのですか?」
昔から日本の家は小さいので、執事やメイドの需要は少ない。この屋敷やグリーン館は例外なのだ。
「フランスで勉強してきた亜美が、潜在的な需要があると言っていたわよ。金持ちの中には人を雇うほどではないけど、自宅を管理する存在が欲しいと思っている人たちが多いそうよ」
「そう言えば、僕も同じです。上位冒険者なら、執事シャドウパペットを欲しがるかもしれませんね」
俺も亜美の経営方針は正しいと思った。プライバシーの問題もない執事やメイド型のシャドウパペットはヒットするだろう。ただ高価なのが一番の問題だ。
天音のような魔導職人や亜美のような魔導人形師が増えれば、シャドウパペットの値段も下がり一般に広まるのだが……それには時間が掛かるだろう。
タイチとシュンは話し合い、まず執事シャドウパペットを作る事にしたようだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
俺たちが冥土ダンジョンから帰って数日が経過した。その日、アルゲス電機で会議があったので東京へ向かう。俺はアルゲス電機の本社に到着すると会議室へ行った。
「おはようございます」
会議室にはまだ誰も来ておらず、秘書たちが資料をテーブルに並べていた。
「おはよう。済まないけど、お茶をもらえないか」
「すぐにお持ちします」
俺は椅子に座って重役たちとお茶が来るのを待った。用意されたお茶を飲んでいると菅沼社長を含めた重役たちが集まり始め、最後に堀越専務が来て会議が始まる。
「S型励魔発電プラントの実証プラントは、連続稼働テストをしております」
堀越専務が報告した。
「早いな。もうそんな段階まで来ているんですか。そのテストが問題なく終わったら、販売開始ですね?」
「そうなります。すでにヨーロッパの電力会社から、詳細を知りたいという連絡が届いています」
俺は満足して頷いたが、一つだけ気になる点があった。連絡してきた企業がヨーロッパだけだった事である。
「アメリカやアジアからの引き合いはないのですか?」
堀越専務が残念そうな顔をする。
「今のところありません」
俺はアメリカの電力状況はどうなっているのだろうと疑問に思った。それを菅沼社長に確かめる。そういう事は社長が詳しいのだ。
「アメリカは石炭を中心に、火力発電で六割の電力を供給しています。残りが魔石発電や水力発電になるようです」
「さすが石炭の埋蔵量が世界一の国ですね。でも、電力料金は高止まりしていると聞きましたけど?」
「石炭や石油の採掘費用が高くなったからです。そこでアメリカは驚くべきプロジェクトを進めているようです」
「それは何です?」
「原子力発電の再開発です」
これには驚いた。デジタル社会の崩壊と同時に、原子力発電は終焉を迎えた。ただ研究所などで実験炉程度のものは動いている。電力会社でも実験炉程度の小規模な原子力発電を行っているところはある。
それを大規模化するには、安全性をどうやって確保するかが問題になる。ちなみに初めて原子力発電が動き出したのが、一九五〇年代なので集積回路などが活用される前になる。つまりアナログでも原子力発電は可能なのだ。
但し、アナログ技術で安全性を確保するには、大人数の訓練された職員が必要になるだろう。しかも建設費は膨大なものになる。
但し、これには抜け穴がある。国の安全基準や安全規制を下げる事だ。アメリカがやろうとしているのは、原子力に関するそれらを下げ、それに合わせた原子力発電所を建設するという事らしい。
「もちろん、反対する勢力も居るようです」
「なるほど。安全規制などを下げてまで再開発しようというのは、それだけ電力を必要としているという事。そこに付け込んで、S型励魔発電プラントを売る事もできそうですね」
「やりましょう。アメリカ人にも安全な電力を届けるのです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます