第768話 ハセヌ鬼王が残したもの

「ハセヌ鬼王は、何を叫んだのかな?」

 アリサが俺に視線を向けた。

「いや、俺にも分からないよ。メティスはどうだ?」

『私にも分かりませんでした。ただ罵声ばせいだったような気がします』


 メティスが『気がします』というのは珍しい。ただ罵声だというのは十分にあり得る事だ。俺たちは棺の中を調べる事にした。


 石棺の傍に白魔石<小>が落ちているのを拾い上げた。白魔石という事は少なくとも邪神眷属ではなかったようだ。


 エルモアが最初に棺の中を確認した。続いて俺が中を覗くと、棺の底に落ちている二つのものが目に入る。それは鑑定モノクルのようなものと太い六角棒のようなものだった。


 俺は心眼を使って二つを鑑定した。モノクルは『思考モノクル』、六角棒は『鬼神の破砕鞭はさいべん』と分かった。それを二人に教える。


「『思考モノクル』? 鑑定モノクルと同類のものなの?」

「いや、違う。思考のサポートをする魔道具のようだ。頭の中に複数のモニターを展開し、そこにデータや図を貼り付けながら、思考をサポートするようだ。それに記憶装置のような働きもするらしい」


 アリサが目を輝かせた。

「これはアリサが使いたいみたいなんだが、いいか?」

 俺は由香里に尋ねた。

「ええ、いいですよ。もう一つの武器はどういうものなんですか?」


「説明するより、実際に使った方が早いな」

 俺は鬼神の破砕鞭と呼ばれる六角棒を手に取り調べた。六角棒の両端の一方は槍の石突きのようになっており、反対側はくぼんでいる。その窪みは収納魔道具のような機能になっているようだ。


 俺が鬼神の破砕鞭に魔力を流し込むと、その窪みから朱鋼で作られた真っ赤な鎖が出てきた。この鎖には<破砕>の特性が付与されており、魔力を流し込んでいる者以外と接触するとばらばらに砕いてしまうというものである。


 俺は魔力を流し込みながら破砕鞭を八メートルほどに伸ばした。その破砕鞭をスナップを効かせて石棺に向かって叩き付ける。その瞬間、石棺が粉々に砕けた。


「ああっ、凄い」

 由香里が声を上げた。確かに凄いが、地獄谷全体を聖光で満たしてドラウグオーガを殲滅した神剣ヴォルダリルに比べると地味に思える。


「こういう武器なんだ。誰か使う?」

 そう呼び掛けると由香里が顔を向けた。

「グリム先生は使わないんですか?」

「俺には、神剣ヴォルダリルやオムニスブレードがあるから」


「だったら、ガレスに使わせてもいいですか?」

「ガレスというと、戦闘用シャドウパペットの?」

「そうです」

「いいけど、使い熟せるようになるには、かなりの訓練が必要だぞ」

「頑張ります」


 俺は鬼神の破砕鞭を由香里に渡した。由香里はガレスのために片手で使える武器を探していたという。ガレスはタワーシールドを使うので、片手の武器が良いと考えたようだ。


「この埋葬地を調べてみない?」

 アリサが提案した。このドーム状の空間を造っている石壁には、模様の壁画で埋め尽くされている。だが、その中には魔法文字で書かれた文章が刻まれたものがあり、それにアリサが気付いたのだ。


 エルモアにカメラを渡して撮影するように指示した。三人で手分けして調べると、面白い事をアリサが発見した。ハセヌ鬼王の部下たちが反逆者を地獄谷におびき出した方法を見付けたのだ。


「へえー、ハセヌ鬼王の部下たちは、ハセヌ鬼王の亡骸なきがらと鬼神の破砕鞭をえさにして、反逆者たちを地獄谷に誘き寄せたようね」


 当時は地獄谷の底まで通じているトンネルのようなものがあったらしい。そこから反逆者たちが地獄谷に侵入するとトンネルを崩して閉じ込めたようだ。罠に嵌ったオーガたちは、ハセヌ鬼王の部下を呪いながら死んだのだろう。


「グリム先生、これを見てください」

 由香里が何かを発見して叫んでいる。俺とアリサはそこへ歩いた。由香里が発見したのは、神殿文字で書かれている文章だった。


 俺はそれを読んで驚いた。そこには邪神ハスターが封印されている場所を示唆しさする言葉が書かれていたのだ。それによると、邪神ハスターは地球にあるダンジョンに封印されている訳ではないようだ。


 邪神ハスターは地球がD粒子に包まれる以前に、ダンジョン神により封印された。という事は、その封印場所は地球以外なのだ。その文章には神の道を通っても、八年掛かる星に邪神ハスターは封印されているようだ。神の道というのは何だ?


「邪神ハスターが封印から解放されたとしても、地球に来るまで八年掛かるという事?」

「いや、それは分からない。神の一員である邪神なら、一瞬で地球まで来れるような手段を持っているかもしれない。だが、何のために地球に来る?」


 アリサが首を傾げた。

「そうよね。普通は封印した者から逃げるか、封印した者に復讐するかの二択だと思うの」

 二度と封印されたくないから逃げるというのは考えられる事だ。再戦するとしても、邪神ハスターは封印された事で弱っているはずだから、アホではない限り回復するまで待つと思う。


 しかし、邪神が逃げる事を考えているのなら、地球のダンジョンに邪神眷属を増やすなどという真似はしないはずだ。邪神が地球を狙っているのは間違いないだろう。気になるのは、その理由である。


 その神殿文字の文章の中に、邪神の邪卒じゃそつという言葉があった。それはダンジョンが作った魔物ではなく、邪神自身が生み出した魔物の事だ。


 封印された邪神は、邪卒を生み出す力まで封印されていた。それはギャラルホルンの機能が正常に作動しているからのようだ。


「すると、ギャラルホルンに異常が起きたらどうなるんだ?」

「嫌な予感しかしませんね」

 由香里が不安そうな声を出した。ギャラルホルンは傷付いて時間経過とともに完全に壊れようとしている。その過程で邪神の力が解放されるのではないかと思ったようだ。


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