第729話 姉川ダンジョン

 俺はアリサと天音に相談して、宇喜多電機を手に入れる事にした。その日の株価を調べると、六百円ほどになっていた。業績が良かった頃は数千円だった株価が、業績悪化を受けて暴落しているらしい。


 俺は仲介会社に頼んで売りに出ている宇喜多電機の株を買うように指示した。その時、値上がりしないように急激に買わないように注意する。これはメティスからのアドバイスだ。大口株主の持つ株も買い取るように指示した。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 励起魔力発電システムの開発が一区切りついたので、天音は久しぶりに千佳に会いに行った。千佳の家に行くと、道場から勇ましい声が聞こえてきた。


 道場を覗くと、千佳とその兄である剣壱が地稽古をしていた。竹刀を持って向き合う二人は、激しい打ち合いを始める。力は剣壱が上であるが、スピードと見切りは千佳が上のようだ。


「キエエエー!」

 気合の入った声が道場に響くと、剣壱が千佳の小手を狙って竹刀を振り下ろす。千佳が『疾風の舞い』を応用した歩法で舞うように横に移動して躱すと、剣壱の胴へ竹刀を送り込む。


 剣壱の胴から小気味好い音が響いた。

「負けた」

 剣壱が悔しそうな声を上げる。

「今日の風呂掃除は、兄さんに決定です」

 風呂掃除を賭けて勝負をしていたらしい。天音は吹き出すように笑った。


「天音、来ていたの」

「ええ、風呂掃除を賭けた大勝負を、見学させてもらったわ」

 千佳が肩を竦めた。

「開発はどうなったの?」

「試作品が完成したので、一区切りして休む事になったの」


「そうなんだ。お茶でも飲みましょう」

 千佳が天音を母屋へ案内しながら言った。

「千佳は何をしていたの?」

「私は鳴神ダンジョンの二十層で、ダークリザードマン狩りをしていた」

「へえー、影魔石が狙いの狩りか、面白そうね」


 千佳と天音は喋りながら、一緒にダンジョンへ行こうという話になった。鳴神ダンジョンではマンネリになるので、琵琶湖の近くにある姉川ダンジョンへ観光も兼ねて行こうと話し合う。


 なぜ姉川ダンジョンにしたかというと、その十二層に朱鋼の鉱脈があるからだ。天音は励起魔力の独自研究をしたいと思っているので、朱鋼が必要だった。


「姉川ダンジョンは、珍しい魔物が居ると評判なのよ」

 千佳が教えてくれた。中級ダンジョンだが、珍しい魔物が居るので人気のダンジョンらしい。


 その翌日、天音と千佳は列車で滋賀県へ向かう。姉川ダンジョンの近くにある冒険者ギルドに到着した二人は、資料室で姉川ダンジョンの事を調べ始めた。


 この近辺のダンジョンというと姉川ダンジョンしかないので、ここはF級からD級の冒険者だけのようだ。B級の天音たちは、珍しい存在なのだ。その日も資料室にD級の冒険者が数人居た。


「一層から調べましょう」

「ええ、資料はこれね」

 天音たちが調べ始めると、地元の冒険者たちが注目した。見ない顔なので興味を持ったのだろう。


「見ない顔だな。どこから来たんだ?」

 二十代前半の若い冒険者が尋ねた。千佳がそちらに目を向ける。

「渋紙市からよ」

 冒険者の間では渋紙市は有名になっており、その冒険者も聞き覚えがあったようだ。


「もしかして、生活魔法使いなのか?」

 千佳は一瞬ためらったが、頷いた。千佳の魔法レベルは、生活魔法が『20』、魔装魔法が『15』になっている。学院時代は魔装魔法使いと名乗っていたが、今では生活魔法使いが正しかった。


「そうですけど、何か?」

「いや、女性だけ二人のチームというのは珍しいから、気になっただけだ。どこまで潜るんだ?」

「十二層の朱鋼を採掘に行きます」


 その冒険者が変な顔をする。

「やめといた方がいいぞ。十層の中ボス部屋へ行った連中が戻って来ないんだ。中ボス部屋に強い魔物が現れたらしい」


 新しい中ボスの名前が出て来ないのは、確認した冒険者が居ないからだそうだ。

「ありがとう」

 礼だけ言って、資料の調査を続けた。礼を言われた冒険者が、にやけた顔で仲間のところへ戻っていった。天音たちがD級より上だと気付いていないようだ。


 その日は調査だけして、ダンジョンへは翌日から潜る。天音たちがダンジョンに潜ると、その後ろから冒険者チームが続いて入る。


「後ろのチームの中に、昨日話し掛けてきた人が居る」

 千佳が声を上げた。天音も確認すると、中ボスが復活したと教えてくれた冒険者だ。もしかすると、中ボス討伐に行くのかもしれない。


「そう言えば、十層の中ボス部屋に復活した魔物というのは、何だと思う?」

 千佳が天音に質問した。水月ダンジョンの最初の中ボスは、ゴブリンロードである。グリムが倒した時は、ゴブリンキングという特殊なパターンだったが、今回も特殊なパターンなのかもしれない。


 天音は後ろを歩く冒険者たちに、なぜまだ確認できないか質問した。もしかして、中ボス部屋を外から覗けないような構造なのだろうか。

「その通りだ。外からは確認できない。でも、普通はイエローオーガが中ボスなんだ」


「あなたたちが倒すつもりなの?」

「まさか、おれたちじゃ倒せないよ。支部長がC級の冒険者を手配している、と言っていた」


 天音と千佳を顔を見合わせ頷いた。自分たちで中ボスを倒そうと考えたのだ。ちなみに、答えてくれた冒険者は若山わかやまという名前らしい。このチームは九層のダークキャット狩りに行くのだという。


 若山たちはよく知っているダンジョンなので先に行った。天音たちはのんびりとダンジョンを進む。

「十層の中ボスは、何だと思う?」

「普通はイエローオーガらしいから、ブルーオーガかも」

「ブルーオーガか、D級だと難しいのかな」


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