第723話 ベヒモスの正体

 ダンジョン内に入った瞬間、巨大な存在感を持つ魔物がダンジョンに居る事を感じた。但し、リビアのダンジョンに居るベヒモスより、存在感は小さく感じる。リビアの方がクジラなら、こちらはシャチという感じである。


 まあ、存在感と強さはイコールではないが、比例すると考えている。ここに居る偽ベヒモスは、本物より劣るがバハムート並みの強さがありそうだ。


 俺は巨大な存在感を頼りに進んだ。瞬く間に三十一層に到着し、遠くに居る巨大な魔物を目にした。遠くから見る魔物は、カバのような胴体と猪の頭であり、ベヒモスに似ていた。但し、オレンジ色ではなく灰色の毛で覆われている。


 グレイ・ベヒモス? 大きさはこちらのベヒモスの方が一回り小さいようだ。俺は心眼で解析を始める。最初に魔物の名前が『ベヒモス』と判明した。


 そんなはずはない。巨獣は世界に一匹ずつしか存在しないと言われている。ベヒモスが二匹も居るはずがないのだ。俺は心眼での調査を続けた。


 そう言えば、リビアのベヒモスはアストラル体の俺に気付いたが、こちらのベヒモスは気付かないようだ。三十分ほど解析して答えを得た。


 こいつの正式な名前は『プアリィベヒモス』、不十分な、あるいは不完全なベヒモスという意味らしい。どうやらベヒモスを創り出す過程で失敗した魔物で、神の気まぐれでダンジョンに組み込まれたようだ。


 ベヒモスが仕留められたという記録が残っているが、仕留められたのはどちらのベヒモスだったのだろう? プアリィベヒモスだったという可能性が高い。性能の低い鑑定では、プアリィベヒモスも『ベヒモス』という結果になるからだ。


 こいつを倒すと躬業の宝珠が手に入るのだろうか? アメリカが目を付けたようだから、ジョンソンたちに任せるしかないだろう。俺は撤退した。急いでダンジョンを脱出し、渋紙市の屋敷にある肉体に戻る。


「ううっ」

 背伸びして固まった筋肉を解す。アストラル体の俺が見ていたのと同じものが、万里鏡に映し出されたはずなので、それを見ていたアリサとモイラは顔を青褪めさせていた。


「あれはベヒモスよね?」

「ちょっと違う。あれはプアリィベヒモスという魔物だった」


 それを聞いたモイラが納得できないという顔をする。

「あんなに大きかったのに、不十分なのですか?」

「ああ、本当のベヒモスは、あいつより一回り大きいし、毛の色はオレンジ色なんだ」


「グリム先生は、あれを倒しに行くの?」

「いや、あれはアメリカに任せるよ」

 それを聞いたモイラはホッとしたようだ。戦闘経験の少ないモイラでも、プアリィベヒモスの強さを感じたらしい。俺の事を心配してくれたのである。


「アリサは、ベヒモスが一度倒されているのを知っているかい?」

「ええ、A級冒険者九人が、最大級攻撃魔法を使った一斉攻撃で、仕留めたんでしょ」


「前から疑問に思っていたんだ。本物のベヒモスを最大級攻撃魔法で仕留められるだろうかと」

「最大級攻撃魔法というと、『メテオシャワー』や『ブラックホール』?」


「たぶん、そうだろう。どちらにしても本物を倒すには、力不足だと思う」

 それを聞いたモイラが目を丸くする。それを見たアリサが、優しくモイラの肩を抱いた。


「そろそろ夕食だ」

 俺たちは食堂へ向かった。食堂では根津が夕食を食べており、冒険者ギルドで由香里と会ったと言う。


「今度、B級昇級試験を受けるそうですよ」

 俺はアリサに視線を向けた。

「知っていた?」

「ええ、由香里から聞きました。やっとアイアンドラゴンが復活したみたい」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 由香里は雷神ダンジョンの十五層へ到着してホッとした。それを見た『蒼き異端児』チームの白木が笑う。


「本番は、これからだぞ」

 白木はA級の後藤と同じチームでB級魔装魔法使いである。彼が由香里のB級昇級試験で試験官に選ばれたのだ。


「そうなんですけど、やっと十五層ですよ。こんな事ならホバービークルを持って来るんだった」

「ホバービークルって、グリム先生が乗っている空飛ぶ乗り物だろ?」

「ええ、同じものをアリサと天音、千佳、あたしで共有しているんです」


「金持ちだな。あれは何億円もするんじゃないか?」

「売れば、もっと高いと思いますけど、それくらいは白木さんでも買えるでしょう」

 それを聞いた白木がニヒルに笑う。

「江戸っ子は、宵越しの銭は持たねえんだ」


 由香里がジト目で白木を見る。

「B級冒険者なんだから、年収は数億ありますよね。それで貯金もないんですか?」

 『桃色クラブ』という店で、白木がチームの秘密を漏らして後藤に怒られた話を、由香里は思い出した。


「金なんて、使わなきゃ意味がないんだよ」

「まあいいですけど」

 由香里はアイアンドラゴンを探した。探し始めて三十分ほどで目当てのアイアンドラゴンを発見する。


「相手はドラゴンだ。油断するなよ」

 白木が由香里に言った。

「はい、頑張ります」

 由香里は衝撃吸収服のスイッチを入れ、ミスラ神の槍であるワズラを取り出す。このワズラは伝説級の魔導武器で【斬光】と呼ばれる機能を持っていた。


 【斬光】は魔力を光の斬撃に変えて撃ち出すもので、アイアンドラゴンでもダメージを与えられる。但し、仕留めるだけの威力はない。


 アイアンドラゴンが由香里に気付き、咆哮を上げて迫って来る。由香里は獲物を睨み付け、攻撃魔法の『ソードフォース』を放った。魔力の刃が飛翔し、アイアンドラゴンに当たって突進が止まる。だが、傷は浅く少しだけ切り裂いただけだ。


「硬いわね」

 由香里が習得している攻撃魔法では倒せそうにないので、連続で『クラッシュボール』を発動し、複数のD粒子振動ボールをアイアンドラゴンに向けてばら撒く。


 その中の二つがアイアンドラゴンに命中し、空間振動波が巨体に穴を開ける。内臓に穴が開いたのか、苦しそうな仕草をするアイアンドラゴンにトドメを刺そうとした時、アイアンドラゴンがいきなり跳躍して体当たりを敢行する。


 由香里は冷静に七重起動の『ティターンプッシュ』を発動し、直径一メートルのティターンプレートを放った。


 空中でアイアンドラゴンの頭とティターンプレートが激突し、頑丈な巨体が弾き飛ばされる。それを後ろで見ていた白木は、あんぐりと口を開けてしまう。


「嘘だろ、あの巨体を弾き飛ばすなんて」

 白木の言葉は由香里には届いていない。由香里は『ホーリークレセント』を発動してトドメを刺そうとしていた。聖光分解エッジがアイアンドラゴンに向かって飛ぶ。


 次の瞬間、アイアンドラゴンの首が切り裂かれて飛んだ。空中を舞った巨大な頭は、地面に落ちて消える。それを確かめた白木が由香里に駆け寄った。


「凄えな。B級昇級試験は合格だ」

「ありがとうございます」


 その後、ドロップ品として金属球と魔導技術書を回収した。


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