第694話 生活魔法使いの新鋭
東京にある冒険者ギルドの理事長室で、慈光寺理事と潮崎理事長が話をしていた。
「君は
慈光寺理事は『そうだ』と言いたかったが、否定した。
「そうではありません。河部君の魔法レベルが『15』なのに、D級冒険者だというのが、気になるのです」
潮崎理事長が不機嫌そうな顔をする。
「運悪く活躍の場に恵まれなかっただけだ。彼ならば、メンバーを邪神眷属に勝てるように鍛えてくれるだろう」
慈光寺理事は理事長の意見に同意できなかった。
「本当に大丈夫なんですか?」
「間違いない。そんなに信用できんのなら、証明させる」
「証明? どうやって?」
「決まっている。河部君に邪神眷属を倒してもらう。その功績で彼にC級の昇級試験を受ける資格を与える」
慈光寺理事は『なるほど』というように頷いた。本当に河部に実力があるのなら、彼にチャンスを与えるのも悪くない。だが、その実力が絵に描いた餅なら、悲劇が起きるだろう。
潮崎理事長の言葉が切っ掛けとなったように、その数日後に邪神眷属のブルーオーガが岐阜県の下呂ダンジョンで発見されたという報告があった。それを知った潮崎理事長は、河部に邪神眷属のブルーオーガを倒すように依頼を出した。
指名依頼を受けた河部は、チャンスが来たと喜び岐阜県へ向かう。下呂市に到着した河部は、近くの冒険者ギルドで状況を聞いた。
「お待ちしていました。ブルーオーガは下呂ダンジョンの六層に居ます」
河部は背が高く逞しい体格をした男だった。しかも才能にも恵まれ、魔装魔法が『B』、生活魔法が『A』という魔法才能を持つ高スペックの冒険者である。
但し、他人との協調性に乏しくチーム行動が苦手だという事が災いし、ダンジョン攻略で出遅れる事が多く、大物と遭遇した経験がない。
だが、彼にもチャンスが訪れた。下呂ダンジョンに出現した邪神眷属のブルーオーガを倒せば、C級の昇級試験が受けられるという仕事が回ってきたのだ。
「誰か案内してくれ」
河部が頼むと、地元の冒険者である
「河部さんは、生活魔法使いなんですよね?」
「ああ、そうだ」
「最近の生活魔法の発展は凄いですから、羨ましいです」
柳瀬の言葉に河部が笑う。
「以前なら、馬鹿にされていたのに、変わったものだ」
「でも、グリム先生の活躍で、生活魔法の評価が変わりましたからね」
それを聞いた河部はムッとした顔になる。
「ふん、生活魔法使いはグリム先生だけじゃないぞ」
河部は日本において冒険者のトップになるという野望を心に秘めていた。生活魔法使いのグリムにできたのだから、自分もできると考えているのだ。
目的のブルーオーガは、今登っている山の中腹に居るらしい。しばらく黙ったまま登っていると、アーマーボアと遭遇した。
周りは杉のような木が生い茂っているが、その一帯だけ空き地となっている場所だった。足場は悪く走り回れば転びそうなところである。
そんな状況でアーマーボアが河部たちに気付き、凄い勢いで襲い掛かってきた。河部は『クラッシュボール』を発動し、D粒子振動ボールを放つ。
そのD粒子振動ボールがアーマーボアの足を貫通した。その結果、自身の勢いを制御できなくなったアーマーボアは地面を転がる。倒れたアーマーボアに駆け寄った河部が、『クラッシュソード』で仕留めた。
「瞬殺ですか。凄いですね」
柳瀬が感心して声を上げた。
「これくらいは、当然だ。アーマーボアに手子摺るようでは、一人前の生活魔法使いとは言えない」
河部は魔石を拾い上げると、中腹を目指して再び登り始めた。そして、山の中腹に出来た
河部はマジックポーチから火炎剣という魔導武器を取り出す。炎による追加効果を発揮する武器で、サラマンダーを倒して手に入れた武器だ。
ブルーオーガは蒼銀製の戦鎚を持っており、それを右手に持ってゆっくりと河部の方へ歩いてくる。それは余裕のある態度だった。邪神眷属となった魔物の余裕という事だろう。
河部は『ホーリーキャノン』を発動し、聖光グレネードをブルーオーガの足元に撃ち込んだ。着弾して聖光が付与されたD粒子が飛び散ると、ブルーオーガにダメージを与えた。但し、直撃した訳ではないので、致命的なダメージではない。
全身に刻まれた傷から血を流すブルーオーガが、吠えながら迫って来る。それを迎え撃つ河部は、冷静な態度で『ホーリークレセント』を発動し、聖光分解エッジを飛ばした。
三日月型の聖光分解エッジがブルーオーガに向かって飛翔。それに気付いたブルーオーガが地面に身体を投げ出して避ける。
「チッ、外したか」
本来なら素早い動きで攻撃してくるブルーオーガが、初撃の『ホーリーキャノン』のダメージで素早く動けないようだ。これは河部が幸運だった。
それに気付いた河部は、連続で『ホーリーキャノン』を発動して何発も聖光グレネードを叩き込んだ。グリムやその弟子たちのような早撃ちではないが、かなりの威力がある攻撃である。その結果、聖光の効果を秘めた爆発でズタボロになったブルーオーガが消える。
「うわっ、凄いですね」
後方で見守っていた柳瀬が大きな声を上げた。それを聞いた河部は嬉しそうに微笑む。そして、ドロップ品を探し始める。『マジックストーン』も使い魔石と短剣、それに指輪を回収した。
地上に戻った河部は、冒険者ギルドでブルーオーガを倒した事を報告し、ついでに短剣と指輪の鑑定を頼んだ。
「短剣は『光の短剣』で、指輪は『
鑑定のために奥へ行った職員が戻ってきて結果を伝えると、河部は満面の笑顔となった。
「『光の短剣』は冒険者ギルドが高値で購入すると聞いた」
「はい、一億二千万で買い取らせてもらいます」
河部は『光の短剣』を売って、『羅刹の指輪』を指に嵌めた。
東京に戻った河部は、潮崎理事長と慈光寺理事が待つ部屋に呼ばれ、正式に邪神眷属の対応チームを指導する教師役への就任を要請された。ちなみに、教える生徒が警察官なので、教える教師は『教官』と呼ばれる事になる。
「せっかくの申し出だが、お断りする」
「何だって?」
潮崎理事長が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。その後、怒りの顔になった。
「な、何を言っている。君を教官にするために、便宜を図ったのだぞ」
「それには感謝しますが、三ヶ月も新米を指導するなんて、馬鹿らしくなったんです」
一億二千万円を手に入れた河部は、教官という仕事が役不足だと思えてきたのである。慈光寺理事は苦笑いを浮かべ、潮崎理事長はカンカンになって怒ったが、血圧が上がりすぎて
理事長を乗せた救急車を見送った慈光寺理事は、『そろそろ理事長も限界だな』と呟いた。
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