第679話 日常に戻る

 スコットニー少佐が、ダンジョン担当補佐官のデリック・ニコルソンにもう一度説明して欲しいと頼んできた。


「報告すべき事は全て話したから、少佐が説明すればいい」

「済まない。私では補佐官から質問があった時に、答えられない」

 仕方ないので、俺たちはニコルソン補佐官が居るというホテルへ向かった。ホテルの一室に補佐官が待っていた。


 少佐が皆を紹介し、俺たちは報告を始めた。

「なるほど、ピゴロッティとヨルムンガンドを倒したのは、榊氏なのですね。その功績を評価して、特別報酬と冒険者ギルドの実績ポイントを追加しましょう」


 ニコルソン補佐官は銀魔石と箱の代金も報酬の中に追加してくれた。それぞれが億単位の金額となったが、妥当なところだろう。


「ところで、榊さんはどのような方法で、ヨルムンガンドを倒したのですか?」

「最上級の魔導武器で倒しました」

「ほう、それはどんな魔導武器です?」

「オムニスブレードという武器です。特別なエネルギーの刃を形成します」


「ジョンソンさんから、その特別なエネルギーを使って邪気を払ったという報告を聞きました。それは邪神を殺せるほどの力なのかね?」


「オムニスブレードで、邪神を倒すのは無理です」

 ニコルソン補佐官は残念そうな顔をした。

「そうか。となると、巨獣を倒さねばならないな」


 アメリカは巨獣討伐を諦めていないようだ。俺も神剣ヴォルダリルを修理するためには、レヴィアタンを仕留めなければならないので、準備をしなければならない。


 俺はディオメルバについて質問した。

「ディオメルバは、指導者であるピゴロッティが死んだ事で、崩壊するでしょうか?」

「崩壊するかどうかは分からない。だが、ピゴロッティが死んだ事で、活動資金が引き出せなくなったと思っている」


 活動資金がなければ活動できなくなり自然消滅するだろうと、アメリカは考えているらしい。そう言っても、残党を見逃すつもりはないらしい。逮捕して情報を得たいようだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 補佐官への説明が終わり、俺は日本に帰国した。しばらくして冒険者ギルドへ行くと、俺のA級ランキングが九位になったと、近藤支部長から伝えられた。


「アメリカで、どんな仕事をしたかは知らないが、アメリカ政府はかなり感謝しているらしい」

「きちんと依頼を達成しただけですよ。それよりA級二位のネイサン・ブラッドリーと会えなかったのが残念でした」


 アメリカ人のブラッドリーは、『音速の狩人かりうど』と呼ばれる高速戦闘術の使い手で、地神ドラゴンを剣一本で倒すほどの達人だと聞いている。アメリカでの仕事だと聞いた時には、ブラッドリーと会えると思っていたのだ。


「ブラッドリー氏は、イタリアのピサダンジョンに潜っていると聞いている。あのダンジョンで新たな遺跡が発見されたのだ」


 その遺跡に興味が湧いたが、アメリカから帰ったばかりなので行く気にはならない。それにブラッドリーが行っているのなら、何か発表があるだろう。


 屋敷に戻る途中、渋紙市の西側を流れる沙羅瀬川さらせがわの河原でコムギと数匹の猫が集まっているのを見た。気になったので近付いていくと、コムギが川岸から川の中にある岩の上に飛び乗った。


 危ないと思ったが、シャドウパペットなら溺れる事はないと思い出す。ジッと川面を見ていたコムギが、いきなり川の中に飛び込んだ。


 何をしているのか分からずに見ていると、コムギが自分の身体より大きなこいを咥えて、川から上がってきた。そして、鯉を集まっている猫の前に放り投げる。


 ピチピチと跳ねている鯉に猫たちがトドメを刺すと食べ始めた。コムギは猫たちが食べやすくなるように、鯉の鱗を爪で除去し始める。


 コムギ、何をやっているんだ? いや、やっている事は理解できる。だが、何で野良猫の世話をしているのかが分からない。


「あっ、グリム先生だ」

 後ろを見ると、バタリオンのメンバーであるチサトの弟であるイブキがランドセルを背負って走ってくる。小学校の帰りらしい。


「何を見ているの?」

「あれだよ」

 俺はコムギたちを指差した。

「コムギでしょ。また家来の猫たちにえさを上げているんだね」


 イブキの言葉を聞いてちょっと引っ掛かった。

「コムギは、何度も魚を獲って野良猫に与えているのか?」

「この辺じゃ有名だよ」

 こういう事を繰り返しているのなら有名になるだろうが、俺は知らなかった。自由にさせ過ぎだろうか?


 先ほどまで邪神の事を考えていたのに、今はコムギの行動を考えている。バカらしくなったので、自由にさせる事にした。


 イブキを送り届けた後、屋敷に戻った。アリサとモイラが出迎えてくれる。

「お帰りなさい」

「お帰り」

 モイラがニコニコしている。その腕の中には小さな猫型シャドウパペットが抱かれていた。そのシャドウパペットはモイラが始めから一人で作ったものらしい。


 モイラはコムギのようなペット型のシャドウパペットが欲しかったようだ。作った真っ白な子猫型シャドウパペットを抱いたモイラは、本当に嬉しそうにしていた。ただコムギがペットの範疇はんちゅうに入るかどうか微妙だと思う。


「これからどうするの?」

 アリサが予定を尋ねた。

「しばらくゆっくりしようと考えている」


 邪神が復活するにしても、後数年の時間がある。今までに分かった事を整理して、時間を掛けて考えようと思ったのだ。


 今回手に入れた『並列思考のペンダント』も使えるように練習しなければならないし、邪神ハスターの封印が少しずつ弱っているのなら、邪神眷属も増えるので対策が必要かもしれない。


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