第16章 巨獣と躬業編

第680話 オークコマンダーの邪神眷属

 グリムの弟子であるシュンは、一人で青森に来ていた。青森県と秋田県の境にある十和田湖とわだこの近くに中級ダンジョンがあり、そこに潜る予定なのである。


 目的は十和田ダンジョンの十層に復活した中ボスだった。十層の中ボスはオークコマンダーなのだが、これが邪神眷属だと分かったのだ。


 青森の冒険者ギルドは邪神眷属を倒せる冒険者を探し、シュンが依頼を受けたのである。青森に到着したシュンは、冒険者ギルドへ向かった。


 到着すると支部長室へ案内される。ここの支部長はまだ三十代と思われる女性だった。

「私が支部長の館林たてばやしです」

皆川みながわ駿しゅんです。皆からはシュンと呼ばれています」


 館林支部長が観察するようにシュンを見た。

「その若さで、もうすぐB級だそうね」

「仲間に助けられて、B級の昇級試験を受けられる事になっただけです」


 支部長が感心したように頷いた。

「謙虚なのね。いい事よ」

 められる事に慣れていないシュンは、照れたように笑う。

「それで案内をしてくれる冒険者は、決まりましたか?」


 シュンが尋ねると、支部長が顔をしかめた。

「もちろん、用意しているわ。ただ一番優秀な冒険者ではなく、魔法学院を卒業したばかりの冒険者になってしまったの」


「別段、構いませんよ。戦うのは僕だけなんですから」

「しかし、中途半端な実力だとシュン君の負担になる」

「中級ダンジョンの十層程度なら、階段の位置を教えてくれるだけで十分です」


 邪神眷属と言っても、相手はオークコマンダーなので問題ないだろうとシュンは思った。オークコマンダーは体長が二百二十センチほどで、大剣を装備している。オークジェネラルの部下という位置づけの魔物である。


「この地方にも、生活魔法使いを養成しようという声はあるのだけど、教師を引き受けてくれる人材が居ないのが、問題なのよ」


 邪神眷属が現れた頃から、邪神眷属用の魔法が多くある生活魔法の使い手を増やそうと考える者たちが増えた。ただ教える人材が居ないというのが問題なのである。


 フランスなどは、魔装魔法使いや攻撃魔法使いの中で生活魔法の才能がある者に、国が補助金を出して習得するというサポートプログラムを作って増やしたらしい。


 それを知った日本もフランスの真似をしたのだが、出した補助金の金額が少なすぎてサポートプログラムに応募する人数が少なかったようだ。


 その後、シュンは案内する冒険者を紹介してもらった。魔法学院を卒業したばかりだというと、十八歳か十九歳のはずだが、どう見ても四十歳くらいの男性だった。


「先ほど魔法学院を卒業したばかりだという話でしたけど、卒業したばかりというのは二十年くらい前の話ですか?」


「いや、本当に魔法学院を卒業したばかりなの。但し、入学したのは三十五歳になってからなのだけど」


 そのおじさんがペコッと頭を下げた。

金田かねだ一誠いっせいです。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


「金田さんは、魔装魔法使いなんですか?」

「いや、攻撃魔法使いですよ。それに生活魔法の才能も『D』なので、少しだけ生活魔法も使えます」

 シュンが首を傾げた。身体が本格的に鍛えた者の身体だったからだ。その様子に気付いた支部長が教えてくれた。


「金田さんは、元プロサッカー選手だったのです」

「サッカー選手から、冒険者にですか。珍しいですね」

「若い頃、冒険者になるか、サッカー選手になるか迷って、サッカー選手になったが、あまり活躍できないうちに引退しただけですよ」


 支部長との話が終わり、シュンは近くのホテルに泊まった。翌朝早く十和田ダンジョンへ行くと、ダンジョンハウスで着替える。シュンはグリムから衝撃吸収服を支給されていた。その衝撃吸収服の上にスティールリザードの革で作製した革鎧を装備していた。


 シュンの魔法レベルは『15』になっており、才能『D+』の限界に達していた。これ以上伸ばすには、『才能の実』か『限界突破の実』が必要になる。


 ちなみに、才能『D+』の限界に達した者が『才能の実』を食べると『B』になり、『限界突破の実』を食べると『C+』になるらしい。


 ダンジョンの前で金田が待っていた。挨拶してダンジョンに入ろうとした時、ダンジョンから冒険者チームが怪我をした仲間を抱えて出て来た。全員が怪我をしており、一人が片足を失っている。


 金田がその中に知っている顔を見付けて声を掛けた。

弘樹ひろき、何があったんだ?」

「十層の中ボスを倒しに行って……逃げてきた」

「馬鹿野郎! お前たちに邪神眷属が倒せる訳はないだろ。何を考えているんだ?」


「俺たちは邪神眷属用の剣を買って、倒しに行ったんだ」

 邪神眷属にダメージを与えられる剣というのは、ほとんどが『光の剣』である。購入するとなると、億単位の金額が必要になるはずだった。


 それを不思議に思ったシュンは、確認した。

「それは『光の剣』ですか? いくらだったんです?」

「『光の剣』じゃないけど、三百万円だった」


 嫌な予感がしたシュンは、本物だったのか尋ねた。

「偽物だった。それでエスケープボールを使うしかなかったんだ」

 それを聞いたシュンは顔をしかめた。オークコマンダーは人型に分類される魔物なのだ。つまりエスケープボールを使った事で、邪神眷属が中ボス部屋から出て、自由に動き回っているという事だ。


 シュンたちはダンジョンに入るのをやめて、冒険者ギルドへ行って支部長と相談する事にした。


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【あとがき】


 本日から『生活魔法使いの下剋上』が発売開始です。


 購入されたという方、ありがとうございます。

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