第651話 邪神眷属のレッドオーガ

 『蒼空の狙撃手』のリーダーである井出いでは、魔力が回復するまで十分に休んでから中ボス部屋に入るように指示を出した。入った瞬間、攻撃魔法使い四人は魔装魔法の『トリプルスピード』を発動する。素早さを三倍に上げる魔法である。


 『蒼空の狙撃手』は特殊なチームで、攻撃魔法使い四人が魔装魔法の才能も持っていた。とは言え、『D』である。なので、『トリプルスピード』を使えるのだ。


 そして、唯一の魔装魔法使いである川辺かわべは、素早さを七倍にする『トップスピード』を発動した。これがレッドオーガのスピード対策なのだ。


 中ボス部屋の中央に立っていたレッドオーガは、体長が三メートルほどで逞しい体格をしている。そして、左手にタワーシールド、右手にロングソードを持っていた。


 無言で跳躍したレッドオーガが川辺に向かってロングソードを振り下ろす。川辺は朱鋼製の剣で受け流し、後ろに跳躍した。川辺の役割は、レッドオーガを攻撃魔法使いへ近付けさせない事だが、攻撃魔法を使うチャンスを作るという事も含んでいた。


 川辺がレッドオーガから離れた瞬間、三方から『デビルキラー』の攻撃が放たれる。邪神眷属用の魔法である『デビルキラー』は、『デスショット』に<破邪光>の効能を付与したもので、威力は『デスショット』と同じである。


 その破邪徹甲魔力弾に気付いたレッドオーガは、素早く横に跳んで地面を転がる。そこに川辺が攻撃をしようと駆け寄る。川辺は『トップスピード』を使っているが、まだ完全に使い熟せず、素早さを五倍まで上げるのが限界だった。


 それでもレッドオーガとは同等なので、スピードは互角に戦える。但し、パワーにおいてはレッドオーガが大きく凌駕りょうがしていた。


 川辺はレッドオーガの攻撃を受け流しながら、攻撃魔法使いたちの準備が終わるのを待った。自分から攻撃しないのは、邪神眷属用の魔法を習得しておらず、普通の攻撃が邪神眷属に通用しないと分かっているからだ。


 リーダーの井出から合図があり、川辺は後ろに跳んだ。それと同時にレッドオーガが追い掛けるように跳んで、ロングソードを横薙ぎに振る。


 川辺は剣で受け止めたが、身体ごと弾き飛ばされた。その瞬間、井出たちが『デビルキラー』を発動。だが、その攻撃はレッドオーガに読まれており、あっさりと躱された。


 レッドオーガは目標を攻撃魔法使いたちに変え、襲い掛かろうとする。それに気付いた井出は、決断してエスケープボールを使う。


 その瞬間、井出たちは中ボス部屋の外へ放り出された。エスケープボールの判定によれば、身長が二百三十センチを超えると人間とみなされないので、レッドオーガは中ボス部屋に取り残された。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 同じ頃、三橋師範たちは中ボス部屋の前で待っていた。

「この中ボス部屋にも覗き穴があったらな」

 タイチが中の様子を知りたくて声を上げる。

「覗き穴があるのは、水月ダンジョンの中ボス部屋くらいだろ」

 シュンが笑いながら言う。


 タイチが肩を竦め、三橋師範へ顔を向ける。

「師範、『蒼空の狙撃手』が、レッドオーガを倒せると思いますか?」

「さあ、分からん。彼らの事はほとんど知らんからな」


 三橋師範たちが『蒼空の狙撃手』の話をしていると、突然叫び声が聞こえて『蒼空の狙撃手』のメンバーが現れた。三橋師範たちは驚き、突然現れた井出たちを見詰める。


「エスケープボールを使ったのか?」

 タイチが質問すると、井出が不機嫌そうな顔で頷いた。タイチはどんな戦いだったか聞いた。それによると、邪神眷属用の攻撃魔法を当てられなかったと分かった。


 どうやら数の有利を活かしきれなかったらしい。複数の攻撃魔法使いが同じような角度で破邪徹甲魔力弾を放ったので、レッドオーガは避けやすかったのだ。もし、逃げ場を塞ぐように工夫して破邪徹甲魔力弾を放てば、命中していたかもしれない。


 一番の問題はレッドオーガのスピードが素早さ五倍程度なのに、井出たちは素早さを三倍までしか上げられなかった事だ。魔法を素早く発動できずに、レッドオーガに見切られてしまったのである。


 三橋師範たちは一度打ち合わせをしてから、中ボス部屋に入った。レッドオーガは全くダメージを負っていないように見える。


 三橋師範が『韋駄天の指輪』、タイチが『メルクリウスの指輪』、シュンが『オデュッセウスの指輪』に魔力を流し込んで、素早さを上げる。その瞬間、三人の時間が加速され周りの時間がゆっくりしたものに変わる。


 レッドオーガが地面を蹴って高速で駆け出し、ロングソードを振り上げると三橋師範に向かって振り下ろす。三橋師範はぎりぎりで躱し、七重起動の『ホーリーソード』を発動して聖光ブレードをレッドオーガの手首に叩き込む。


 オークナイト程度の魔物なら、手首を切り落とすほどの威力があるのだが、レッドオーガは手首に深い傷を負ってロングソードを放り出しただけだった。


 三橋師範が跳び下がると、タイチが『ホーリーキャノン』を発動して聖光グレネードをレッドオーガに向かって放つ。それに気付いたレッドオーガだったが、避ける余裕がなくタワーシールドで防ぐ。


 盾に命中した聖光グレネードは、爆発の威力でタワーシールドを破壊した。レッドオーガは盾を捨てて跳び下がる。


 戦っている者以外の時間はゆっくりと流れており、レッドオーガが放り出したロングソードやタワーシールドが、まだ宙に浮いている。


 ロングソードが地面に落ちた瞬間、三橋師範がレッドオーガとの距離を縮めて七重起動の『ホーリーソード』を発動し、聖光ブレードでレッドオーガの首を斬り飛ばそうと振り抜く。


 その攻撃を見ていたレッドオーガは、周囲に土を撒き散らすほどの力で地面を蹴った。その勢いを使ってギリギリで聖光ブレードを躱すと距離を取ろうと駆け出す。それを追撃したシュンが『ホーリーキャノン』を発動して聖光グレネードを撃ち込む。


 聖光グレネードは直接命中しなかったが、爆風でレッドオーガを吹き飛ばす。地面を転がったレッドオーガが立ち上がった時、三橋師範が懐に飛び込んでいた。


 レッドオーガは鋭い爪で三橋師範を切り裂こうとする。それを躱した三橋師範は、七重起動の『ホーリープッシュ』を発動してホーリープレートを至近距離で放つ。逃げられなかったレッドオーガがホーリープレートを受けてよろける。


 それを見た三橋師範が七重起動の『ホーリーソード』を発動し、聖光ブレードでレッドオーガの首を斬り飛ばした。


 レッドオーガが光の粒になって消えるのを確認してから、三橋師範たちは素早さを元に戻す。

「やった!」「勝ったぞ!」

 タイチとシュンが全身で勝利を表現しながら叫びを上げた。その様子を三橋師範が嬉しそうに見守る。


 それからドロップ品を探し始めた。すると、日本刀と脇差わきざしが発見され、次に魔石と宝箱が見付かった。


「まず日本刀と脇差を鑑定しよう」

 タイチが鑑定モノクルで日本刀を調べると『明神剣みょうじんけん小狐丸こぎつねまる』と表示された。小狐丸という刀は、稲荷明神が作製したと言われている伝説の刀である。その機能は破邪であり、邪神眷属や霊体のアンデッドにもダメージを与えられる。


 そして、脇差は『千子村正せんごむらまさ』と表示された。初代の村正が打った脇差で、これにも邪神眷属や霊体のアンデッドにもダメージを与えられる機能が付いていた。


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