第641話 穂高ダンジョンの競争

『グリム先生』

 メティスが声を上げたので万里鏡から顔を上げると、壁に飾られていた呪いの鏡が消えた。一つしか選べない仕掛けなのだ。俺は万里鏡を収納アームレットに仕舞う。


「さて、ここから出るにはどうしたらいいかな?」

 元の大きな部屋に戻ると、反対側の壁に階段の入り口が出現していた。鏡を選択すると階段が現れるようになっていたのだ。俺たちは階段を上り、凱旋門に似た門があった森に出た。


「ここは三層だったのか。どこか別の層に転送されたと思っていたんだけど」

『目的の神鏡を手に入れたので、一度戻りますか?』

「いや、目的は神鏡ではなく邪神碑文に刻まれていた神の秘宝だ」

『つまり万里鏡は、神の秘宝ではないかもしれないと考えているのですね?』


「神鏡の事を支部長から聞いたので、神の秘宝と思ったのだが、よく考えると違うような気がする」


『どういう事です?』

「この神鏡は、間違いなくダンジョン神が作ったものだ。だが、邪神碑文にある神の秘宝とは、邪神に関係するものじゃないかと思うんだ」


『なるほど、神の秘宝は別にあると考えておられるのですね。しかも、邪神に関係する秘宝ですか。人間が手に入れて良いものなのでしょうか?』


 それは俺にも分からない。だが、オルトスドラゴンが守っているという何かも気になるので、このまま先に進む事にした。


 森を抜けて階段を見付けると下りる。四層は山岳地帯だった。ここには『スコル』という巨大狼が棲み着いている。フェンリルのような素早さはないが、何でも噛み砕いてしまう牙と体長四メートルの巨体で山中を駆け回る脚力を持っている。


 その他にソルジャーマンティスやブルーオーガも棲み着いているという。

『四層はどうしますか?』

 ナラシンハとの戦いは高速戦闘だったので、それほど時間が掛かっていないはずだ。俺は冒険者たちの先頭グループに入っていると思う。


「戦闘ウィングで飛ぶ事にする。五層には中ボス部屋があるから、その中ボスを倒してドロップ品を狙おうと思う」


 という事で、四層は素通りして五層に向かった。五層はいつも霧が発生しているエリアで、巨大なキノコが生えていた。高さが五メートルもあるようなキノコで、様々な模様のキノコが森を形成している。


「この光景は別世界という感じだな」

『気を付けてください。この中にはキノコに擬態している魔物が居るそうです』

 キノコに擬態している魔物というのは、バーサクマシュルームと呼ばれている。巨大なキノコに短い手足が付いているような姿だ。


 そのバーサクマシュルームを見付けた。巨大キノコの森に潜んでいたんだが、D粒子センサーで簡単に分かった。バーサクマシュルームは大量のD粒子を体内に溜め込んでいたからだ。


 体長は四メートルほどで、近付いて麻痺毒であるガスを吹き出すという攻撃をする。巨大なキノコの化け物は、キノコのように静かに立っていた。だが、エルモアが攻撃しようとするとバーサクマッシュルームが動き出す。


 俺は『ジェットブリット』を発動し、D粒子ジェット弾をバーサクマッシュルームに撃ち込んだ。命中した瞬間、キノコの化け物が燃え上がる。


 燃え上がった状態で近付こうとするバーサクマッシュルームに、『ホーリークレセント』を発動して聖光分解エッジを放つ。火柱が真っ二つになり、バーサクマッシュルームは消えた。


『火に弱いようですね?』

「でも、燃え上がったまま迫ってくるのは嫌だな」

 俺たちはバーサクマッシュルームを燃やしながら進み、中ボス部屋に繋がっている洞穴に到着した。ただキノコの森を突破するのに時間が掛かった事が気になる。


 その洞穴に入って進むと、何人かの冒険者たちが中ボス部屋の前で休んでいる姿を目にした。どうやら先を越されたようだ。待っている者の中にジョンソンが居る。


「先を越されたようですね。誰が一番乗りだったんですか?」

「ドイツのゲラルト・フライベルクだ。A級二十二位の冒険者だ」

 フライベルクと言えば、魔法レベルが『30』で習得できる『メテオシャワー』の使い手だと聞いた事がある。


 『メテオシャワー』は上空にいくつか魔力衝撃弾を形成し、下に居る魔物を貫いて爆発するという攻撃魔法だ。その威力は巨大なビルを崩壊させるほどだという。


 その時、ダンジョンが揺れた。中ボス部屋で大きな爆発が起きたようだ。

「フライベルクが『メテオシャワー』を使ったな」

 中ボスは『ファフニール』というネームドドラゴンだという。A級の高瀬が倒した事があるドラゴンである。


 しばらくすると静かになり、中ボス部屋の扉が開いた。中ボス部屋の前で待機していた冒険者たちが、次々に中に入る。俺も入り中ボス部屋を見回すと、フライベルクの姿がない。


 フライベルクはドロップ品を回収すると、さっさと先に行ってしまったようだ。A級冒険者たちは、急いでフライベルクの後を追った。


「それじゃあ、先に行くぜ」

 ジョンソンも六層への階段を下りていった。最後に俺とエルモアが残る。


『あの人たちは、オルトスドラゴンを倒して、神の秘宝を手に入れようとしているのですね?』

「そうだろうな。でも、その秘宝というのは、何だろう?」

『神鏡ではないとすると、邪神ハスターと戦うための武器か、封印するための道具かもしれません』


 メティスは倒せる武器とは言わず、戦うための武器と言った。邪神を仕留められる武器があるなら、ダンジョン神がとっくの昔に倒しているからだろう。


「万里鏡で、その秘宝を見れないかな?」

 俺が尋ねると、メティスが少し考えてから答える。

『ダンジョンで、初めてのものを試すのは、お勧めできません。特に神が関係しているものなら、安全を考慮するべきです』


 一理あると思い、万里鏡を試すのはやめた。六層へ下りると、そこは海だった。エルモアを影に戻し、俺は『フライトスーツ』を使って飛んだ。


 ここの魔物は、全て海中に棲み着いているものだったので、問題なく通過する。そして、七層の荒野と八層の草原を通過した時には、先頭を進んでいた。


「やっと九層だ」

 俺とエルモアは九層の景色を見回した。それは廃墟の町だった。慎重に進み始め、スケルトンナイトやレイスを倒す。


 順調だと思った時、ヴリトラゾンビと遭遇した。ヴリトラは朱鋼より丈夫な鱗を持つ大蛇である。全長が二十メートル以上もあり、胴体の幅が七十センチほどもある。


 片目が潰れたヴリトラゾンビは、俺とエルモアを目にすると襲い掛かってきた。


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