第608話 ジズ調査の報告
階段に逃げ込んだ俺たちは、入り口から奥へと移動した。その瞬間、入り口付近にもう一度衝撃波が叩き付けられた。その衝撃で俺たちは弾き飛ばされ倒れる。
「痛え。あっ、ホバービークル?」
第一に安全を考え、ホバービークルを置いたまま階段に飛び込んだのだが、結果的に正解だったようだ。但し、外のホバービークルは壊れてしまった。
ジズが離れていくのを確認してから外に出ると、ホバービークルの残骸だけが残っていた。俺はその残骸を収納アームレットに仕舞う。しばらくするとハクロが戻ってきたので、影に入るように命じた。
「収穫はあったけど、ホバービークルは作り直しだな」
新しい特性も手に入ったので、改良版を作る事にしよう。
『グリム先生。戦いの様子を撮影した映像は、アメリカに渡すのですか?』
「ああ、ハインドマンたちも撮影していた事は知っているからな。下手に隠すのも得策じゃない。コピーしておいてくれ」
『畏まりました』
あの映像はジズの資料として一級品だが、それより重要なのは実際に間近で見て感じたジズの実力だった。ハインドマンたちも感じただろうが、倒すには『ブラックホール』以上の魔法が必要となる。
賢者のステイシーが居るので、その辺は考えるだろう。
俺たちは七層へ戻って、そこで野営してから地上に戻る事にした。七層は巨大な昆虫が溢れる森が広がっている。階段の近くだけは岩場になっていて、巨大昆虫も近付かないようだ。
その岩場に折り畳みベッドを出して休憩する。見張り番はエルモアと為五郎がすると伝えたので、ハインドマンたちも装備を付けたまま横になる。
六時間ほど休んでから、俺たちは地上に戻った。ダンジョンの入り口には魔法庁の職員たちが待っており、着替えた俺たちを車に乗せてステイシーが待っている支部へ連れていく。
会議室で待っていたステイシーは、全員が戻った事を喜んだ。
「ご苦労様でした。結果を聞かせて」
ハインドマンが代表して戦いの様子を説明した。その時、俺が撮影していたという事を知ったステイシーは見たいと言う。
俺は頷いて、テレビを要求した。テレビが運ばれて来ると、映像をテレビに映し出す。ステイシーと他の三人も食い入るように見始める。
「ジズのブレスは、風神ドラゴンのトルネードブレスとは違うものなの?」
ステイシーが質問した。だが、風神ドラゴンと戦った事がないハインドマンたちは答えられなかった。
「風神ドラゴンのブレスは、破壊的な威力を持つ空気の渦でしたが、ジズのブレスは空気の渦ではなかったんです。ちなみに、『破砕渦ブレス』と名付けました」
俺が意見を言うとステイシーがなるほどというように頷いた。
ハインドマンも肯定するように証言する。
「あれは空気ではなく魔力だと思う。ただ何か違うようにも感じた」
勘の鋭いハインドマンでも、励起魔力の正体を正確には分からなかったらしい。間近で感じないと正確に分からないのだろう。
「私が気になったのは、あの羽根の防御です。疑似ブラックホールを止めるなんて、尋常なものではありません」
オニールが興奮したように声を上げる。自分の得意な『ブラックホール』が効かなかったので、ショックを受けたようだ。
ハインドマンたちの報告が終わり、調査で得たドロップ品は魔法庁が買い取り、代金を四人で分配する事に決まった。但し、<重力遮断>の巻物については俺のものにする。ステイシーにも文句を言わせない。
ちなみに、壊れたホバービークルについては、作り直す費用を請求できない。見学は許可するが、費用は自分持ちという契約になっていたからだ。これがアメリカから要請されて参加したのなら、違っていただろう。
意外な事に三人は万能回復薬の事は報告しなかった。たぶん自分たちが不変ボトルを手に入れてから報告するつもりなのだろう。
ハインドマンたちが帰り、俺だけが残るとステイシーが質問した。
「ジズを倒すには、どうしたらいいと思う?」
「そうですね。『ブラックホール』以上の魔法が必要です。もしかして、もう存在するのではないですか?」
賢者が秘蔵魔法を所有しているというのは、公然の秘密である。ステイシーもいくつか持っているはずだ。
「『ブラックホール』より威力のある攻撃魔法となると、秘蔵魔法の中にもないわね。ヒイラギ殿、いやグリム殿はどうなのです?」
俺が創った生活魔法の中で、ジズを倒せるかもしれない魔法となると『デスクレセント』と『プロジェクションバレル』くらいだろう。他は威力が小さかったり、射程が短かったりする。その二つにしても本当にジズを倒せるかというと自信がない。
「確実に仕留められるという生活魔法はないです」
ステイシーが溜息を漏らす。
「巨獣を倒せる魔法を開発しないと、賢者失格だと言われそうね」
「そんな事を言う者は居ないと思いますが、邪神を倒す方法を手に入れるには、必要な事です」
「開発する自信がありそうね。何かアイデアがあるの?」
「そんなものはありませんよ。ですが、今までも同じような状況で強力な魔物を倒す魔法を創ってきましたから、今回だけダメという事はないでしょう」
ステイシーが映像のコピーが欲しいというので、適切な値段で売った。モイラに会えるかと尋ねると、賢者養成プロジェクトが中止になる事が決定し、モイラたちをどうするか協議中なので会えないという。
「モイラを一人前の賢者に育てるには、師が必要だと思う。いつでも受け入れるので、覚えておいてください」
「分かったわ」
俺は大きな収穫を手にして日本に戻った。着替えてグリーン館の食堂で緑茶を飲んでいると、執事の金剛寺が書類を持ってきた。
「建設会社の方が、工事の見積もり書を持って来られました」
購入した隣の土地に建てる新グリーン館の建設を任せた建築会社からである。内容を見ると十億円を超える建設費となっている。
「まあ、妥当な値段かな」
金剛寺が首を傾げた。
「高すぎませんか?」
「地下に建設する練習場を特殊な構造にしたから、その分高くなっているんだよ」
金剛寺は納得したようだ。金剛寺が食事の用意をするために厨房へ行くと、メティスが待っていたように話し掛ける。
『グリム先生、ホバービークルはどうしますか?』
作り直すつもりだが、前と同じものを作るのは芸がない。そこで<重力遮断>と<衝撃吸収>、それに<ベクトル制御>と<反発(地)>の特性を使った高性能なホバービークルを作る事にしたと話す。
『<重力遮断>があれば、<反発(地)>は必要ないのでは?』
「<反発(地)>は、離陸と着陸時に利用するつもりだ」
車輪の代わりに<反発(地)>を使おうという考えである。ただ上昇などは揚力を使って行うので翼が必要になる。その事もメティスに話す。
『翼ですか。ヘリコプターのように回転翼ではダメなんですか?』
「回転翼でも構わないが、それだとエンジンが必要になるぞ」
『新しいホバービークルは、<重力遮断>があるので、小さなエンジンでいいのでは?』
「取り敢えず、<重力遮断>の特性を付与した金属を作って、実験してみよう」
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