第609話 飛行魔法

 俺は<重力遮断>の特性を付与した白輝鋼びゃっきこうの板を作って作業部屋に持ち込んだ。その重力遮断板を腰の高さの空中に置くと、そこで無重力状態のように浮かんだままとなる。


『重力を遮断する特性である事は、間違いないようですね』

 メティスの言葉に、俺は頷いた。

「さて、実験してみよう」

 そう言って普通の石を重力遮断板の上に載せた。重力遮断板に接触した石は空中を漂い始め、重力遮断板の上から外れると、ポトンと床に落ちた。


『重力遮断板が影響を及ぼすのは、真上にある物体だけのようです』

 それからいろいろ実験してみて分かった事がある。重力遮断というのは正確ではないようだ。この<重力遮断>の特性は、それが付与されたものの上に重力が影響を及ぼさない空間を作るようだ。


 というのは、重力遮断板から一メートル以上離れると、真上であっても重力が復活するのが分かったのだ。この特性を正確に表すと『重力遮断空間生成』という事になる。それに加え、重力遮断板に魔力を注ぎ込むと、重力遮断空間の高さが二メートル、三メートルと高くなる事が判明した。


 その時、頭に浮かんだのが、ちょっとしたアイデアだ。この重力遮断板を部屋の床に敷き詰めて魔力を流すと、空中遊泳ができる部屋が完成する。面白いと思うが、遊びの範疇はんちゅうだろう。


 問題は重力遮断板を使って乗り物を作る場合、上昇下降をどう制御するかである。今出ている案は二つ。飛行機のように翼を使って揚力を生み出し、その揚力で上昇させるというもの。もう一つはヘリコプターのように回転翼で上昇下降を制御するというものだ。


 俺とメティスで考えてもらちかないので、専門の学者や技術者を集めて、新型飛行装置開発チームというのを結成し、そのチームに研究を委託する事にした。


 その結果を待つ間、俺はジズと空中戦ができるような飛行魔法を考える事にした。参考にしたのは『ウィング』でも『ブーメランウィング』でもなく、『フラッシュムーブ』である。


 『フラッシュムーブ』は移動距離が百メートル限定だが、秒速三百メートル、時速だと千八十キロというスピードで移動する事ができる。


 ジズの飛行スピードは目測で時速三百キロほどだった。新しい飛行魔法は、時速四百キロ以上のスピードが欲しい。パワーでは絶対勝てないのだから、スピードは上回りたいのだ。


 俺は作業部屋でメティスと相談しながら飛行魔法を研究した。六日ほど検討し、<ベクトル加速>と<衝撃吸収>の特性を使っている『フラッシュムーブ』に、<重力遮断>と<ステルス>の特性を追加する。


 『フラッシュムーブ』は一瞬だったが、ジズと空中戦を行うためには、最低でも五分以上は高速で飛翔できなければならない。そうなると、膨大な魔力が必要になり、俺の所有する魔力量では足りないという事実が分かった。


『ジズのように、励起魔力が使えたらいいんですが』

 それを聞いて思わず渋い顔になる。励起魔力を使えるようにする方法を思い付いていた。それは『干渉力鍛練法』の励魔術と同じ効果を、D粒子一次変異の特性として創り出す事だ。


 たぶん<聖光>の特性を創った時より時間が掛かるのではないだろうか? あの苦痛を三十分以上耐えるのは本当に気が進まないが、ジズに勝つためなら仕方ない。


 俺はメティスに説明した。

『なるほど、あの励魔術を特性にするのですか。面白い考えです』

「俺としては全然面白くないんだけど」

『その特性ができれば、他にも応用できそうです。苦痛に耐えるだけの価値はあると思います』


 俺は覚悟を決めた。『痛覚低減の指輪』を嵌めて賢者システムを立ち上げる。深呼吸してから<励起魔力>の特性を創る作業を開始。


 吐き気がするほどの苦痛が俺を襲った。頭が加熱し爆発するのではないか、という不安が襲い掛かる。それでも俺は耐えた。頭の中では理解不能な計算や何かを構築しているという感じはあったが、それを理解する事はできない。


 ただ最初の頃よりは、何となく分かる部分が増えたように感じる。俺の予想通り三十分を経過しても終わらなかった。そして、五十分が経過した頃に終わった。


「お、終わった。寝る」

 俺は気を失うように倒れた。その後はエルモアが部屋まで運んで寝かせてくれたらしい。


 翌朝起きると、まだ頭が重いような感じが残っていた。

「他の賢者は、こんな事をやっていないようなんだがな」

 俺は愚痴ってから起き上がった。賢者システムを立ち上げて、D粒子一次変異のところを確認する。<励起魔力>の特性が追加されていた。


 試していないものを飛行魔法に組み込むのは無謀だと思えたので、まず防御用の魔法である『マナバリア』に組み込んでみようと考えた。


 支度をして朝食を食べてから作業部屋へ行く。珍しく猫型シャドウパペットのコムギが寝そべっていた。コムギは町内を自分の縄張りだと考えているらしく、頻繁ひんぱんに見回りしているようだ。


 但し、見回るだけで何かするという訳ではない。飼い猫や野良猫の区別なく話し掛けているだけのように見える。もしかすると、メティスが作った猫語を広めようとしているのかもしれない。そうなったら、面白いと頭に浮かんだ。


「よし、『マナバリア』の強化版を創ろう」

 賢者システムを立ち上げて、『マナバリア』を基に<励起魔力>を組み込んだバージョンの構築を始める。


 『マナバリア』の場合は、D粒子を集めてD粒子マナコアを形成し、そのD粒子マナコアを魔力に変換しながら魔力バリアを展開するという構造になっていた。


 魔力の供給源を、励起魔力を生み出す励魔球に替える。そして、魔力ではなく励起魔力に<衝撃吸収><ベクトル制御><耐熱><耐雷>の特性を付与して、バリアとして展開できるようにする。


 この改良には時間が掛かり、再構築が完了するまで二日が必要だった。試すために鳴神ダンジョンへ向かう。二層の峡谷エリアにある岩山が多数ある場所へ行って、影からエルモアを出す。


『どうやって試すのです?』

「俺が新しいバリアを展開するから、エルモアが『ホーリークレセント』と『ダイレクトボム』で攻撃してくれ」


 俺が岩山の前で新しい魔法を発動しする。しかし、D粒子を集めている途中で発動に失敗した。

「あれっ、何でだ?」

『励魔球を形成するのに必要なD粒子が、集められなかったのでは?』


 励魔術で励魔球を作る時は時間を掛けてD粒子を集めるが、今回の魔法では時間制限を付けた。それでダメだったのだと気付く。


「D粒子を集める時間を長くするか?」

『それしかないでしょう。ただ発動に時間が掛かるというのも問題ですから、D粒子収集器を使っては如何ですか?』

「試してみよう」


 俺はD粒子収集器を取り出して中に溜め込んでいるD粒子を放出してから、新しい魔法を発動した。今度はちゃんと発動し、俺の頭の上に励魔球が浮かんだ。


 俺がバリアを展開しようと思った瞬間、励魔球内の二つのD粒子の渦が逆回転を始める。すると、強烈なエネルギーを秘めた励起魔力が溢れ出し、少し青みを帯びたバリアが展開した。


 合図すると、エルモアが『ホーリークレセント』を発動し、聖光分解エッジをバリアに向かって放つ。もちろん、バリアに何かあった時に俺に当たらないような角度で放ったのだ。


 聖光分解エッジがバリアに衝突し、バリアを切り裂こうとした。だが、バリアはビクともせずに跳ね返す。『ダイレクトボム』も試してみたが、バリアが揺らぐ事もなかった。


「手応えとしては、桁違いに強力なバリアになった感じがする」

 俺は『ハイパーバリア』と名付け、展開するバリアを『励起魔力バリア』と呼ぶ事にした。


『さあ、次が本番です』

「えっ、あ……そうだった。新しい飛行魔法を創るための実験だったのを忘れていた」

 『ハイパーバリア』を創るのに苦労したので、完成した瞬間にやっと終わったという気分になっていたのだ。


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