第592話 邪神眷属のゴブリンロード
「おい、あのゴブリンロードは、本当に邪神眷属なのか?」
教師の一人である野々村が疑問を口にした。ゴブリンロードは魔力障壁を持っているので、それと<邪神の加護>を勘違いしたのではないかと思ったようだ。
ロングソードを構えてじりじりと間合いを詰めているゴブリンロードに、カリナが視線を向ける。
「私が確かめましょう」
カリナは『クラッシュボール』を撃ち込むつもりで、買って出る。
「いや、待ってくれ。そいつを確かめるのは、おれに任せてくれ」
野々村は自分が言い出した疑問なので、自分で確かめると言う。自信ありそうだったので、指導官の東谷は任せる事にしたようだ。
カリナはちょっと不安に思ったが、野々村の自信に溢れた言葉を信用する事にした。野々村は両手持ちのグレートソードを構えると、何か魔装魔法を使った。そして、ゴブリンロード目掛けて走り出す。
ゴブリンロードが先にロングソードを振り下ろす。そのスピードは人間を凌駕していたが、そのスピードに対応できるのが魔装魔法使いである。ロングソードを躱した野々村は、ゴブリンロードの首筋に向かってグレートソードを振り下ろす。
振り下ろしたグレートソードは、何かに相殺されたかのように勢いが止まり、ゴブリンロードの身体に触れる事なく地面に落ちそうになった。野々村は反射的にグレートソードの柄を握り直して、後ろに飛び下がる。
「じゃ、邪神眷属だ!」
野々村は斬った時の手応えの違いで、<邪神の加護>か魔力障壁かを見分けたらしい。以前にゴブリンロードと戦った経験がある者にしかできない見分け方だ。これにはカリナも溜息を漏らす。<邪神の加護>と魔力障壁の手応えが同じだったら、どうするつもりだったのだろう?
その後、ゴブリンロードの攻撃を野々村が防ぐという状況が続いた。カリナが生活魔法で攻撃を仕掛けようとしたが、野々村とゴブリンロードの距離が近すぎる上に高速で動き回るので、魔法を放てない。
カリナも『トップスピード』を使って、素早さを上げているからこそ見えるのだ。但し、素早さを上げたせいで、使える邪神眷属用魔法の種類が制限された。
素早さを上げた状態で、使えるように訓練したのは『ホーリープッシュ』と『ホーリーブリット』だけなのだ。
高速戦闘中に生活魔法を使うには、D粒子を集める制御力が重要だとグリムは言っているが、それだけではない。素早さを上げると自動的に思考速度もアップするので、魔力の発動時間も短縮される。但し、それには魔力の動きもスピードアップする必要がある。
使えるようになるには、素早さを上げた状態で使いたい生活魔法の発動を何度も繰り返して慣れる必要がある。そういう訓練をしないと使えるようにならないという事だ。
野々村とゴブリンロードの戦いが一瞬だけ途切れた。カリナはゴブリンロードに近付いて七重起動の『ホーリープッシュ』を発動する。
聖光プレートが斜め下からゴブリンロードの身体を突き上げた。ゴブリンロードが宙を舞う。その瞬間、カリナは『トップスピード』の魔法を解除して、ゴブリンロードに向かって空中に物を固定する『プロップ』の魔法を発動する。
グリムやアリサたちから『プロップ』を使うタイミングを聞いていたカリナは、この瞬間だと感じて使った。
『プロップ』が空中に物を固定していられる時間は、五秒だけである。カリナは野々村に離れるように合図してから、『ホーリーキャノン』を発動し聖光グレネードを放つ。
ゴブリンロードに命中した聖光グレネードは、爆散して金色の光を発するD粒子が邪神眷属の肉体を貫きボロボロにする。
『プロップ』の効力が消えて、空中からゴブリンロードが落下。待ち構えていたカリナは、七重起動の『ホーリーソード』を発動し聖光ブレードで首を刎ね飛ばす。
その瞬間を見ていた野々村が、地面に崩れるように座り込んだ。
「はあはあ……死ぬかと思った。ありがとう」
カリナは感謝の言葉を受け取ってから、ドロップ品を探した。見付かったのは、黄色の魔石とマジックポーチ、それに巻物だった。
東谷がカリナに近付き、声を掛ける。
「望月先生は、生活魔法も使えたんだな?」
『生活魔法教本』の著者の一人であるので、生活魔法使いたちには知られるようになったが、魔装魔法使いにはほとんど知られていないようだ。
「ええ、元同僚が生活魔法使いだったので、習ったんです」
「その同僚に感謝しなきゃいけないな。さて、そろそろ地上に戻ろう。冒険者ギルドにも報告しなきゃならない」
地上に戻ったカリナは、東谷と一緒に冒険者ギルドへ行って支部長に報告した。
「しかし、なぜゴブリンロードがゴブリンと報告されたのでしょう?」
カリナが尋ねた。
「その事は私も気になっていた。たぶん最初に遭遇した者が怪我をして病院へ行ったので、正確に伝わらなかったのかもしれませんな」
カリナはゴブリンロードのドロップ品を調べてもらう事にした。まず魔石を調べてもらう。
「ほう、この紫の点は邪神眷属であった影響のようですな」
魔石に五ミリ程度の紫の点を発見した支部長が、声を上げた。
マジックポーチは縦・横・高さがそれぞれ四メートルの容量を持つものだった。マジックポーチにしては大容量だが、時間遅延機能は無しというものだ。
巻物も調べてもらったが、魔装魔法に関係する巻物だという事くらいしか分からなかった。カリナはアリサに調べてもらおうと考える。
「ところで、なぜ望月先生が魔装魔法の研修を受けているのです?」
『生活魔法教本』の事を知っている支部長が不思議そうに尋ねた。それを聞いた東谷が首を傾げる。
「今は生活魔法を教えていますが、私は元々魔装魔法使いなのです」
「そうでしたか。生活魔法の第一人者であるあなたが、魔装魔法の研修と聞いて不思議に思ったのです」
東谷はカリナが有名人だと聞いて、驚いていた。
その後、渋紙市に戻ったカリナは、グリーン館へ向かう。巻物を調べてもらうためである。執事シャドウパペットのシンパチに作業部屋に案内された。
アリサは作業部屋の作業台の上に資料を並べて、何かを調べているようだ。
「カリナ先生が、ここに来るなんて珍しいですね」
「ちょっと頼みたい事があるのよ」
カリナは巻物を取り出して説明した。
「魔装魔法の巻物ですか。調べてみます」
アリサは巻物を広げて中を調べる。
「ええーっ、これは」
驚きの声を上げたアリサは、グリムを呼びに行った。
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