第593話 新しい魔装魔法

 俺は地下練習場で『干渉力鍛練法』の三段目の鍛錬を行っていた。その鍛錬法は、D粒子を集めて圧力を掛けD粒子の結晶を作るというものだ。


 目の前の球形の空間にD粒子を集め、全方向から圧力を掛ける。その鍛錬を一時間ほど続けた時、手応えを感じた。急にD粒子で形成された球形の空間に掛けている圧力が強まり、半分ほどに空間が縮む。その瞬間、空間の中でD粒子の結晶化が始まった。


 そこにアリサが現れた。アリサは俺の目の前で起きている事に気付くと息を呑んだ。

「三段目の鍛錬が成功したのね」

「いや、まだ半分だ。この先が有るんだよ」


 俺は鍛錬を中止する。圧縮していた空間をコンクリートブロックの方へ放り投げる。投げた空間が急膨張して、D粒子の爆風となって四散した。


「どうかしたのか?」

「カリナ先生が来て巻物を調べてくれと頼まれたのだけど、その巻物が尋常なものではなさそうなのよ」

「賢者システムで確認しろ、という事?」

「ええ、お願い」


 俺はアリサと一緒に作業部屋へ行った。そこにはカリナが待っていた。

「調べて欲しい巻物というのは?」

「これよ。そんなに大変なものなの?」


「ちょっと調べてみます」

 俺は巻物を手に取り広げた。そこに描かれている魔法陣を見ながら、賢者システムを立ち上げる。魔装魔法の魔法陣なので、このままでは読み込む事ができない。そこでエミリアンに教わった裏技を使って読み込み調べる。


 ちなみに、鉄心とカリナ、タイチ、シュンには、俺が賢者だという事を知らせている。以前から薄々そうでないかと思っていたようだ。


 調べた魔法は、エミリアンが探していた破邪の力を持つ切れ味増加の魔法だと思った。これなら邪神眷属にダメージを与えられそうである。

「これはどうやって手に入れたんです?」

 カリナは研修で起きた事を説明した。


「へえー、『プロップ』が邪神眷属に効いたのですか? なぜだろう?」

 その疑問を聞いたアリサが、肩を竦めると推論を口にする。

「たぶん『プロップ』自体は、邪神眷属を攻撃しないからじゃない」


 そうなると、<邪神の加護>は攻撃かどうかを判断して反応している事になる。考えてみると、それが当然の事なのかもしれない。全ての魔法を拒絶するとなると、治療系や強化系の魔法まで受け付けない事になる。


 魔物の中には魔法を使って肉体を強化しているものも居るので、そういう判別手段を<邪神の加護>が持つというのはありそうだ。


 カリナが俺に視線を向ける。

「それで巻物は、何なのです?」

「邪神眷属用の魔装魔法です。この魔法を武器に掛けると、その武器の攻撃に<邪神の加護>が反応しなくなると同時に切れ味が倍増するようです」


 但し、その効果が発揮される時間が、たったの三秒と短い。その代わりに習得できる魔法レベルは『3』と低いようだ。それもカリナに伝える。


 カリナが難しい顔になった。

「効果が持続する時間が、三秒というのは使い辛いかな」

 その通りだが、俺やアリサに魔装魔法を強化する手段はない。これをエミリアンに預けて、もっと効果時間を延ばした魔法を創ってもらうのが一番簡単だろう。


「この魔法は、カリナ先生の名前で魔法庁に登録して、強化版は賢者に任せるしかないでしょう」

「そうね。グリム先生に任せます」


 アリサは魔法庁に登録するために必要な書類の作成を手伝い始め、俺はエミリアンに連絡した。すると、大喜びしてすぐに日本へ来るという。


 その二日後、エミリアンとクラリスがグリーン館へ到着した。

「サカキ殿、発見されたという邪神眷属用の魔装魔法を見せて欲しい」

 エミリアンは興奮しているようだ。初めて見る姿である。


 俺は作業部屋へ案内すると、カリナから預かっている巻物を渡した。

「これを私が使っていいのかね?」

 賢者システムというのは、習得した魔法を調べる方が効率が良いのだ。

「魔法庁へ登録する魔法陣などの資料は作成済みなので、構わないですよ」

 カリナから承諾を得ているので、俺はそう答えた。


「ありがとう」

 エミリアンは、その巻物を使って魔法を習得すると賢者システムを立ち上げて調べ始めた。


「グリム先生、ありがとうございます。最近のエミリアンは、少し焦っていたのです」

 クラリスが笑みを浮かべながら言った。

「邪神眷属用の魔法は、いくつか登録されているので、焦る必要はないと思いますけど」


「そうじゃないの。生活魔法や攻撃魔法が、邪神眷属用の魔法を発表しているのに、魔装魔法だけが何もなしでは、恥ずかしいと思っていたようなのよ」


 賢者システムで新魔法を調べているエミリアンをチラリと見る。夢中になって調べているようで、俺たちの会話は耳に入っていないらしい。


 エミリアンが新しい魔法に夢中になっているので、俺とクラリスは雑談を始めた。

「そう言えば、アメリカのオカラダンジョンに空の巨獣ジズが、現れたそうよ」

 オカラダンジョンというのは、アメリカのフロリダ半島にある特級ダンジョンである。このオカラダンジョンは一層にアイスドラゴンが棲み着いている危険なダンジョンだ。


「本当ですか?」

「ええ、ただオカラダンジョンなので、ジズを狙う者は少ないようね」

 特級ダンジョンなので、世界で二十人ほどの冒険者しか入れない。ただジズを倒すと凄いドロップ品が手に入るという噂なので、ジズを狙う冒険者はゼロではないという。


「ジズを倒して、どんなドロップ品を手に入れたのか、記録がありますか?」

 クラリスに尋ねると、クラリスは首を振った。

「残念ながら公式な記録はないの。噂では強力な力を得たというものや神話級の魔導武器を超える武器を手に入れたというものも有るそうよ」


 強力な力……神威のようなものだろうか? それに神話級を超える武器というのは、どんなものなのだろう?


 その時、銅像のようにピクリとも動かなかったエミリアンが動き出す。

「私が探していた魔法とは違っていたが、間違いなく邪神眷属にも有効な魔装魔法だ」

 エミリアンが探していた魔法は、<邪神の加護>に反応しないようにするというものではなく、<邪神の加護>を切り裂くほどの特殊な切れ味になる魔法だったらしい。


 その違いがよく分からないが、邪神眷属にダメージを与えられれば良いのだ。エミリアンによると、強化版の作成はできるそうだ。エミリアンは、グリーン館で一泊してからフランスに帰り、強化版の作成を開始するという。


 翌日、エミリアンたちがフランスに帰ると、俺は鍛錬が途中だったのを思い出す。

「そう言えば、『干渉力鍛練法』の三段目が中途半端で終わっていた」

 来ていたアリサと一緒に地下練習場へ行って、この前の続きを始める。


 目の前に球形の空間を想像し、その空間にD粒子を集める。空間がパンパンになるほどD粒子を集めると、D粒子空間に圧力を加え始めた。


 D粒子への干渉力を使ってD粒子空間を圧縮、一度コツを掴んだ御蔭なのか五分ほど全力の干渉力を使用するとD粒子空間が半分ほどに縮んだ。


 そのまま維持していると、空間内部でD粒子の結晶が見え始める。その結晶は微小なダイヤモンドのように輝きを放ち、空中を漂っている。


「それをどうするの?」

 アリサが尋ねた。

「このD粒子空間を上下に二つに分けて、一方のD粒子結晶群を左回りに渦を作るように回転させ、もう一方を右回りに回転させるそうだ」


 俺がD粒子への干渉力を使って結晶を回転させ始めると、球形の空間内で上下に逆回転の二つの渦が発生し、その境界面でD粒子結晶同士が衝突を始める。


 すると、その境界面から高密度で励起した魔力が生まれた。それは励起魔力と呼ぶもので、魔力の高エネルギーバージョンになるようだ。


 俺とアリサは、凄まじいエネルギーを感じる励起魔力を見詰めて、何に使えるのか考え始めた。


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