第557話 邪神眷属アーマーボア

 その邪神眷属は普通のアーマーボアと外見は変わらなかった。俺たちに気付いた邪神眷属は、姿勢を低くして突進を開始するそぶりを見せる。俺は前に進み出て、柴田は後方に下がる。


 まず『ホーリーソード』が通用するか確かめる事にした。『アキレウスの指輪』に魔力を注ぎ込み、素早さを三倍まで上げる。その瞬間、アーマーボアが走り出した。


 俺の目にはゆっくりと走っているように見えるが、実際は時速七十キロほどで走っているはずだ。突進を躱しながら五重起動の『ホーリーソード』を発動し、聖光ブレードをアーマーボアの尻に叩き付ける。


 アーマーボアの防御力が上回り、聖光ブレードを弾き返した。

「五重起動だとダメージを与えられないのか」

 俺は呟きながら、後ろを振り返る。アーマーボアが止まって方向転換するところだった。また突進してきたのでギリギリで躱しながら、七重起動の『ホーリーソード』を発動し、聖光ブレードでアーマーボアの脇腹を斬り付ける。


 聖光ブレードの切っ先がアーマーボアの防御力を破り、五十センチほどの切り傷を負わせる。但し、その威力は光剣クラウ・ソラスのフォトンブレードには及ばないだろう。


「凄え! 傷を負わせた」

 柴田が遠くで声を上げる。魔法庁は柴田に賢者柊木が開発した生活魔法を、俺が試すので邪神眷属のところへ案内してくれと依頼したらしい。


 傷を負ったアーマーボアは、血を流しながらも戦意が衰えていないようだ。しかし、これで『ホーリーソード』で邪神眷属にダメージを与えられる事が証明された。次は『ホーリーキャノン』を試す番だ。


 まずアーマーボアの足元に聖光グレネードを着弾させて、どれくらいのダメージを与えられるか確かめよう。


 俺は突進を始めようとしているアーマーボアを狙って『ホーリーキャノン』を発動し、聖光グレネードをその足元に叩き込んだ。


 着弾した聖光グレネードが金色の閃光を放ちながら爆発した。<爆轟>の特性により音速を超えて飛び散ったD粒子は、アーマーボアの肉体を弾き飛ばし肉体の一部を切り刻む。


『予想より、『ホーリーキャノン』の威力が強かったようですね』

「そのようだな。でも、到底ドラゴン級を倒せる威力じゃない」

 邪神眷属であるアーマーボアは死んだ。その肉体が消えると、黄魔石<中>と短剣がドロップする。


 俺は魔石と短剣を拾い上げ、短剣をマルチ鑑定ゴーグルで調べた。

「光の短剣か、ダンジョンの皮肉かな」

『<邪神の加護>は、ダンジョンにとっても邪魔な存在なのかもしれません』


 そうなると、邪神とダンジョンは敵対関係にあるという事になる。邪神はダンジョンが創り出した存在じゃないのか?


 柴田のところへ戻ると、柴田が感心したような顔をしていた。

「今の生活魔法は、賢者の柊木殿が創ったんですよね?」

「ええ」

「攻撃魔法の賢者も、邪神眷属に有効な魔法を創ってくれないかな」


 柴田は賢者の柊木という存在を信じているようだ。基本的に良い人物だと思うが、賢者に対して希望や要望を持つ者や利用しようと考える者が居るから、賢者は自分の正体を隠そうと考えるのだ。


「さて、戻ろう」

 俺たちは地上に戻った。ちなみに柴田への報酬は魔法庁から出る事になっている。


 冒険者ギルドへ行って報告すると、支部長がその場で松本長官へ電話した。電話で邪神眷属を二つの魔法を使って倒した事を報告すると、松本長官はかなり喜んでいた。


 それから光の短剣がドロップしたと話すと買い取りたいという。しかも、光の短剣の相場が滅茶苦茶上がっていて、神話級の魔導武器と同じ値段で買い取ると言われた時は驚いた。


 このまま帰るのも勿体ないので、温泉と紅葉を堪能してから帰った。それから二つの魔法を魔法庁へ登録するために必要な書類を作ったりしていると、アリサたちが二つの魔法を使ってみた結果を報告に来た。問題なしだそうだ。これでいつでも魔法庁に登録できる。


 作成した書類を受け取った魔法庁は、書類に不備がないかチェックしてから英語版を作成し、世界各国の魔法庁に配布する。その後、各国の魔法庁から注文が来るので、その魔法陣を作成して納品するらしい。


 ちなみに、俺がたくさんの生活魔法を登録した事で、魔法陣の作成に従事する人が増えて、少しだけ日本の雇用に貢献している。


 その後、松本長官から連絡があり、邪神眷属の対策会議では賢者だけが別室で会議する事になったという。イタリアの賢者であるジーナが、そういう形の会議にしてくれと要望を出したらしい。賢者同士なら情報交換が活発になると主張したようだ。


 賢者会議で話し合った結果は、ステイシーが結果だけを纏めて報告するという。賢者を出さなかった国は、会議の結果だけを知らされ、詳細は分からないという事になる。こういう形式の賢者会議は、過去にも何度も行われたようだ。


 だからこそ、各国は自国に賢者が欲しいと考える。

『ジーナ殿は、どうして賢者だけの会議を要求したのでしょう?』

「表向きは、賢者だけの方が意見交換が活発になり、邪神眷属の対策が効率的に進むという話だった」


 各国の代表も加えて会議するとなると、政治的な駆け引きや自国が有利になるような交渉などが入るから、どうしても会議が荒れやすいのは事実だった。


『表向きは、というと裏が有るのですか?』

「賢者会議となると、賢者にだけ理解できる知識を交換するという事も有るようだ」

『なるほど、ジーナ殿は邪神眷属対策に有効な具体的な知識を、求めているという事ですね』


 大きな会議に出席するというので、ちょっと不安だったのだが、賢者だけの小さな会議になったという事で気が楽になった。精神的に余裕が生まれると、邪神眷属を倒すために必要な魔法の開発を進める気になる。


 そこで以前にも考えた。『ホーリーソード』と『ホーリーキャノン』の拡大版を試しに創る事にした。『ホーリーソード』の拡大版という事になると、『ハイブレード』に<聖光>の特性を付与したものになる。


 試しに創ってみると、予想していた以上に魔力を消耗する事が分かった。D粒子から聖光を発生させる過程で魔力を消費するので、魔力消費量が増えるらしい。しかも、習得できる魔法レベルが上がり『17』となった。


「予想以上に魔力消費が多いな。聖光には、それだけのエネルギーが必要だという事なんだろうな」

『『ブレード』から『ハイブレード』へ拡大した時は、D粒子の増量と振る速さを上げただけで、魔法レベルが『5』から『8』になりました。そこに聖光の発生量を増やしたので、魔法レベルが上がったのでしょう』


「『ホーリーキャノン』の拡大版はどうだろう? あれは多重起動できない代わりに、最初から多量のD粒子を集めて、聖光グレネードに詰め込んだからな」


 その御蔭で聖光による威力は上がった。そこでD粒子の量を三倍に増やした拡大版を創ってみた。結果は、習得できる魔法レベルが『22』の魔法が出来上がる。これじゃあ、俺しか使えない。改良が必要だろう。


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