第558話 邪神の存在

 賢者会議の日、俺は東京へ向かう。東京駅に到着すると、魔法庁の幹部が迎えに来ていた。魔法庁の車で本部ビルまで行くと、小さな部屋に案内された。


「柊木殿、顔がバレないようにして欲しいという事でしたので、これを用意しました」

 魔法庁の幹部が渡したのは、デスマスクのようなものだった。

「それを装着すると、別人になれます。声も変わるようになっています」

 魔法庁では高価な魔導装備を用意したらしい。しかし、この顔は誰をモデルにしたんだろう?


「その顔のモデルが気になりますか? それは若き日の東郷平八郎をモデルにして作ったものです」

 東郷平八郎といえば、日露戦争でロシアのバルチック艦隊を破った東郷提督である。そこで他の賢者たちにもマスクを配るのか気になり、それを尋ねる。


「ええ、用意しました。エミリアン殿には音楽家のモーリス・ラヴェル、ステイシー長官はマリリン・モンロー、ジーナ殿はソフィア・ローレン、バグワン殿はジャワハルラール・ネルー、ルドマン殿はウィリアム・シェークスピアです」


 エミリアンにモーリス・ラヴェルと聞いて、吹き出しそうになった。クラリスが護衛シャドウパペットの顔はラヴェルが良かった、と言っていたのを思い出したのだ。


 ちなみに、ジャワハルラール・ネルーというのはインドの初代大統領、女性は二人とも有名な女優である。顔は知らなかったが、全て有名人である。


 そのマスクを装着すると皮膚にピタリと張り付いた。マスクだけでなく、裁判官が着る法服のようなコートも用意されていた。


 その格好で鏡を見ると、俺とは全くの別人が鏡の中に居た。顔を動かすとマスクも連動して動くようだ。


「そのマスクとコートは、差し上げます。記念にどうぞ」

「ありがとう」

 魔導装備のマスクは安くなかっただろう。だが、会議を成功させるための費用と考えれば、十分に元が取れると考えたのかもしれない。


 賢者会議が行われる部屋に入ると、モーリス・ラヴェルが資料を読んでいた。

「エミリアン殿、早いですね」

 エミリアンが俺の顔を見てから首を傾げ、

「そうか。サカキ殿か。命の恩人を見分けられないとは、私もまだまだだな」


「このマスクなら、誰も見分けられませんよ。それとヒイラギと呼んでください」

「賢者としての名前はヒイラギだったね。ところで、どうやって見分けたんだい?」

「それは、フランスの有名な音楽家である、ラヴェルの写真を見た事が有ったからですよ」


 そんな事を話していると、賢者の全員が集まった。マリリン・モンローが集まった賢者を見回す。

「さあ、会議を始めましょう。おっと、その前に、ステイシーよ」

 ステイシーが英語で会議を始めた。

「この会議の議題は、邪神眷属についてです」


 若い頃のソフィア・ローレン、ではなくジーナがステイシーに顔を向ける。

「ジーナです。ステイシー長官に確認したいのですが、賢者の全員に邪神眷属の討伐に役に立つ魔法を創るように依頼したのですか?」


「いいえ、魔装魔法と攻撃魔法の賢者にだけです」

「それはなぜ?」

「他の賢者では、邪神眷属を倒せる魔法を創れないと思ったからですが……私は間違っていたようです」


「ステイシー長官が間違いを認めるなんて、珍しい」

「事実だから仕方ありません。その話は後にしましょう。まず、ジーナ殿から話を聞きます。邪神眷属に関する事で何か情報はありますか?」


 ジーナが資料を取り出して、俺たちに配る。資料は英語で書かれていた。

「イタリアのピサダンジョンで発見された碑文です。神殿文字で書かれたもので、封印された邪神についての文章です」


 ステイシーがジーナに顔を向ける。

「イタリアには、神殿文字を読める人材が居るのですね」

「『知識の巻物』を使って、神殿文字の情報を得ました。どこの国でもやっているんじゃないですか?」


 ダンジョンにおいて神殿文字で書かれた文章が数多く発見されるようになったので、各国では『知識の巻物』を使って、解読できるようにしたらしい。考える事は同じという事か。


 資料を読むと、邪神はヨーロッパのダンジョンに封印されているらしい。どのダンジョンかまでは特定していないが、上級か特級ダンジョンの最深層のようだ。


「その封印された邪神と、ダンジョン通信網を使って接触した組織があるそうです」

 その言葉を聞いて、俺とエミリアンが目を合わせた。ディアスポラとパルミロを連想したのである。


 資料を読んで邪神という存在を知り、唇を噛み締める。邪神とは巨獣の三匹、ベヒモスとレヴィアタン、ジズを合わせたより強大な存在らしい。


 ステイシーがジーナに鋭い視線を向ける。

「ダンジョン通信網というと、勇者シュライバーなの?」

「いいえ、勇者の他にも、ダンジョン通信網にアクセスできる者が居るようです」


「それは誰です?」

 ステイシーが邪神に接触しているという組織の事を尋ねた。

「正体は分かりません。ただ、その組織に裏切り者が居るようで、情報のリークが有ったのです」


「なるほど、<邪神の加護>は、その邪神の仕業だと、イタリアは考えているのですね?」

「ええ、その組織が邪神と接触した頃から、邪神眷属が現れるようになったのです」


「分かりました。ところで邪神眷属を倒す魔法の開発は、進んでいますか?」

「努力していますが、成果は出ていません」


 その組織を特定して、逮捕する必要がある。だが、それは賢者や冒険者の仕事ではない。


 ステイシーはインドのバグワンに尋ねた。

「攻撃魔法の賢者以外は知らないと思いますが、攻撃魔法の賢者システムには、魔力効能組込というものがあります。その魔力効能組込を使えば、魔力を炎に変えたり、爆発させたりする事ができます」


 生活魔法はD粒子一次変異とD粒子二次変異だが、攻撃魔法の場合は魔力効能組込らしい。バグワンの話では、その魔力効能組込で使う効能の一つに<障壁跳躍>というものがあり、その巻物を探しているという。


 生活魔法の特性に当たる『効能』は、巻物から手に入れるようだ。その点はD粒子二次変異と似ている。


「その<障壁跳躍>という効能が手に入れば、邪神眷属に通用する魔法が創れると言うの?」

 ステイシーが鋭い口調で確認した。

「まだ分かりません。ただ<障壁跳躍>は、あらゆる障壁を飛び越える事ができる、と記録にあります」


 その記録というのは、すでに亡くなった賢者が残した記録らしい。但し、その<障壁跳躍>を組み込んだ魔法が残っていないので確かめられないという。秘蔵魔法として秘匿していた魔法らしい。


 ステイシーが各国の冒険者ギルドや魔法庁に声を掛けて、その<障壁跳躍>を探すように指示を出すと約束した。


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