第543話 最高レベルの魔法

 襲撃者が全員倒れているのを確認したエミリアンは、ステイシーの無事を確認し救急車を呼んだ。ステイシーの護衛を含めて、大勢の死傷者が出たのだ。ただ一般人に死者は居らず、怪我人だけだったのでホッとした。


 パトカーのサイレンが聞こえてきた。

「エミリアン殿、パリの警察は信用できるの?」

「怪しいと思っています。但し、対外治安総局にも連絡しましたから、裏切り者は捕まるでしょう」

 対外治安総局は、フランスの優秀な情報機関である。エミリアンはステイシーと会う前から対外治安総局と連絡を取り合って、警察の動きを監視させていたのである。


 それは万一の場合の保険だった。対外治安総局の局員が、爆発物などの検査をしたのだが、二階下まではチェックしなかったようだ。そのせいで爆発物を見逃す結果となった。但し、局員が無能だったという訳ではない。指揮官の想定が甘かったという事だ。


 襲撃者の中には生き残った者も居て、その者は厳しい取り調べを受ける事になるだろう。警察よりも早く対外治安総局の局員が来て、警察の裏切り者が判明したと教えてくれた。パリ警察刑事部の部長が裏切り者だったようだ。


「もしかして、私を囮にしたの?」

 ステイシーが厳しい目をエミリアンへ向ける。

「違います。今回の面談が敵に漏れているという確証もなかったのです」

 生き残った襲撃者は、対外治安総局が連れて行った。警官が集まってきたが、現場には警察を入らせずに対外治安総局の局員が全てを調べる事になった。


 ステイシーとの話が終わっていなかったので、仕方なくエミリアンの別荘で話す事になった。そこにはクラリスも待機しており、レストランよりは安全になる。ただプライベートな生活を大事にするエミリアンにとって、例外的な対応だった。


 別荘に到着したエミリアンたちを、クラリスが出迎える。

「いらっしゃいませ」

「お久しぶりね、クラリス。それから、ごめんなさい。あなたのフィアンセを危ない目に遭わせてしまったわ」

「冒険者に、危険は付きものです」


 クラリスはリビングに案内した。そこでは執事シャドウパペットのシミオンが、軽食と飲み物を用意していた。


「あらっ、ここでも大型のシャドウパペットを使っているのね」

「シミオンは執事シャドウパペットです。仕込むのが大変なんですよ」

「でも、どこへでも連れて行けるというのは、便利ですね。私も欲しくなりました」


 それを聞いてクラリスが、苦笑いする。

「残念ですが、製作者は忙しい方なので、注文には応じてくれないと思いますよ」

 ステイシーがクラリスに目を向ける。

「日本のサカキ・グリムね」


「知っておられたのですか?」

「ええ、アメリカでも、グリム先生の事は知られるようになりました。彼は賢者養成プロジェクトにも関係しているのですよ」


 エミリアンがステイシーの顔を見て溜息を漏らす。

「忙しい彼に、生活魔法使いの賢者の教育を手伝わせたようですね」

「ええ、彼は快く引き受けてくれましたよ」


 ステイシーはシミオンが淹れたコーヒーを飲むと本題に入った。

「レストランで言い掛けたのですけど、エミリアン殿には<邪神の加護>を打ち破る魔法を創って欲しいのです」


 エミリアンが厳しい顔になり、クラリスの目が一瞬だけ大きく開く。

「難問ですね。<邪神の加護>を持つ魔物を倒したという話は、ダンジョンで発見された伝承文くらいしか有りませんよ」


 ステイシーが唇を噛み締めた。

「分かっています。ですが、<邪神の加護>を持つ宿無しが、地上に現れたらどうします。大変な事になりますよ」


「しかし、魔装魔法より攻撃魔法で、対応した方が早いと思いますが」

 ステイシーが渋い顔になった。

「もちろん、攻撃魔法で<邪神の加護>を破る方法も研究しています。ですが、今のところ成功していません」


 クラリスがステイシーへ視線を向ける。

「生活魔法のグリム先生にも、協力を要請したのですか?」

「いいえ。残念ながら、アメリカには高レベルの生活魔法使いが存在しません。<邪神の加護>を破る生活魔法が開発されても、それを使える者が居ないのです」


 ステイシーは、そういう魔法が開発された場合、魔法レベルが相当高くないと習得できない魔法になるだろうと予想しているようだ。


「攻撃魔法の『ブラックホール』も通用しなかったのですか?」

「ええ、ダメでした」

 『ブラックホール』は、攻撃魔法の中でもベストスリーに入る強力な攻撃魔法である。それが通用しないとなると、最高レベルの新たな魔法を創るという事になるだろう。


 話が終わってステイシーが帰ると、エミリアンとクラリスが話を始めた。

「<邪神の加護>を持つ魔物というのは、そんなに脅威なのか?」

 エミリアン自身は<邪神の加護>を持つ魔物と戦った経験がないので、クラリスに尋ねた。


「フランスだと、特級ダンジョンのザラタンくらいですから、戦った経験が有るのは、ほんの一握りでしょう」


「特級ダンジョンか……それでザラタンと戦って、どう思った?」

 クラリスが肩を竦めた。

「どんな攻撃をしても、刃が立ちませんでした。但し、ザラタンが手強いという事ではありません」


 エミリアンが首を傾げる。意味が分からなかったのだ。

「どういう意味? 攻撃が通用しないなら、強敵だったはず」

「ザラタンをひっくり返す事ができれば、中々起き上がれないのです。その間に次の層へ行けば、通り抜けられます」


「ふむ、仕留める事はできないが、攻撃を封じる事はできるのか」

 クラリスが『ふふふ……』と笑う。

「どうした?」

「ステイシー殿が、グリム先生に要請していないと言ったのを思い出したのです」


「使える生活魔法使いが居ないので、頼んでいないというのは、おかしな事ではないと思うが」

 <邪神の加護>を持つ魔物を倒す魔法を創ってもらっても、そういう魔物が出現するたびにグリムをアメリカへ呼び出す事になる。あまり現実的ではないのだ。グリムがダンジョンへ潜っている場合は、被害だけが増える事になる。


「そうですが、グリム先生はマルヌダンジョンで、ザラタンを倒しているようなのです。冒険者ギルドの支部長が驚いて、知らせてくれました」


「すると、彼はすでに<邪神の加護>を持つ魔物を倒す魔法を開発しているという事なのか?」

「魔法とは限りません。魔導武器という事も考えられます」


 ステイシーはミスを犯したとエミリアンとクラリスは考えた。


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