第535話 クラリスとの連絡
地上に戻った俺は、冒険者ギルドへ行って特級ダンジョンの鍵を返した。その時、ここの支部長に呼ばれたので、支部長室へ向かう。
ここの支部長は加納という五十歳前後の男性だった。顎が割れているのが特徴で、がっしりとした体格をしている。
「グリム先生、あなたの事は週刊冒険者を読んで知っていたのですが、こんなにも早く特級ダンジョンへ潜れるようになるとは、思ってもいませんでした」
「運が良かったんですよ」
「いやいや、運だけではA級二十位以内にはなりません。今回は長く逗留して、出雲ダンジョンを探索されるのですか?」
「いえ、今回はマジックポーチが欲しくて来ただけなので、腰を入れて探索を始めるのは、もう少し後になります」
「なるほど、レッサードラゴンを狩りに来られたのですな。一層が目的なら、バジリスクはどうされました?」
「倒しましたよ」
「さすがですな。ところで、お願いがあるのですが」
「何でしょう?」
「出雲ダンジョンで手に入れたドロップ品やアイテムは、なるべくここで換金してもらえないでしょうか。特級ダンジョンを管理する予算がなくて、困っているのです」
加納支部長が頭を下げた。本当に困っているようだ。俺としては、どこの冒険者ギルドで換金しても関係なかったので承諾した。
取り敢えず、特級ダンジョンで手に入れた魔石を出して、換金してもらう。レッサードラゴンの黒魔石<中>が十数個あったので、かなりの金額になった。
支部長は満面の笑みを浮かべて礼を言った。俺は銀行口座に振り込んでもらう手続きをしてから、外に出るとホテルに向かう。
ホテルの部屋に入って、シャドウパペットたちを出すとソファーに横になる。部屋は一番広い部屋を指定したら、かなり豪華な部屋になった。
シャドウパペットたちを出せる部屋という事になると、必然的にそうなるのだ。食事はルームサービスのメニューから選んで頼んだ。
「これでエミリアン殿の護衛シャドウパペットを作る材料は揃った。後は作るだけだな」
『クラリスさんに、こんなシャドウパペットにすると確認しなくても、良いのですか?』
「ああ、手紙には全て俺に任せると書いてあった」
『もしかすると、エミリアン殿は我々が考えている以上に、危険な状況にあるのかもしれません』
メティスは電話ではなく手紙で護衛シャドウパペットの注文が来た事を、重要視しているようだ。
「しかし、エミリアン殿と対立しているディアスポラは、警察と協力して、かなり追い込んでいると聞いている」
『別の敵が現れたのかもしれません』
そう言われると何だか不安になってきた。執事シャドウパペットではなく、護衛シャドウパペットを注文する事自体が危険な状況にあると言っているようなものだからだ。
『ところで、グリム先生が凄腕の魔装魔法使いを攻撃するとしたら、どうしますか?』
「そうだな。守りを固めてから、魔装魔法使いが逃げられない状況を作り出し、遠距離攻撃を仕掛けるだろう」
『私もそうします。エミリアン殿の敵もそう考えるかもしれません』
その可能性を何度も頭の中で吟味して、あり得る事だと認めた。そうなると、考えていた護衛シャドウパペットの仕様では、エミリアンを守りきれないかもしれない。
「正確な情報がないと、仕様を決められないな」
『クラリスさんと連絡を取るしかないと思います』
「だけど、クラリスさんは、なぜか電話を避けていた。盗聴されているのかもしれない」
『直接フランスへ行って、連絡を取ってはどうでしょう?』
「それだけのためにフランスまで行くというのも……」
『でしたら、いい考えがあります』
メティスのアイデアを聞いて、面白そうだと思った。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
フランスのパリに住んでいるクラリスは、おかしな状況になっているのに気付き不安な日々を過ごしていた。
クラリスとエミリアンは、警察と協力してディアスポラのアジトを探していたのだが、一ヶ月ほど前から警察が協力を中止したのだ。しかも知り合いの刑事から聞いたのだが、逆にクラリスとエミリアンの動きを探り始めた。
どうやら警察のトップに近い誰かが洗脳されたらしい。そういう手段を持っているらしいという噂があったが、本当だったようだ。
洗脳された警察トップを探しているのだが、時間が掛かりそうだ。その間に襲撃されるかもしれないので、いくつかの対策を打ってある。
「お嬢様、お荷物が届いております」
執事シャドウパペットのシミオンが、小型のボストンバッグほどの荷物を持って来た。
「誰からなの?」
「日本の柊木玄真様からです」
その名前を聞いて、すぐにはピンと来なかったが、ちょっと考えてグリムの賢者としての名前だと思い出す。
ダンボール箱は誰かが開けたような形跡がある。荷物までチェックしているようだ。
「全く面倒だ。彼と日本へ行こうかな」
クラリスはダンボール箱を開けた。中に入っていたのは、小さな猫型シャドウパペットだった。
「まさか、これが護衛シャドウパペットではないだろうな?」
寝ているように見えた猫型シャドウパペットが目を開け、クラリスを見上げる。
「もちろん、違います」
「うわっ!? 喋った」
驚いたクラリスが、思わず声を上げた。
「失礼しました。この猫型シャドウパペットを通して喋っている、エルモアでございます。私の近くにはグリム先生が居ます」
エルモアがグリムのシャドウパペットだったのを思い出す。日本に居ながら、フランスの自分と通信しているのだと分かり感心する。
「どうして、こんな手段で?」
「電話を使わずに手紙を送ってこられたので、電話はやめて連絡シャドウパペットを送らせてもらいました」
クラリスが頷いた。
「連絡を取りたいという事は、護衛シャドウパペットの件ね?」
「そうです。どのような状況か分からないと、最適な護衛シャドウパペットの仕様を決められないのです」
「グリム先生が、賢者を守る護衛シャドウパペットとして、相応しいと思えるものなら、かなり凄いものになると期待していたのだけど」
「敵は魔物ですか。それとも人間なのですか?」
クラリスは警察の裏切りについて説明した。そして、エミリアンが結婚式の直前に、アメリカの要人と面談する事になっており、その時に狙われるという情報が入ったと話す。
「狙われているのは、アメリカの要人ですか、それともエミリアン殿?」
「分からないの。そこで護衛シャドウパペットを用意しようと考えたのです」
面談の場所は、市内にある高層ビルの最上階にあるレストランらしい。最初は警察が厳重に警備すると言っていたので、安心していたのだが、警察が信用できなくなったので、困っているという。
「状況は分かりました。それを踏まえて、シャドウパペットを作製し、お届けします」
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【お知らせ】
『生活魔法使いの下剋上』が書籍化される事になりました。
年内刊行予定です。作品を読んで応援してくださる皆様の御蔭だと思っております。
ありがとうございます。これからもよろしくお願い致します。
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