第527話 長瀬vsキングリザードマン

 タイチと韮崎が一緒に行きたいと言い出したのを聞いて、近藤支部長が顔をしかめた。

「二人とも無理を言うんじゃない。どれだけ危険か分かっているのか?」


 タイチが顔を伏せ謝った。一方、韮崎は支部長に挑戦するような目を向ける。

「おれは足手まといになりませんよ」

 支部長は値踏みするように韮崎を見る。

「足手まといにならない、という事は、キングリザードマンの攻撃を防げるという事だ。本当に防げるのか?」


 厳しい目を向けられた韮崎は不満そうな顔をしていたが、一緒に行くとは二度と言わなかった。支部長は俺との話が終わってから、タイチと韮崎に説教をするつもりだったようだが、今日は中止にするらしい。


 俺はタイチに執事の金剛寺へ伝言を頼み、そのまま鳴神ダンジョンへ向かう。ダンジョンハウスで修理した装備に着替えてダンジョンに入った。


『グリム先生は、二人を連れて行くつもりだったのですか?』

「転送ゲートを使うつもりだったから、韮崎はダメだな。タイチはもっと弱い相手だったら、連れて行ったかもしれない」


『キングリザードマンが相手だと、複数の冒険者を庇いながら撤退するというのは難しいからですね?』

「その通りだ。そんな事より、どこで待つかな」


『二十層でダークリザードマン狩りをしながら、待つというのはどうでしょう?』

「いいアイデアだ」

 俺は一層の転送ルームから二十層へ移動し、二十層の入り口でハクロに見張りを任せた。その後、ダークリザードマン狩りをする。


 翌日の午後になりダークリザードマンを二十匹ほど狩った頃、ハクロが戻って来た。長瀬が二十層に到着したという事だ。俺はシャドウパペットたちを影に入れ、『ウィング』を使って空から長瀬を追い掛ける。


 カルデラ地形の中央にあるドーム状の建物へ辿り着く前に、長瀬に追い付いた。D粒子ウィングから降りて声を掛ける。

「長瀬さん、探しましたよ」

「何の用だ。私はこれからキングリザードマンを倒しに行くんだ。邪魔をしないでくれ」


「その件なんですが、近藤支部長から目付役を頼まれたんです」

「目付役だと……支部長め、余計な真似を」

「という事なので、一緒に行きます」

「勝手にしろ」


 俺たちは中ボス部屋の前まで来た。俺はエルモアを影から出し、一緒に中ボス部屋に入る準備をした。エルモアの姿を見た長瀬は眉をひそめる。

「まさか、横取りしようと思っているんじゃないだろうな」

「違いますよ。バタリオンの資料として、キングリザードマンの記録を残そうと思っているんです」


 俺は最新型のテープ式ビデオカメラを購入しており、それを持ってきていた。それをエルモアに渡す。今日はエルモアが撮影係なのだ。


 長瀬は嫌そうな顔をしたが、黙って中ボス部屋に入った。俺も『スカンダの指輪』に魔力を注ぎながら、中ボス部屋に入る。


 俺とエルモアは中ボス部屋の隅に向かう。邪魔にならない場所で、長瀬とキングリザードマンの戦いを見守るためである。


 長瀬は神話級の魔導武器である天十握剣を握り締め、慎重にキングリザードマンとの間合いを詰めていた。と言っても、高速戦闘中なので実時間ではすぐに飛び込んだように見えたはずだ。


 最初に攻撃を仕掛けた長瀬は、飛び込んで天十握剣をキングリザードマンの首に振り下ろす。その剣をキングリザードマンが魔剣ダーインスレイヴで受け止める。


 魔剣には気を付けなければならない。あの魔剣で傷を負うと魔法薬やアイテム、通常の治療では治せないと言われているからだ。


 キングリザードマンが前蹴りを出す。それを長瀬が後ろに跳んで躱した。キングリザードマンが追撃し、踏み込んで魔剣を長瀬の胸に送り込む。その魔剣を長瀬の天十握剣が弾いた。天十握剣が翻り、キングリザードマンの肩を斬り裂く。流れ出た血が空中に浮かんだ。それは浅い傷だったが、長瀬がキングリザードマンと互角に戦っている証拠となった。


 『ハイスピード戦闘術』の修業をしたというのは本当だったようだ。長瀬とキングリザードマンが高速で戦う様子をエルモアが撮影している。これは良い資料になるだろう。


 高速の激しい攻防が続いた。長瀬は必死で戦っているが、キングリザードマンは掠り傷を負った以降は、長瀬の攻撃を見切ったように、余裕を残して戦っているように見える。

 まずいな。このままじゃ長瀬が危ない。そう思いながら見ていた。


 キングリザードマンの横薙ぎの攻撃を、長瀬は後ろに跳んで躱しながら天十握剣に魔力を込めて振る。その剣身から斬撃が放たれ、キングリザードマンへ飛翔する。


 飛翔する斬撃を地面に身を投げ出して躱すキングリザードマン。躱した直後、跳ね起きたキングリザードマンは長瀬に向かって跳躍した。


 砲弾のように一気に距離を縮めたキングリザードマンは、長瀬の頭に向かって斬撃を放つ。それを天十握剣で受け止める長瀬。凄まじい力に負けて膝を突いた長瀬に向かって、尻尾が飛んで来た。


 凄まじい勢いで尻尾が長瀬の脇腹に叩き込まれ、肋骨が何本か折れたのが分かった。血を吐き出した長瀬は、それでも天十握剣を放さない。


 俺は目付役の務めを果たすために、キングリザードマンに狙いを定めて『ガイディドブリット』を発動しD粒子誘導弾を放った。


 それに気付いたキングリザードマンが後ろに跳び退き、追って来たD粒子誘導弾を魔剣で斬り裂く。

 何だ、あの魔剣はD粒子誘導弾を切り裂けるのか。俺は驚くと同時に、エスケープボールを握り締めた。それに気付いたエルモアが撮影を中止して、俺の影の中に飛び込む。そして、俺はエスケープボールを発動する。


 すぐに俺と長瀬は中ボス部屋の外に放り出された。長瀬は天十握剣を握ったまま、気絶して地面に倒れている。ちなみに、キングリザードマンは立派な角と尻尾があるので、エスケープボールの対象外である。


 俺は長瀬の様子を見て初級治癒魔法薬では治療できないと判断し、長瀬を起こして中級治癒魔法薬を飲ませた。


「ううっ」

 苦しそうな声を上げた長瀬が、俺に視線を向ける。

「エスケープボールか?」

「そうです。目付役の仕事は果たしましたよ」


 長瀬が無念そうな顔をする。

「転送ゲートを使って戻るのか?」

「知っていたんですか?」

「上級の冒険者は、半分くらいが気付いているだろう。そうでなければ、あれほどの成果を残せない」


 俺が日本でトップの冒険者なので、気付いても知らないフリをしているらしい。

『転送ゲートが使える事を秘密にする必要がなくなりましたね』

 メティスの声に頷いた。それから影から為五郎を出した。担架も出して長瀬を載せて、エルモアと為五郎に運ばせる。


 転送ルームに入り、一層へ移動した。そこから地上に戻り、救急車を呼んで長瀬を病院へ送り出した。


 俺は報告のために冒険者ギルドへ向かう。ギルドに到着すると、支部長室へ行くように言われた。

「支部長、長瀬さんのキングリザードマン討伐は、失敗です。怪我をした長瀬さんは、病院に送りました」


 支部長が詳しい話を聞きたいというので、俺はエルモアが撮影した映像を支部長に見せる事にした。再生装置を取り出して、支部長室にあるテレビに繋げる。


 普通の速度で再生するとよく分からないので、スローで再生する。それでも凄い速さで戦っているように見えた。


「凄い戦いだ。……最後は尻尾の攻撃か。キングリザードマンが一枚上手だったようだな」

 支部長は溜息を漏らした。


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