第455話 コカトリス

 近藤支部長から神殿文字の解読がほとんど進んでいないという情報をもらった。

『『知識の巻物』を使って、神殿文字の解読をしませんか?』

 メティスに言われて『知識の巻物』をそろそろ使うか、と考えた。いろいろ忙しくて先延ばしにしていたのだが、最近になって余裕が出来た。


 俺は鳴神ダンジョンの十四層へ行って、遺跡を廻り全ての神殿文字の文章をインスタントカメラを使って写真に撮った。メティスはエルモアを使って神殿文字を調べていたが、やはり手掛かりがないので難しいようだ。


 地上に戻って帰宅すると、作業部屋の作業台に神殿文字の写真を並べて眺める。

「同じ文章を、秘蹟文字と神殿文字の両方で書いてあるものはないかと探したけど、無かったな」

『このままだと、解読には長い時間が掛かると思います』


「よし、『知識の巻物』を使おう」

 俺は『知識の巻物』を使った。目の前に魔力法陣・細胞活性化魔力循環・空間構造・神殿文字という選択項目のリストが並ぶ。


 空間構造が気になったが、メティスと話した通りに神殿文字を選んだ。その瞬間、膨大な情報の集合体であるダンジョンアーカイブの神殿文字に関する情報が詰まった小部屋に繋がった。ちょっと頭がくらくらする。


『グリム先生、大丈夫ですか?』

「大丈夫だ。この文字はエリザハブ文字というものらしい。だが、神殿文字でいいだろう」


 俺は作業台の上に並べられた写真を一枚取り上げて、それを翻訳する。内容は十五層の中ボスに関するものだった。


『十五層の中ボスですか。どのような魔物なのです?』

「日本では初めてのコカトリスだ。邪眼を持つ化け物だと聞いている」

『バジリスクに関連する魔物です。記録を読んだ事が有ります。それによるとコカトリスを倒した者は、『知識の巻物』を手に入れたそうです。バジリスクゾンビと同じですね』


 メティスはコカトリスの邪眼についても知っていた。邪眼には精神攻撃と石化の力が有るらしい。コカトリスは精神攻撃で敵を動けなくしてから、邪眼の石化の力を使って人間を石に変えるようだ。


 それに加えて呼気には毒が混じっており、長時間一緒に居ると死ぬという。コカトリスは胴体と翼がドラゴンで頭と足が雄鶏、尻尾が蛇というキメラのような魔物である。


「冒険者ギルドに報告しなきゃならないが、実際に確かめてからだな」

『他の神殿文字の文章も確かめましょう』

 俺は遺跡にあった神殿文字の文章の二割ほどを翻訳して、その日は寝た。メティスは徹夜で翻訳した文章と元の文章を分析して、神殿文字を解析する手掛かりを得た。


 翌日も鳴神ダンジョンへ向かう。本当は一日ほど休養を取るのが良いのだが、昨日はほとんど戦わなかったので、疲れていなかった。


 一層の転送ルームから十層へ移動し、最短ルートで十五層へ行く。岩山と谷で形成された迷路のような場所を奥へと進む。


 俺の傍にはエルモアと為五郎が居る。ラミアの精神攻撃はエルモアや為五郎のようなシャドウパペットには効かないようだ。


 ラミアは岩山に開いている洞穴を棲家にしているようだが、昼間は外に出て迷路をうろついている事が多いらしい。俺たちは何度もラミアと遭遇した。


『またラミアです』

 メティスの声が頭に響くと、俺は神剣グラムを構える。頭の中で『チリン、チリン』と音がする。『鋼心の技』のスイッチを入れて精神攻撃を防ぐと、ラミアを神剣グラムで切り裂いた。


『そう言えば、最初にラミアを倒した時に、冊子のようなものを手に入れませんでしたか?』

「ああ、神殿文字で書かれた冊子だろ。あれは中ボス部屋までの道順が書かれていた」

 俺はその道順に沿って進んでいるのだ。


 五匹目のラミアを倒したところで、中ボス部屋が有る建物まで到着した。岩山が邪魔で見つけ難い場所にあった。それは円形闘技場のような建物で、門から中に入る。


 中には通路があり、その通路を進んで最初に転送ルームを発見した。これで帰りは楽になる。今日は中ボス部屋の中を確認するのが目的なので、転送ルームには入らずに先に進む。


 何度か角を曲がったところで闘技場へ下りる階段を発見。闘技場へは入らずに入り口から中を覗く。コカトリスが背中を向けている。


「やっぱり、コカトリスか」

『このまま戦うのですか?』

「いや、どう戦うか考えてからだな」

 毒の呼気を放つコカトリスが相手なら、一気に倒すべきだろう。ただ近付くと呼気の毒でダメージを受けるかもしれないので、遠くから仕留める方が良い。


『そうなると、ホバーキャノンでしょうか?』

「そうだな。もうちょっとコカトリスについて調べてから戦おう」

 俺たちは転送ゲートを使って地上に戻り、冒険者ギルドの支部長に報告した。


「コカトリスか。あれはバジリスクと同じように厄介だぞ」

 近藤支部長が厄介だと言ったのは、コカトリスの精神攻撃である。ラミアのものより強力で、中途半端な防御方法だと精神攻撃でやられてしまうらしい。


 そう言われるとちょっと不安になった。俺が習得した『鋼心の技』はまだ完璧ではない。スイッチを入れた時に、精神の核に障壁が構築されるのだが、現在は一枚だけなのだ。


 『鋼心の技』には二重の障壁を構築する方法もあり、こちらの方が堅固だと知っていた。ただ二重の障壁を構築するという方法は、簡単に習得できなかったので保留にしていたものだ。


 支部長と別れて帰宅する。根津が夕食を食べていたので、金剛寺に自分の分も頼んだ。

「グリム先生、鳴神ダンジョンの攻略は進んでいるんですか?」

「まだ十五層で止まっている。あそこの中ボス部屋には、コカトリスが居るんだ」


「コカトリスですか。確か石化の能力を持っているんですよね?」

「石化より、精神攻撃が強力なようだ」

「というと、『鋼心の技』を習得しないとダメだという事ですね」

 『鋼心の技』を習得できなかった根津がガッカリした顔をする。


 鳴神ダンジョンの十五層にコカトリスが居るという情報が公開されたが、すぐに倒しに行くという冒険者は居なかった。コカトリスの精神攻撃が強力だと知れ渡り、それを防ぐ方法を持っている者が鳴神ダンジョンで活動している者の中に居なかったからだ。


 そんな中で、海外からメルヴィン・シェリンガムというB級攻撃魔法使いが渋紙市へ活動の拠点を移すと言って来た。三十代の男で歴史の教科書に載っているフランシスコ・ザビエルに似ている。

 その男は十四層にある遺跡を調査する目的で来たらしい。


 その頃の俺は、『鋼心の技』の二重障壁という技術を習得するために修業していたので、ほとんどシェリンガムに注意を払わなかった。


 二週間ほどで二重障壁をマスターした俺は、コカトリスに挑戦する事にした。念のためにエスケープボールは用意する。エルモアにもエスケープボールを渡す。


 鳴神ダンジョンの十五層へ向かった俺は、闘技場の入り口で中を覗いている男を見付けた。

「コカトリスに挑戦するんですか?」

 男が振り向いた。フランシスコ・ザビエル、最近引っ越してきたという攻撃魔法使いだ。


「いや、コカトリスがどういう魔物か、見に来ただけだ」

「そうですか。では、失礼します」

 俺は闘技場に足を踏み入れると、エルモアと為五郎を影から出した。その直後、闘技場への入り口が封鎖され、エスケープボールを使う以外は逃げられなくなった。


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