第449話 聖パルミロの素顔

 俺は作業部屋で寛いでいた。ここはシャドウパペットを作製する者しか使わないので、日中でもほとんど人が居ない。なので、俺は寛ぐ場所として使っている。


 俺が作ったバタリオンに入りたいという生活魔法使いも増え、メンバーも二十人ほどになっている。そのメンバーがバタリオンの資料室や地下練習場、それに食堂を利用するようになり屋敷が狭く感じられるようになった。


 グリーンアカデミカの食堂は金を払えば、簡単な食事と飲み物を用意する場所となっている。作るのはトシゾウである。執事シャドウパペットを後二体ほど増やした方が良いかもしれない。


 メティスがエルモアを使って紅茶を淹れてくれた。

『何を考えているのです?』

「別に何も考えていないよ。ヴァースキ竜王との戦いを思い出していただけだ」

『何か気になる点でも有るのですか?』


 俺は渋い顔をする。あの戦いはぎりぎりで勝利したものだった。気になる点はいくつも有る。その中で一番気になるのは、『マグネティックバリア』が脆弱ぜいじゃくだと感じた事だ。


 磁気バリアは魔物の攻撃を受け止め弾き返すものである。魔物の攻撃が強力であればあるほど、D粒子磁気コアの消耗は早くなる。いつか一瞬で磁気バリアを破られて、死ぬか大怪我を負いそうだ。


 その事を話すと、メティスが提案する。

『そういう事なら、新しい防御用の魔法を創るべきです』

「そうだけど、『マグネティックバリア』はかなり使いやすい防御用の魔法だったんだ。それ以上となるとアイデアが浮かばない」


 しばらくダンジョン探索はやめて、防御用魔法を考える事にした。

 次の日、俺は竜王の首を持って冒険者ギルドに向かった。ギルドの職員に首の解体を頼むためである。最初は俺とエルモアで解体しようかと思ったが、ちょっと調べると専門技術が必要らしい。


 なので、解体技術を持つギルドの職員に頼む事にしたのだ。冒険者ギルドに到着すると支部長と解体してくれる職員が待っていた。


 作業場所へ行って、凍っている竜王の首を出す。それを見て支部長と職員が驚いていた。俺とエルモアも手伝って、解体を始める。


 解体技術を持つ職員は、肉・骨・血液・牙・皮・脳に分けて解体した。血液までも丁寧に保存する手際は、さすが専門家だと思った。凍っている太い血管から凍っているままの血液を取り出して、ガラス容器に入れるのだ。


「そう言えば、タイの冒険者ギルドから連絡が来たのだが、オークションに出す前に味と効能を調べたそうだ。それで竜王の肉は凄く美味しいらしい」


「効用は分かったんですか?」

「筋肉の発達を促し、リンパ管系とリンパ節を修復する効果が有るようだ」

「プロテインみたいな感じなら、大した効果じゃないですね」


 近藤支部長が否定した。

「そうじゃない。竜王の肉は運動をしなくても、生物の筋肉量を増やすらしい」

「……ダイエットに最適な食べ物ですね」

「そうかもしれないが、ダイエットに利用するには高価過ぎる食材だ」


 取り敢えず、安全だと分かったので、味を確かめる事になった。七輪を持って来て炭火で、串刺しにした竜王の肉を焼く。味付けは塩だけである。


 竜王の肉から零れ落ちた脂が、焼けた炭に落ちて香ばしい匂いを漂わせる。

「これは堪らない。こんな食欲をそそる匂いは初めてだ」

 近藤支部長が串焼きの肉を見詰めている。


 俺たちは串焼き一本ずつを食べた。食べた瞬間、牛肉・豚肉・鶏肉のどれとも違う味が口の中に広がり、至福の時間を俺たちに与えてくれた。


「これは高値で落札されそうですね」

「間違いない。だが、高くなるのも問題だな」

「どうしてです?」

「竜王の肉の効用を考えると、薬になるかもしれない」

「薬になるのなら、安く提供しますよ。ただタイの冒険者ギルドに任せた分は、オークションに掛ける事が決まったそうなので、ダメですけど」


 その言葉を聞いた近藤支部長は、慈光寺理事と相談して全国の大きな病院に連絡した。その中から治療に使ってみるという病院がないか問い掛けたのである。いくつかの病院から返事が来たので、俺が持っている肉を治療に使う事が決まった。


 死骸を解体した数日後、聖パルミロから連絡があり、会う事になった。日本政府を通して正式に会見を要請してきたので、断りづらかったのだ。


 俺は聖パルミロに会うために東京のホテルへ行った。ホテルに到着すると日本政府の警察関係者だと思われる人物に案内されて、部屋に入った。


 俺と聖パルミロは挨拶を交わして話し始める。

「今日はどういった話なのです?」

 聖パルミロという男は信用できなかった。なので、一刻も早く用件を終わらせて帰りたい。


「その事なのですが、榊さん、いやグリム先生は、ヴァースキ竜王を倒した時に、首を凍らせて持ち帰ったと聞きました。その首から取れた血を、私に売って欲しいのです」


「竜王の血? 何に使うのです?」

 聖パルミロはちょっとためらった。

「……ある薬の材料になるのです」

 はっきりとは言わなかったが、聖パルミロが求めている薬というのは、アムリタである。竜王の血がアムリタの材料になるとは知らなかった。


「申し訳ないが、竜王から手に入れた素材は、研究用に使おうかと思っているのです」

 俺が断ると、聖パルミロの顔がピクリと痙攣した。


 その瞬間、頭の中で『チリン、チリン』という音が響き渡る。またかと思いながら『鋼心の技』のスイッチを押す。


 精神の核に障壁が構築され、『チリン、チリン』という音が消えた。聖パルミロが探るような目で俺を見てから、もう一度購入を申し出た。


「私にとって必要な薬なのです。是非売ってください」

 この状況で拒否すれば、精神攻撃が効かない事実を知らせる事になる。一方、承知すれば竜王の血を売る事になってしまう。


 どちらが嫌か考えて答えを出した。

「聖人と呼ばれる人が、精神攻撃とは感心しませんね。いつもそんな事をしているんですか?」

「何?」

 次の瞬間、聖パルミロの顔から笑みが消えて、一瞬だけ修羅の顔が覗いた。それが本来の顔なのだろう。聖人の身体から殺気が放たれる。どうやら冒険者だったらしい。


「私を騙していたのですね」

 その言葉を聞いて、俺は眉をひそめた。

「何を言っている。最初に精神攻撃を仕掛けてきたのは、あんたの方じゃないか。恥を知れ」


 そう言われた聖パルミロの顔色が変わる。しかも、その体内で魔力がうごめき始めた。俺の魔力感知能力は大したものではなかったが、膨大な魔力が生み出されたので気付いた。


 それが威嚇だと分かった俺は、同じように魔力を生み出し体内で循環させる。聖パルミロの後ろで控えていた従者のルベルティが、両者から強烈な魔力を感じて青い顔になり聖パルミロに耳打ちした。


 内容は聞こえなかったが、聖パルミロが冷静になって魔力を鎮めた。それを感じて、俺も魔力を収める。


「一つだけ言っておこう。君が竜王の血を持っていても、宝の持ち腐れですよ。私が欲しい薬の製造方法を知らないでしょう」


「研究すれば、他の使い道が見付かるかもしれない」

「後悔しますよ」

 俺は喧嘩別れするような形で、聖パルミロと別れた。


 ホテルの外に出ると、メティスが話し掛けてきた。

『グリム先生、厄介な事になりましたね』

「聖パルミロに、竜王の血を渡すのは危険だと思ったんだ。それにここは日本だ。聖パルミロでも無茶な事はできないだろう」


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